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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
二章 シルニキの拘束

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25話 シルニキの拘束


 ほんの数日前に別れの挨拶を交わしたばかりなのに、もう何年も会っていないような気がした。


 ドミトリ所長は変わらぬまま、そこに立っていた。

 逞しい体躯、冷たい視線の中にわずかに浮かぶ優しさ。


「所長……」


 思わず涙ぐむ。

 声が震えた。

 胸の奥が熱くなって、言葉が出てこない。


「ヴェーラ……魔熊の件、聞いたぞ」


 そう言って所長は、軽く頭を撫でてくれた。

 その大きな手の温もりに、離れたくない気持ちがあふれてくる。


「初日から……パーヴェルのヤツを、ドヤしつけてやった」

「パーヴェルさんは悪くないです……」


 もう、魔熊のこと噂になってる……

 私を心配してくれているのを知って、嬉しくなった。


 いや、違う。

 もし私に何かあって封印が解けたら、所長は犯人探しが出来なくなる。

 所長と私とじゃ、釣り合わない。

 変な妄想はやめよう。


「まあ、無事で良かった。でも、短縮詠唱か……」

「それも、知ってるんですか?」

「パーヴェルのヤツを問い詰めた」


 思ったより、口が軽いけど所長には知られても仕方がない。


「魔熊か……軍では最低、四人で連唱して駆除するんだが、……魔導素中和弾か」


 所長は腕を組んだ。


 干渉魔導師で、四人……?

 じゃあ、あのとき連唱しても無駄だった……?


「契約局にも、出来るヤツはいるな」

「所長……そんな魔導弾って私、知りませんでした」

「俺もだ……そんなものを弾に刻める刻印魔導師がいるなんて、聞いたことがない」


 そして所長は、私の肩を叩いた。


「やはり、契約局に行って正解だった」

「はい……」


 会ったら話したいことは、たくさんあったような気がする。

 でも、何も言えないまま午後の契約が始まった。


 魔導は、ただただ体力と精神力勝負。

 ひたすら、やる事をやるだけ。

 シャフマティ(チェス)のプレイヤーみたいに、精神状態がかなり影響をする。


 だから、後ろに所長がいると思えるだけで頑張れた。

 午前中よりも、ハイペースで契約魔導をかけていった。


 一人、拘束魔導をかけるたびに香ばしい匂いが立ち込める。

 あと十人になったとき、所長が声をかけた。


「ヴェーラ、少し休むか……」


 もう夕方だった。

 四時間休まず、拘束魔導をかけ続けていた。

 気づけば、左手の痺れは強くなってきていた。


「ヴェーラ。また、腕を上げた」

「はい」


 その言葉が何よりも嬉しかった。


 すでに戦闘奴隷の契約は、他の魔導師によって終わっていた。

 所長の仕事は無くなっていたが、傍らで見守ってくれていた。

 それだけで胸が温かくなった。


 魔導部屋は、焦げたチーズの匂いで充満していた。


「シルニキでも、買ってこさせるか……」


 所長がそう言ったのを私は制した。


「紅茶だけで、いいです」

「分かった」


 所長は部屋担当の魔導師に休憩を告げ、紅茶を二杯持ってきてもらうように頼んだ。


 そのとき、ふと思いついて所長に尋ねてみた。


「朝、グロモフ局長が、魔導陣の刻印を”シルニキのレシピの文言で刻むがよい”って言ってたんです。……意味が分かりますか?」

「グロモフ局長……? あの変わり者で、有名な?」


 所長は腕を組んだ。


「詳しくは知らんが、かなり革新的な考えを持っていると聞いた。さもなければ、魔導弾に普通、魔導素中和剤なんて刻ませない」


 グロモフ局長のあの言葉が頭から離れなかった。

 局長は、私に何をさせたい?


「でも、何か意味があると思うんです」

「シルニキのレシピを魔導陣に刻んだらどうなるか……か」


 所長は顎に手をやった。

 事務員が紅茶とお菓子をトレイに乗せて部屋に入ってきた。

 テーブルに置いて出ていくのを待って、聞いてみた。


「どうなるんですか?」

「分からんが、やってみるか?」

「やっても良いんですか?」

「局長が許可を出したんだろ?」


 魔導部屋に妙な空気が流れる。


 紅茶をすすり、ピチェーニェ(クッキー)をかじった。

 その甘さが疲れを癒す。


「……どうなると思います?」

「シルニキを魔導で出すことが出来るようになったら、重宝するだろうな」

「……」


 そして真面目な顔になった。


「まあ、魔導学論的に言えば、定着することなく、魔導陣は霧散する」

「……ですよね」


 目的のない文言を刻んでも定着はしない。

 もし定着した場合、それは”契約魔導”ではない”何か”になる。


「……やってみます?」


 二人で顔を見合わせる。

 また紅茶を飲み、ピチェーニェをかじった。


「軍の要請は、シルニキをかけろ、だったな?」

「……はい」

「局長も命じたんだな?」

「はい」


 所長が、ガキ大将のような顔をした。


「かけてみろ」

「……分かりました」

「最後のヤツで試してみよう」

「はい」


 休憩が終わり、担当の魔導師が蛮族奴隷を連れてくる。

 あと十人。

 今なら一人に五分はかからない。

 そして、最後の一人になった。


 担当魔導師は部屋を出ていった。


——魔導陣に刻む文言を、レシピにする……?


 そんなのは、魔導神に対する冒涜だ、と学院の先生だったら言う。

 学生のときに聞かされたら、私も「ありえない」と鼻で笑うだろう。


 でも、でも、もしかしたら……

 私は魔導陣を開いたところで、止まった。


「……あ」


 レシピの文言……?


「所長、私、シルニキのレシピ、知りません」

「あ……! そうだった。ヴェーラはレシピを詠唱しているつもりがないんだった」

「……そうです」

「じゃ、俺の言う通りに刻め」


 いざ刻もうとすると、指先が震えた。

 こんなこと、してはいけない。


 でも——


——今度は、シルニキのレシピで刻んでみよ……


 局長の言葉が、呪いのように脳裏に響いてくる。


 所長の言葉をそのまま刻んでいく。


《一つ、粉とチーズを混ぜ合わせ、黄金色においしく焼き上げろ》


「き、刻めました……」

「じゃあ、詠唱だ」


 私は深呼吸をすると、一字一句間違えないように詠唱をした。


「一つ、粉とチーズを混ぜ合わせ、黄金色においしく焼き上げろ!」


 そして、魔導陣は光りながら文言を定着させていく。

 チーズの焼ける匂いが、また部屋を満たしていった。


「定着した……?」

「……嘘だろ」

「なんで……?」


 急に恐ろしくなった。

 大それたことをしてしまった気がした。


「これで、終了です。解析魔導師の最終確認になります」


 担当魔導師が部屋に戻ってきてそう告げた。


「立て。Bー88」


 担当魔導師が、蛮族に命令を下す。


「お疲れ様でした……ん?」


 そのとき、普段なら絶対に動かない蛮族の頭が上がった。

 その口が開く。


「……シルニキ」

「!!」

「拘束したはずの蛮族が……喋った?」


 担当魔導師が後ずさった。

 所長の顔色が変わった。


「ヴェーラ! 解除だ!」

「……はい」

「シルニキ……!」


 蛮族の腕がゆっくりと上がった。


 私は魔導陣を開いた。


「一つ、粉とチーズを混ぜ合わせ、黄金色に焼き上げろ! 解除!!」


 解除……解除……?


 その言葉が虚空に消えて行った。

 しかし、魔導陣はびくともしない。


 解除できない……?


 何で……?


 そうか!


——「解除」のときも、それに対応する「レシピの言葉」があるんだ……


 契約解除のとき、所長が現場に立ち会ったことって……今までに……


 ない。


「所長! 解除出来ません!!」

「やむを得ん! 拘束魔導をかけろ!」

「はいっ!」


 私は混乱した頭で、文言を刻んでいく。

 蛮族が一歩踏み出した。


 必死だった。

 左手に奔流のような魔導の流れを感じた。


《一つ、この蛮族の身柄を、ヴェーラの名において、拘束する》

「一つ、この蛮族の身柄を、ヴェーラの名において拘束する!」


 間髪入れずに詠唱。

 新しい魔導陣が刻まれていく。


 だけど、匂いがしない……?


 ふっと、力が抜けた。


「……シルニキ」


 蛮族はそうつぶやくと、その巨体が崩れ落ちた。

 

——拘束できた……


「はあ……」


 私も膝から崩れ落ちた。


「な、何が起きた?」


 担当魔導師が動揺したように私に聞いた。


「いや、魔導拒絶反応の高い個体だった。ヴェーラ師の疲れもあるだろう」


 ドミトリが重々しく頷き、私も答えた。


「……シルニキは無事に……かかっていると思います」

「……本当か?」


 担当魔導師は不安そうにつぶやき、蛮族に命令を下そうとした。

 蛮族が立ち上がる。


「命令を待たずに、動いた……?」


 そして、今までの蛮族と同じように部屋を出ていく。


「何か、……違う。……報告をあげるべき?」


 担当魔導師が首を傾げたとき——


 その蛮族の顔が振り向いた。


「え?」


 そして、私の目を捉えた。

 その目には光が戻っていた。


「シルニキ……」


 そう蛮族の口が、声を出さずに動いた。


「!!」


 本当に、大丈夫なの? 所長?


 私は目で所長を訴えた。


 これから、どうなるんだろう……

 取り返しがつかない……ことになる?


「パーヴェルとキリル師……局長には、報告をしないといけないな」


 所長が天を仰いだ。


「これは、契約ではない」


 その所長の言葉に私の胸に、後悔と不安が渦を巻いた。

 床に座り込んだまま、動くことができなかった。


「これは……”別の系統”だ」


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