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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
二章 シルニキの拘束

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24話 八十八人


 翌日は、寝坊はしなかった。

 身支度を丁寧に済ませる。


——よし……ちゃんと見える。


 今日は魔導銃が支給される。

 自分の身は自分で守らなければいけない。


 十分前には、自分のデスクに着いていた。

 同部署の魔導師が次々と声を掛けてきた。


「おはようございます!」

「魔熊の件聞いたよ。さすが、ヴェーラ印」

「魔狼が出たら、よろしくな」

「魔族も拘束出来るんじゃないか?」

「今日はかわいいね」


 軽口を叩くように挨拶を交わしてくる。

 昨日とは打って変わったその態度に困惑する。


「今日の予定が変わった」


 パーヴェルが、五分前に入ってくると部員の前で言った。


「全員いるな」


 そして言葉を切る。


「軍の要請だ。大量の蛮族の戦闘奴隷が、北から戻らされてきた」


 その言葉に部員がざわついた。


「全員、ヴェーラ印にしてくれだと……軍の直命だ」

「マジか……」

「おお魔導神よ……」


 昨日、渋滞を起こした軍のトラックの中身だ……

 軍の要請……でも、ここで利用価値を見せれば、すぐには消されないはず。

 そうしたら、所長の封印も守れる。


「で、何体いるんです?」

「八十八体だ」


 部屋の空気が、一瞬で凍りついた。


「……それ全部、ヴェーラ師に?」

「無、無理です……」


 反射的に断ってしまう。


「一月前にかけた魔導陣が薄れている個体もいるそうだ。そいつらから優先的にかけてもらう」


——一ヶ月前……パーヴェル部長とキリル主任に知り合ったあの日だ……


「数が多い。今回は、いくつかの契約魔導師事務所にも声をかけた」


 そこでパーヴェルは私を見た。


 契約魔導師事務所って?

 もしかして……?


 胸が高鳴った。


「ドミトリも来るそうだ」

「やります!!」


 思わず叫んでしまった。

 所長と会える……


「うん。結構」


 パーヴェルはにやりと笑った。


「シルニキだけで、いいそうだ」

「噂のヴェーラ印のシルニキだ」

「シャルロートカ(りんごケーキ)じゃ、蛮族にはもったいない」

「違いない」


 部員たちが口々に言い合った。


「分かりました。拘束魔導だけでいいんですね?」


 私はため息をついて確認した。

 パーヴェルはその言葉に頷いて、声を張り上げた。


「強制契約班は、戦闘奴隷の上書きを契約魔導師事務所の連中としてくれ。危険魔獣制御班は、イリアとヴェーラ以外は通常通り。以上」

「よき契約を!」

「「よき契約を!!」」


 部員たちが席を立つ。


「ヴェーラ師。留置所の魔導部屋を確保している。今から行ってくれ」

「はい」


 留置所に向かいながらイリアが蛮族の奴隷契約について、一通りの講義を始めた。


「ヴェーラ師……蛮族との強制契約というのは……」

「……はい」


 いつもながら話し始めると長くなる。

 私はそれを、半ば上の空で聞いていた。

 

——所長に会える……


「……だから従順契約では、弱すぎて動かない。もっと強制的に……」

「はい……」

「……拘束契約くらいでちょうど良い」


——あったら、なんと言おう?


 いや、仕事だ。

 仕事に集中しなければ。


 その浮ついた思考は部屋に入った途端、永久凍土の中に閉じ込められた。


 イリアと留置所の魔導部屋に入ると、その部屋には先客がいた。

 巨大な影が部屋の隅の椅子に座って、私を見下ろしている。


「きょ、局長!?」

「ヴェーラ師。——始めろ」

「は、はい……」


 魔族のような白い肌、感情のない黒々とした目が私に突き刺さった。


 無意識に息が止まった。


 そのとき、一人目の蛮族が留置所の担当魔導師に連れてこられた。

 その巨体が魔導師の命令でひざまずく。


 その目は、完全に光を失っていた。


「……ヴェーラ師。いつも通りで」


 イリアが固まっている私に声をかけた。


「は、はい」


 私は蛮族に震える左手で魔導を通した。

 後ろから凄まじい魔導圧を、びりびりと感じる。


 深呼吸をして、魔導陣を開く。


《一つ、当該蛮族戦士は、対価と引き換えに軍の指揮下で戦闘に従事することを承諾する。リャビナの名において契約する》


 戦闘契約の文言が浮かび上がる。


——リャビナって……ゾロトワ事務所の魔導師だ。

 ペット魔獣の依頼で上書きをしたことがある。


 その文言はところどころ、かすれていた。


 その上に拘束をかける。


《一つ、当該戦士の身柄を、ヴェーラの名において拘束する》


 左の人差し指で魔導陣に文言を刻む。


「一つ、粉とチーズをよく混ぜ合わせ、黄金色に焼き上げよ!」


 詠唱とともに文言が魔導陣に焼き付き、香ばしい匂いが立ち上る。


「シルニキ……実に面白い」


 グロモフ局長が部屋に響き渡る低音で一人ごちた。


「魔導はこうでなければ、ならぬ」


 グロモフ局長は笑った。

 それは地底から鳴り響く、不気味なマントルの鼓動のようだった。


「学院で教わる定型をなぞるだけでは、その先はない……」


 蛮族より怖い。

 私の背中が、凍りついた。

 確かに、なまじな軍人では太刀打ちできそうもなかった。


「短縮詠唱……大いに結構……」


 誰も、動くことができなかった。

 局長は立ち上がった。


「今度は、シルニキのレシピで文言を刻んでみよ……」


 局長は笑いながら、ローブを翻し部屋を出て行く。

 担当の魔導師、私とイリアは強張った顔を見合わせた。


 局長が去っても、その空気は変わらなかった。


「ヴェーラ師、奴隷契約をかけなおす……」


 イリアが、かろうじて口に出した。


 そして、イリアが蛮族に戦闘奴隷契約をかけなおした。

 それを呆然と見守っているとイリアが声をかけてきた。


「ヴェーラ師、次だ……これは、今日で終わらんぞ」


 イリアが首を振った。


 そうだ……あと八十七人……

 

 そのあとは無我夢中だった。


 十人目を終えた頃には、まだ呼吸は整っていた。

 二十人目で、指先の感覚が鈍くなる。

 三十人目で、匂いと文言の区別がつかなくなった。


 もうすでに、ぐったりとしていた。


「ヴェーラ師、休憩にしよう……」

 イリアが首を振って言った。

「……はい」


——所長……所長がいれば、もっと頑張れるのに……


 カーシャの味も、良くわからなかった。

 シャルロートカを口に突っ込んでいく。


 もうシルニキは、二度と食べられそうになかった。


 あの匂いが頭から離れない。


 食堂から魔導部屋に戻るとイリアが、「俺の代わりがくるから」と言って出て行った。


「部長に呼ばれた。あとは任せた」

「はい……」


 あと、五十八人……

 今日中に終わる?

 でも、終わらせないと……


 気が遠くなりそうだった。

 机に突っ伏し、痺れた左手の指先をもみほぐす。


 あと五分で、午後の契約だ。


 そのとき、魔導部屋のドアが開いた。

 懐かしい匂いがした。

 胸の奥が勝手に反応する。


 顔を少し上げる。


 その瞬間——


「ヴェーラ!」

「しょ、所長!」


 私は、跳ね起きた。


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