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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
二章 シルニキの拘束

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22話 魔導素


 風下の林の中の、魔熊が動いた。

 私たちの方に、ゆっくりと近づいてくる。


「この距離では、もう逃げられない。追いつかれる」


 イリアの声が低くなる。


「ヴェーラ師は、ゆっくり後退しろ。絶対に走るな」


 イリアはローブの下から、魔導銃を取り出した。

 リボルバーの弾倉から弾を抜き、別の弾を詰め直す。


「魔熊を、傷つけたら……」

「これは魔導素中和弾だ」

「……!!」

「散弾の要領で……」


 イリアはそこで口をつぐんだ。

 また説明が長くなりそうだと思ったのだろう。


「拘束魔導をかける。早く行け」

「は……はい」


 その場で寝そべって、銃口を魔熊に向けた。


「グルルル……ウウゥ……」


 魔熊は低い唸り声を上げる。

 私はしゃがみながらゆっくりと後ずさった。


 そのとき、私の足が木の根に引っかかった。

 どすんと尻餅をつくと同時に、魔熊がこちらを向いた。


「きゃ……」

「バカッ!」


 魔熊はこちらに突進してくる。


 パンパンパンパン!!


 乾いた発砲音が連続で鳴り響いた。

 魔熊の周りで白い煙がまとわりつく。


 その煙を突き破って魔熊は飛び出した。

 さらに興奮し、魔熊は吠えながら速度を上げた。

 地響きが大地を震わせる。


 十歩もない距離で、魔熊が跳んだ。


 イリアは寝そべったまま魔導陣を開く。


「一つ、この獣をイリアの名において拘束する」


 連唱だッ!


 でも、間に合わない。

 私が魔導陣を開いたとき、魔熊の鼻先に展開したイリアの魔導陣が弾かれた。


「グアアアアッ!!」


 イリアの頭上に魔熊の爪があった。


 ここで死ぬ? 死にたくないッ!

 

 必死だった。指先が勝手に動く。

 文言を刻むそばから、詠唱していく。


《一つ、この獣をヴェーラの名で拘束》

「一つ、粉とチーズを混ぜ、焼き上げよ!」


 香ばしい匂いが立ち込め、光りながら魔導陣に文言が焼きついた。

 私の左手の先で、魔熊の動きが止まる。


 その鋭い爪が、イリアがいままでいた場所に突き立った。

 イリアは回転して逃れていた。


 続いてその巨体が突っ伏すようにどさりと倒れる。

 体長は三メールトほどありそうだった。


 火薬とシルニキの匂いが、東からの風で流されていく。


 止めていた息が、長く吐き出される。


「……死ぬかと思った」


 イリアは大の字にひっくり返って、つぶやいた。


「嘘だろ……短縮詠唱で……」


 そして上体を起こす。


「ヴェーラ師。助かった。礼を言う……」

「あ……はい」


 私の腰は抜けていた。

 イリアは立ち上がり土埃を払う。


 その後ろで魔熊の頭が再び上がった。


「一つ、この獣をイリアの名において拘束する」


 イリアは魔熊に拘束魔導をかけた。

 私がかけた拘束魔導は、すでに薄れかけていた。


 顔を上げた魔熊は、その拘束で完全に沈黙した。


「ふう……ヴェーラ師、詰めが甘い」

「あ……ありがとうございます」


 イリアは魔狐が入った袋を持ち上げた。


「早く戻るぞ。軍で処理をしてもらう」


 そして倒れた魔熊の魔導陣を確認した。


「どうした。早くしろ」

「た、立てません……」

「甘えるな」

「は、はい……」

「立てるだろ。動け」

「……」


 イリアは車に戻っていく。

 私は震える手足で、四つん這いで進んでいく。

 ローブが泥と枯葉にまみれていく。


——お腹、空いた……


 考えてみれば、今日は朝から何も食べてなかった。


 やっとの思いで車に辿り着くと、イリアはケージに新しい囮をしかけて戻ってきたところだった。


 魔導車の窓ガラスに映った自分の顔は、ひどかった。


 爆発した髪、泥だらけの顔とローブ。


——最悪……


 帰りの車内も、沈黙だった。

 一時間ほど走った街道上にある食堂で車は止まった。


 イリアは「待ってろ」と言うと食堂の方に向かって行った。

 

——やっと、ごはん……


 ほどなくしてイリアは戻ってきた。


「軍に連絡を取った」

「……」

「あの魔熊の被害は、もう出ない」

「……良かった、です」

「……」

「短縮詠唱……魔導拒絶が強い個体には、まずかからない」

「……はい?」


 私は短縮にした記憶はなかった。

 でも、それを言ったらまた怒られそうだった。

 言っても信じてもらえないし、うまく説明もできない。


「俺たちは死んでた。……運が良かっただけだ」

「……はい」


 イリアは、ため息をついた。

 

「ペット魔獣だったらそれでいいが、野生の魔獣には手抜きをするな」

「はい……」


 結局、怒られた。


 でも、気になることがあった。


「あのイリア師の入院したバディって、もしかして? あの魔熊に?」

「……そうだ」

「……」


——じゃ、魔熊がいるって分かってて、そこに行ったと言うこと?


 その疑問を感じ取ったのかイリアは付け加えた。


「あの魔熊が出たのは、もっと上流だ。軍の管轄地域に近い」

「南下していた?」

「おそらく」

「……」


 話が続かない。

 車窓は畑に混じり民家が増えてきていた。


 また、沈黙はいやだ。


 話の糸口を探す。

 餌を投げてみた。


「あの……魔導銃の弾に魔導素中和弾があるなんて、初めて知りました」

「……そうか」


 食いつかない。

 でも、負けない。


「凄いですね! どんな原理なのか知りたいです」


 イリアはため息をついた。


「弾に魔導を刻んでいる。スネークショット弾の中身の粉に、魔導素中和の魔導陣をかけている。対象が吸い込むと体内の魔導素の流れを遮断する。濃すぎる魔導素が、拒絶反応の原因だ。濃い魔導素は魔導抵抗を減少させ——」


 そこで説明が止まる。


「何を笑っている」

「いえ、勉強になります」

「そうか……」

「魔導素が濃いと魔導抵抗が減って、魔導係数が高くなる?」

「そうだ。魔熊の魔導係数は8を切ると言われている」

「8ッ?!」


——飼われていた個体……


 マリーナの手紙を思い出した。


「魔熊って……飼うことはできますか?」

「ほぼ無理だ。従順契約はかからない」


 じゃあ、なんで?


 イリアはちらっとこちらを見た。


「腹が減った。どこか食堂に寄りたいが……」


 泥まみれの私の体を見てため息をつく。


「局の食堂まで、我慢だな」

「……」


 魔導車は、王都の入り口の門で渋滞に捕まった。

 もう午後も遅い時間だった。


 お腹が鳴る。


 私の視線の先に、軍用トラックの長い列が出来ていた。


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