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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
二章 シルニキの拘束

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21話 初仕事


 昨日はふかふかのベッドでぐっすり眠った。

 この一週間、いろいろありすぎて寝不足だった。


 だから起きたとき、八時五十五分だったのも仕方がない……


 八時……五十五分……?


「やばッ!! 初日から遅刻なんてッ!!」


 私は飛び起きた。

 寝起きのまま顔を洗い、魔導師のローブをまとって部屋を飛び出した。

 もう髪をとかす時間なんて、なかった。

 階段を二段飛ばしで駆け降りる。


 九時の鐘が鳴るのと同時に、特別契約執行部のドアを開けた。


「おはようございますっ!!」


 ちょうど朝礼が始まるところだった。

 十数人の部員の目が一斉に私に注がれた。


「……間に合った?」


 肩で息をしながらパーヴェルに挨拶をする。


「ヴェーラ……すごい頭だぞ……」


 パーヴェルが私を見て、首を振った。

 はっと気づいて手櫛で整える。

 どうしても癖毛は、頭の上で跳ねてしまう。


「すみません。遅れてしまって……」

「諸君。本日付で配属になったヴェーラ師だ」

「よろしくお願いします!」

「じゃ、ヴェーラ。早速、挨拶を」


 値踏みをするような、局員たちの冷たい目が私をとらえる。

 

「ヴェ、ヴェーラ・クリューチナです。今日から、危険魔獣制御班の一員になりました。よ、よろしくお願いします……」

「……これが、ヴェーラ印?」

「レシピ詠唱の?」


 何人かのつぶやきが聞こえる。


「ヴェーラ。デスクに」

「……はい」


 私は昨日教えてもらったデスクに向かう。


「……今日の留置所、蛮族ゼロ、魔族捕虜ゼロ、重犯二名の強制契約。あとは魔獣管理部で……」

「危険魔獣制御班、本日も魔狐の捕獲。通報のあったペット魔獣が三件……」

「軍用魔獣については……」


 それぞれの班が今日の予定を読み上げていく。


「よき契約を」

「「よき契約を」」


 朝礼が終わると、それぞれの班が建物を出て行く。

 ぽつりと取り残される。


「ヴェーラ師」

「はい!」


 背の高い男が私の隣に立った。


「俺はイリアだ。今日からバディとなる」


 見上げるほど背が高い。

 魔導師のローブから伸びたすらりとした足、長髪の金髪、そして冷たい青い目とぶつかった。


 まるで魔像劇場の人気俳優のようだった。


「……よろしくお願いします!」


 イリアは上級契約魔導師の紋章をつけていた。

 私を半眼で見下ろし、ため息をついた。


「イリア師。そう、嫌そうな顔をするな」


 パーヴェルが奥から声をかけた。


「お前の相棒、入院になっちまったから仕方ないだろう」

「……入院って?」


 その言葉に不安になる。


 荒っぽい部署……

 回復魔導でも、すぐに復帰できないって、どんな理由で入院?


「ヴェーラ師、行くぞ」

「は、はい」


 冷たい声が響いた。


「説明は、魔導車の中でする」


 そう言って建物の裏手にある駐車場に向かう。

 魔導車に乗り込むと金属音を上げて発進した。


「……」

「……イリア師?」

「……」

「どちらに行くんですか?」

「……」


 説明すると言ったきり、イリアは何も話さない。


「説明って……」

「……」


 車内に冷たい沈黙が満ちた。

 車は一時間も走ると王都を抜ける。


「……野良の魔狐に、罠をしかけた」


 そこでようやくイリアは、ぽつりと口を開いた。

 ようやく話しかけてくれて、少しほっとした。


「ヴェーラ師。悪魔化禁止の魔導陣の前に、現場で拘束魔導をかけてもらう」

「……はい」


 でも、その一声に緊張が走った。

 私の詠唱がレシピに聞こえていることは、もう自覚をしている。


 ペット魔獣のお客さんだったら、驚く程度だけど……

 イリアは上級魔導師……なんて言われるか想像もできない。


「野良の魔獣って、まだ王都にもいるんですね?」

「そこは、王都ではない」

「通報で、ですか?」


 魔獣は、普通の野生生物とほぼ見分けがつかない。

 通常、魔獣は魔獣から生まれるが、野生生物が魔獣化することがある。


「いや魔導感知で見つける。魔導素が高まっていた」


 その声はそっけなく、私にまったく興味がないようだった。


「こんな、王都の近くでも魔導素が来るんですか?」

「春の偏西風に乗って……」


 イリアは面倒くさそうに、それだけ言って口を閉じた。


「……」

「……」


 車内に再び沈黙が落ちる。


 見た目だけなら申し分ないのに。

 友好的とはいえない美男子を隣にして、ただただ体が固まる。


——所長……私、無理かも……


 落ち着かない。

 居た堪れない気持ちになる。

 でも、勇気を振り絞って聞いてみた。


「偏西風で、魔導素が来るの……ですか?」

「……ああ」


 小さくため息をつく。


「北西から偏西風に乗って流れ込む魔導素が、東の山脈から吹き下ろす春の風に当たり、セレブリャンカ川の蛇行部分に渦を作る。その渦の部分に魔導素が溜まり、この数年で濃度が高まっている。今までは上流の雪解け水がその魔導素を流していたが、近年少なくなってきている。上流で変化があったと考えるのが普通だが、調査の許可が下りない。軍の管轄区域に入るからだ。おそらく大規模な魔導訓練をしている可能性がある。それに——」


 イリアは一息にそこまで言うと、目を丸くしている私に気がついたように口を閉じた。


「……以上だ」

「あ、ありがとうございます……?」


 魔導車は川に沿って北に向かった。

 草原と雑木林の中に、畑と民家が点在している。

 

 無言の車内は変わらない。

 でも、話す人だと分かって少し安心した。


「ここだ」


 王都を出てから、一時間半ほど走ったところで車は止まった。

 薮と林と草原、その向こうにセレブリャンカ川がきらきらと銀色に輝いていた。


 イリアは車を降りて、川に向かう。

 私も慌てて続いた。


「グルルル……」

「……部長お手製の罠は、さすがだ」


 茂みの中にケージが置かれていた。

 その中で魔狐は、格子に噛みつきながら唸っていた。

 囮に使った鳥の羽が散乱している。


「ヴェーラ師。拘束契約だ」

「分かりました」


 私は左手に魔導を通し魔導陣を展開する。

 何も魔導陣のかかっていない真っさらな個体に魔導陣をかけるのは、初めてだった。

 

《一つ、この獣の身柄をヴェーラの名において拘束する》


 指先で魔導陣に文言を刻んでいく。


「ッ!」


 強い魔導圧を感じた。


——野生の魔獣……こんなに強いんだ。

 

 魔導拒絶反応……


 気を抜くと文言が薄れる。


 イリアが腕組みをしながら、観察しているのを感じた。


 額に、汗が流れる。


 よし! 刻めた。


 消えないうちに詠唱。


「一つ、チーズと粉を合わせて丸め、弱火で両面を黄金に焼き上げよ!」

「……」


 文言が魔導陣に焼き付くように定着していく。

 それと同時に香ばしい匂いが、あたり一面に漂った。


「まじめにやれ」


 イリアがため息をついて、左手をかざし魔導陣を確認した。


「なぜレシピで? ……なぜ、成立する? だが、精度は高い」

「……それは、解析局のキリル主任が解明してくれます」

「キリル主任……奴か……」


 イリアは目を閉じて、何を思い出したのか首を振った。


「悪魔化禁止の魔導陣は局に戻ってかける。そのあと、また戻って放ちに行く」

「はい」


 イリアはぐったりと動かない魔狐をケージから出し、袋に入れた。


「この辺りには、まだ野良がいるはず……」

「……はい」

「また罠をしかけて、戻るぞ」


 確かに魔導陣を通して、魔導素が濃いのがひしひしと伝わった。

 でも現場での初めての詠唱が「まじめにやれ」で、済んだことにほっとしていたのも事実だった。


 そのとき、がさりと遠くの林の中に黒い影が動いた。


「……ヴェーラ師。伏せろ」

「……!」


 イリアの声が緊張を帯びた。

 東からの風が吹き抜けた。


「匂いだ。……シルニキの匂いで、つられてきた」

「ッ!!」


 私の左手に、ビリビリと伝わる魔導の感知。

 あの悪魔化した魔狼を思い出す。


 その巨大な影は、風下からこちらを窺っている。


「イリア師……まさか……」

「あいつだ……あの魔熊」


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