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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
二章 シルニキの拘束

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20話 局長


 契約局の石造りの立派な建物。

 留置所棟や魔獣棟の奥に、その本部棟が鎮座していた。


 その五階建ての最上階の一番奥に局長室はあった。

 研修では、この建物に入ることはなかった。


「局長はな、変わり者だ……まあ、びっくりしないように」

「……はい」


 パーヴェルが声をひそめる。

 魔導エレベーターで最上階へ上がる。

 その廊下の一番奥の立派なドアでパーヴェルはノックをした。


「入れ」


 間髪入れず、鋭い声が返ってきた。


「例の新局員をお連れしました」


 広い執務室の巨大な執務机の向こうに、局長がいた。

 室温がこの部屋だけ低い気がして、鳥肌が立った。


——アンドレイ・グロモフ局長……


 局長は目を落としていた書類から、顔を上げた。

 死人のような白い肌に、黒々とした眼光が私に突き刺さった。


「聞いている。レシピ詠唱の」


 その感情のない目が閉じられる。


 書類を手に取ると、ゆっくり立ち上がった。

 巨大な蛮族の体よりも背が高く、柳のように細かった。

 枯れ木のような腕を伸ばし、紙片を差し出した。


 パーヴェルが進み出て受け取る。


「辞令だ。ヴェーラ・クリューチナ。明日付で特別契約執行部に配属する」


 パーヴェルがその辞令を読み上げる。


「レシピ詠唱……面白い。……結果が伴えば過程はどうでも、構わない」


 グロモフ局長は椅子にもたれた。


「蛮族ども……魔狼……魔猫……」


——この人、気味が悪い……


 局長の口角がニタリと上がった。

 そしてフォークで何かを突き刺して、ゆっくりと口に運んだ。

 甘い匂いが、さっきから気になっていた。


——メドヴィク(蜂蜜ケーキ)だ……


 書類の影に、大きなメドヴィクが崩れているのが見えた。

 その大きな手で、小さなティーカップをつまむ。


「……契約はな」


 ゆっくりと紅茶を飲み、話し出した。


「束縛だ」


 その目が細められる。


「契約以上のことを、縛るものでなければ意味がない」

「……ぁ」


 言葉が詰まる。


 契約以上のことを束縛する……?


 今まで、そんな契約はしてきた覚えはない。

 他人の耳には、レシピとして聞こえる詠唱とキリルは言った。


 でも、反論できない。


「さすがは、あのババアのところの弟子……」


——あのババア? この人、エフロシーニャ師を知ってる……


 胸がざわついた。

 その呼び方をする人間を、私は知らない。


 国家魔導師ではない、ただの村の灰色魔導師なのに……


「良い置き土産を受け取った……」


 置き土産……?


「き、局長! エフロシーニャ師をご存知なんですか?!」

「ヴェーラ」


 思わず叫ぶように口走って、パーヴェルが止めに入る。

 グロモフ局長は鋭い目で私を見た。


——老師……


「パーヴェル部長のもとで、仕事に慣れろ」


 そしてグロモフ局長は、また書類に視線を落とした。


「失礼します。……ヴェーラ行こう」

「……はい」


 私はパーヴェルに押されるようにして部屋を出た。

 一気に疲労が襲ってきた。


「局長は実力主義だ。コネも家柄も関係ない」


 エレベーターの中でパーヴェルが肩をすくめた。


「ついでに無駄話も嫌いだ」

「……はい」

「だが、甘いものに目がない」


 パーヴェルは私にウィンクをした。


「大丈夫。殺されはしない。ヴェーラは気に入られてる」

「あれで、ですか?」

「初対面で局長に声をかけた新人なんて、ヴェーラくらいのものだ」

「……」

「今日はかなりご機嫌だった」


 そういってパーヴェルは笑った。


「今日は明日からの部署の紹介と、ヴェーラのバディ……あいつはいるかな、いれば顔合わせだな」

「バディ?」

「まあ教育係だ」


 パーヴェルは契約局の本部の建物を出て、留置所棟に向かう。

 私は周囲を見回しながら、小走りに追いかけた。


「パーヴェルさん。特別契約執行部って、何をするんですか?」

「まあ、荒っぽいところだよ」


 パーヴェルは頭をぼさぼさ掻いた。


「基本は重犯罪者、魔族、蛮族への強制契約だな」

「……私に、それを?」


 パーヴェルは首を振った。


「それは上級魔導師の仕事だ。いずれはヴェーラにも上級になってもらうがね」

「上級……」


 留置所棟の並びには、魔獣管理部の建物があった。

 その間に挟まれた、こぢんまりとした建物が特別契約執行部の本部だった。


「ヴェーラには、危険魔獣制御をメインにしてもらう」

「! あの魔獣の抉られた魔導陣……」


 パーヴェルは立ち止まった。


「それだけじゃない。王都に野良魔獣が発生したら、最初に我々がかけつける」

「悪魔化禁止の魔導陣の……契約」

「そう、新設されたうちの部の担当になった」

「……それは、もしかして?」


 マリーナの手紙が想起される。

 ここ数年、ペット魔獣の悪魔化の被害が起きてる。

 まさか……契約局で抉られた?


「あの魔猫……古い魔導陣だった。ドミトリ所長のご家族も……」


 思わずつぶやいて、はっとしてパーヴェルを見る。


「……ドミトリの奴が話したことは、聞いてる」

「まさか、契約局が関わっていた、なんてことは……」


 パーヴェルは首を振った。


「そうでないと信じたい。だが局長は、疑っている」


——局長は、何かを掴んでる?


 そして、その”何か”に、私はもう触れてしまっている。


「……」


「さあ、ついたぞ」


 煉瓦造りの、いかにも後から増築した建物だった。


 留置所棟と魔獣管理部に挟まれて建てられていた。

 両部署と頻繁に連絡を取り合っているのだろう。


 なるほど、だからあの頃パーヴェルさんとよく会ったのか。


「イリア! いるか!」


 パーヴェルはドアを開けると同時に怒鳴った。

 広い空間だった。


 受付に事務員が一人。

 奥の並んだデスクには、誰もいなかった。

 デスクが向かい合わせに二十台ほど並び、書類が乱雑に積み重なっていた。


 左手の壁に階段があり、中二階に続いている。

 二階の手すりから、若い男の魔導師がひょっこり顔を出した。


「あ、部長。イリアは外に出てます。今日は戻らないんじゃないかな」

「まったく、あいつは……」


 パーヴェルは首をふった。


「セレブリャンカ川の河原で野良の魔狐が出たらしいっす。そう簡単には捕まらないっすよ」

「……分かった」


 王都にも、野良魔獣っているんだ……

 

「あ、その子、例の魔導師っすね」

「ヴェーラです! 明日からよろしくお願いします!」

「人手が足りないんだ。歓迎する! よろしく!」

「パーヴェル部長。新人の方ですね」


 事務員の年配の女性が声をかけた。


「ああ、ガリーナ君。ヴェーラ師にこの部署を案内してくれたまえ」

「じゃあ、ヴェーラ、また明日九時に会おう」


 そう言ってパーヴェルは小走りに出て行った。


 私は、ぼんやりとした頭でガリーナの説明を受けた。

 明日から、新しい生活が始まる。


 早く、あの魔導陣を抉った犯人を見つけ出して、所長のところに戻る。


——ここなら、辿り着ける。


 でも……


 この場所で、何かが始まる。


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