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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
一章 ブリニの従順

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2話 ドミトリ


 その日は、憂鬱だった。

 事務所のカレンダーに赤丸が入る日。


 それは、半年に一度の所長にかけた契約魔導陣の確認の日だった。


 ちょうど去年の今日。


 契約魔導師研修の最終日だった。

 私は指導魔導師に呼ばれた。


「ヴェーラ。今日は人への契約魔導陣をかけてもらう」


 魔導師として試験には合格していたが、実務に関してはまだ素人。


 いよいよ今日……初めて人に契約魔導をかける。


 これに合格をしないと専門が取れない……他に取れそうな専門はなかった。


 十の専門のうち、六つがダメだった。

 あと三つの研修は、かなり絶望的。


 ここでダメなら、国家魔導師にはなれない。


 緊張した面持ちで魔導部屋に行くと、そこにドミトリがいた。


「本当によろしいのですか? ドミトリ連隊長? 研修師ですぞ」


 花形の干渉魔導師の紋章がローブの上に輝く。

 軍の魔導連隊中佐の階級章が眩しい。


 ドミトリは目を閉じて頷いた。


 思いもよらない相手に私は震えた。


——奴隷じゃ、ないの……?


 これから、この中佐様に契約の魔導陣をかけるの?


「今は魔族の捕虜しかいない」


 指導魔導師は私の想いを見透かしたようにため息をついた。

 魔族の捕虜に契約ができるのは上級契約魔導師だけだ。


「今までどの契約魔導師の魔導陣も、中佐殿の魔導拒絶反応の前には三日と持たなかった」


 私もだ、と付け加えて指導魔導師は微笑みを浮かべた。


「だから、思い切ってやりなさい」

「どんな陣を刻めば良いのですか?」


 私は震える声で聞いた。


「干渉魔導の封印だ」


 ドミトリがあっさりと言った。


「新しく契約魔導を取るためには、必要ないんでね」

「……なんで、ですか?」


 それは軍から離れると言うこと。

 私もドミトリ連隊長の名前くらいは知っている。


 魔族、蛮族との戦いの最前線にいる英雄だ。


 干渉魔導師の力は、下手をすると災害クラスになる。

 軍を離脱するには、封印契約をするか、さもなければ死と定められていた。


 そんな英雄が、軍を離れる?


 なぜ?


「封印の契約がなされなければ、軍を辞められない。よろしく頼む」


 私の疑問を中佐様は無視した。


「分かりました。封印の魔導陣を刻みます」


 私は左手に魔導を通し、中佐様の魔導陣履歴を展開した。

 確かに封印の名残がいくつかあった。


 その上から慎重に魔導陣を上書きしていく。


 たとえ数時間、いや数分しか持たなくても、失敗したら契約魔導師の受験資格さえ、得られない。


《一つ、ドミトリの干渉魔導を、ヴェーラの名の契約において封じる》


 魔導を刻む左手が震える。

 魔導を通しながら指文字で文言を刻んでいく。

 刻む字が中佐様の魔導拒絶反応を受けて、かすれていく。


 それでも、なんとか文言を刻んだ。


「雑ではあるが……まあ、いいでしょう」


 その魔導陣を確認すると指導魔導師は外に出ていった。


 ここまではいい。

 ここからは、一人でやらないといけない。

 この一年半、詠唱で失敗してきた。


 精神を集中しろ、ヴェーラ!

 魔導を研ぎ澄ませ!

 ここで失敗したら、もう専門は取れないと思え!


「一つ、ニジナマズのぬめりを落とし、塩、胡椒、香草、小麦をまぶしたら、強火でこんがり焼き上げろ!(一つ、ドミトリの干渉魔導を、ヴェーラの名の契約において封じる)」


 魔導を通された文言が、陣に輝きながら刻まれていく。


 じゅう……と香ばしい匂いがした。


 そして、それは霧散せずに定着した。


——成功……?


 私の膝が崩れた。


「できた……?」

「俺はニジナマズか……」


 ドミトリの精悍な口元が少し歪んだ。


「はい? ニジナマズ……?」


 なんで、今、ニジナマズが出てきたの?


「魔導陣は少し雑だが、定着している……これは、驚いた」


 部屋に戻ってきた指導魔導師がメガネを上げて口をぽかんと開けた。


「まさか、あれで封印ができているのか?」


 ドミトリは驚いた顔をした。

 ドミトリは左手をかざし、自らの魔導陣を開く。


「確かに……封印されている……なぜ……?」


 ドミトリは目を見開いた。


「この刻印ならば、長ければ一年は……信じられぬ……」


 指導魔導師が頷いた。


「ようやく……」


 ドミトリは椅子の背にもたれた。


「名前は、なんと言う?」

「ヴェーラ、ヴェーラ・クリューチナです」


 ドミトリはニヤリと笑った。

 だけど、冷たい視線は変わらなかった。


「礼を言う」


 私はどきりとした。

 魔導師として礼を言われたことは初めてだった。


「お前、分かっているのか?」

「……?」


 去り際、ドミトリは意味深なことを言って出て行った。


 その後の研修は、散々だった。


 魔導陣はことごとく霧散し、指導魔導師の失笑を買った。


 でも、筆記主体の契約魔導師の国家試験には合格した。


 それから半年後だった。

 ドミトリの元に呼ばれたのは。


 魔導陣の封印が解けかけていると連絡を受けた。


 そのころ役所の試験は落ち、大手の契約魔導師事務所はどこも不採用となり、就職先がなく絶望の底にいた。


 なので、半年ごとの封印を施すためだけにとはいえ、この事務所に拾われたのは渡りに船だった。


 そして今日。

 あれから一年が経った。


「では所長……魔導陣を展開します」

「……」


 その凍てついた空気に緊張する。

 あのときは必死で気が付かなかったけれど、文言を刻むだけでも強い拒絶反応を感じる。


 ドミトリ所長は無表情のまま冷たい視線を私に向ける。


「一つ、ニジナマズのぬめりを落とし、塩胡椒香草小麦をまぶしたら、強火でこんがり焼き上げろ!」


 薄れかかった魔導陣は、良い匂いとともにまた輝きを取り戻した。


「ご苦労さん」


 ドミトリはそれだけ言うと私の肩を叩き、部屋を出て行った。

 扉が閉まる音を聞いて、ほっと息を吐いて床に崩れ落ちた。


 もし封印が解けたら、また所長は軍に戻らないといけない。

 そうしたら、私は無職になってしまう。


 所長は、何をしているんだろう?


 自ら軍を除隊し、こんな冴えない魔導事務所を開いて、さして儲かっているわけではない。


 干渉魔導を封じられた所長は、本来なら魔導師としては三流に落ちるはずだった。

 それでもなぜか、この人は怖くない。


——いったい、なんで?


 この事務所に来てから、ずっと思っていた疑問が頭をよぎる。


「でも、所長がいなかったら、もっと酷い暮らしになってた……」


 それだけは確かだ。


 私は机に向かい今日の日報を書く。

 いつ鳴るかわからない魔導電話を待ちながら。


 こんなはずではなかった。

 でも、諦める訳にはいかない。


 故郷のみんなが待ってる。

 国家魔導師として、今も苦しんでいる故郷のみんなの力になりたい。


——分かっているのか?


 初対面で所長に言われた一言が、頭を離れない。


 何を分かればいいと言うの……?



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