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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
一章 ブリニの従順

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1話 契約魔導師のお仕事

 卓上の魔導電話が鳴る。

 けたたましい音に、私は反射的に受話器を取った。


「はい! こちらドミトリ契約魔導師事務所でございます」


 直後、怒鳴り声が鼓膜を打った。

 

「ちょっと! あなたね! こないだの契約! うちの魔獣が変なのよ!」


 ああ、やっぱり。

 依頼ではない……また、クレームだ。

 クレームには慣れっこになっていた。


 けれども私は声音を崩さない。

 

「変、とは? 国家資格を持つ契約魔導師として正規の手順で魔獣と契約いたしておりますが……」


 受話器の向こうで金切り声が響く。


「うちの甥っ子、解析魔導師なのよ? その子が言うの! この魔導陣めちゃくちゃだって!!」


 解析魔導師か、まためんどくさい……


「具体的にどの辺りですか?」

「詠唱よ詠唱! レシピって何?! 料理なの? ふざけてるの?!」

「はあ……」


 また、それか。


「だから、キャンセル! 早く契約を解除しなさい!」


 なにを言ってもダメなのは経験上明らかだった。

 頭の中で素早く計算をする。


「最初に説明したように、日割りでお勘定は頂きます。キャンセル料と合わせて四千五百ヌーブルになります」


 受話器の向こうで怒鳴り声が上がった。


「キャンセル料なんて、取るの?!」

「お言葉ですが、お宅の魔獣……キャロットちゃんに何か不都合でも……?」

「うちのキャロットちゃんは、怖いくらい言うことを聞くわよ!! 気味が悪いわよ!!」


 言う事を聞くのは良いことでは?

 口元まで出かかった言葉を飲み込む。


「分かりました……契約解除に伺います」


 どうせ仕事の依頼など来ない。

 もたもたしていたら、また悪評を立てられる。


「所長……契約の解除に行ってきます」

「おう、ご苦労さん」


 ドミトリ所長は新聞から目も上げない。


 こんなはずじゃなかった……


 八年前、私は神童、天才と呼ばれていた。

 魔導係数は歴代入学者としてはトップ。

 将来は王都の魔導師団入り確実。


 魔導バスに揺られながら、私はローブの胸元を手で押さえる。

 どうしても国家魔導師のローブは目を引く。


 窓硝子に映る自分は、黒い巻き毛もそばかすも相変わらず垢抜けない。

 おまけに小柄なせいで、国家魔導師のローブだけがひどく立派に見えた。


 でもその胸の紋章を見て皆、がっかりした顔をする。


「なんだ契約魔導師か」

「奴隷かペット魔獣を契約するやつだろ」


 小さい声がはっきりと聞こえてくる。

 華々しい活躍をする魔導師団とは天と地くらい扱いが違った。


 契約魔導は、対象に条件を結びつける魔導だ。

 火も氷も出せない代わりに、いったん通れば約束そのものを縛れる。

 だから華やかさはないくせに、奴隷契約や封印みたいな面倒な仕事ばかり回ってくる。


「また王都の魔導師部隊が、魔族相手に軍功を立てたようだ」

「さすが、エリート揃い!」

「レオニード様!」


 車内のラジオが魔導師部隊の活躍を流している。


 私もそこにいるはずだった。

 その声に耳を塞ぐようにして乗り継ぎのバスに乗り込む。

 バスは閑静な住宅街に入っていく。


 丘の中腹にある新興商人の居住区。

 その趣味の悪い邸宅が依頼者の家だった。


「ドミトリ契約魔導師事務所のものです」


 私が門扉の守衛に用向きを伝えると、彼は魔導管で中の者と連絡を取った。


「お待ちしておりました。こちらへ」


 中年女性の召使いに案内されたのは、裏の掘っ立て小屋だった。

 そこに魔猫が大人しく座っていた。


「キャロットちゃん。三日ぶりだね」

「にゃん」


 黒魔猫がキラキラした目で見つめた。


「初期の契約に戻して欲しいと奥方様が希望されています」

「全部、解除しても大丈夫ですか?」


 初期契約は、契約魔導局の上級契約魔導師による一つだけ。


《一つ、悪魔化しない》


 それは術をかけた本人にも破れない、高難度の契約の魔導陣。

 私にはまだ、この魔導陣を扱えなかった。


「別の契約魔導師に契約してもらいますから」

「分かりました」


 甥っ子の解析魔導師が私の魔導陣はめちゃくちゃだと言っていたという。

 私は魔猫に左手をかざし、魔導陣を開いた。


《一つ、魔導を使わない》

《一つ、人に危害を加えない》

《一つ、物に爪を立てない》

《一つ、トイレ以外の場所で排泄をしない》

《一つ、呼ばれたら必ず返事をする》

《一つ、お人形のように大人しく》


 全然めちゃくちゃではない。

 依頼の通りに几帳面に刻まれている。

 

 私はため息をついた。


 いくら魔猫だからといって、ここまで契約で縛りあげるなんてあまり意味がないと思っていたけど。


「先代の魔猫は、ここまで従順ではありませんでしたから……」

「同じ契約内容なのに、ですか……?」

「もちろんです」


 私は首を振った。

 かなり雑な契約魔導師に当たったに違いない。


 でも、仕事だ。


 契約解除は魔導陣を開きながら契約を読み上げて、解除と唱えれば良いだけだ。

 私はいつものように左手に魔導を通して、一字一句慎重に丁寧に読み上げる。


「一つ……」


 詠唱を始めると魔導陣の刻印が揺らいでいく。


「ホウロウ鳥を塩で揉む。一つ、お腹にチャイモを詰める。一つ、香草をまぶす。一つ、高温の釜で焼く。一つ、半刻経ったら弱火にする。一つ、仕上げにバターをたっぷりと。おいしく召し上がれ!」


 私が重々しく契約解除の文言を唱えると、魔導陣が光の粒子となって霧散した。

 一瞬、香ばしい匂いがした。


「フニャアアアアアアっ!!!」

「いたっ!」


 私はキャロットちゃんに顔を引っ掻かれた。

 私の鼻に三本の線が刻まれる。

 そのままキャロットちゃんは窓辺に走って逃げていく。


「……なんだか、美味しそうですね」

 召使いが言う。

「よく言われます」


 鼻を押さえながらうなずいた。

 私が詠唱すると、必ず良い匂いがするからだと思う。


 理由は分からなかった。


「あれで、本当に解除できたんですか……」


 この反応にも慣れっこになっていた。


「はい。契約は解除しました。お代を」

「シャアアアアア!!」


 召使いは毛を逆立てるキャロットちゃんを見て頷いた。


「確かに。……ではお支払いします」


 もう夕方だった。

 帰ったら、今日の日報を書かないといけない。


 事務所に戻るとすでに所長は帰宅した後だった。


 日報を書き終わるとすっかり日の落ちた街に出る。


 なぜか、無性にホウロウ鳥が食べたくなった。


 屋台でグリルを買う。


 香ばしい香りが、さっきの詠唱と重なった。

 

 下町の長屋の最上階まで階段で上がる。

 体力のない私には厳しい。


 安月給で住める部屋はここしかない。

 粗末なベッドに倒れ込む。


 天井を見上げたまま呟く。


「……なんで、こうなったんだろう」


 六年の魔導学院をぎりぎり卒業して、地獄の研修二年。


 ようやく手にした契約魔導師の国家資格。


 この事務所に拾われて半年。

 今のままでは故郷には帰れない。


 窓から吹き込む、春先の夜風はまだ冷たかった。



1話をお読みくださってありがとうございます。


この物語は「お仕事系」×「恋愛」×「ミステリー」×「レシピ」という少し変わった設定で進んでいきます。

契約魔導という職業の中で起こる出来事や、人と魔獣、そして魔導そのものの在り方を描いていきます。


物語はここから少しずつ広がり、やがて大きな謎と向き合っていくことになります。


「面白そう」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


これからどうぞよろしくお願いいたします。

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