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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
一章 ブリニの従順

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17話 理由


 春の温かな日差しの中、魔導単車は風を切って走る。

 セレブリャンカ川が、日の光を受けてキラキラと輝く。


 セレブリャンカ湖は、王都民の憩いの場所だ。


 そこに、これから所長と?

 なんだか、夢のようだった。


 魔導単車は丘を越えた。


 セレブリャンカ湖——銀の湖が、眼下に広がった。


「綺麗……」


 名前が示す通り東の山脈の雪解け水を湛え、太陽の光は湖面を銀色に輝かせる。


 噂には聞いてはいたけれど、私は初めて来た。


 山脈を従え銀色に輝く湖を前に、一瞬、時を忘れた。


 こんな時間がずっと続いたら、どんなにいいだろう。


 所長の逞しい背中をずっと独り占めにしていたかった。


 だけど。


——これから、どうなるんだろう……?


 所長は、また軍に戻るときが来るのだろうか?


 そうしたら、私は……

 

 湖畔に建てられた小さな食堂で、遅めの昼食を取った。


 私はクワス(低アルコールの発酵飲料)を頼み、所長はまたラガーを注文した。

 私はグリブイ(パイ包み壷焼きスープ)、所長はコトレータを主菜としたコースを頼んだ。


「ありがとうございます。こんな素敵なところに連れてきてくださって……」

「いろいろあったからな。息抜きだ」


 所長はラガーを飲み干した。

 湖の見えるテラスには、恋人たちが数組いた。


 魔導師のローブを着た私たちは、かなり目立つ。


 なんのおしゃれもしていない。

 というか、昨晩あまり眠れてもいない。


 髪も肌もボロボロ……


 今更ながら、気づく。

 今まで、おしゃれとは無縁の生活だった。


 ぴょこんと頭の上に跳ねた髪の毛が今になって気になる。


 だから、余計に自分がみすぼらしく見えた。


 おしゃれと言えば……頭の中に一人の女性の姿がちらついた。


「……スヴェトラーナさん、綺麗な女ですね」


 つい口に出してしまった。


 せっかく所長と二人きりなのに……


「ああ、驚いた。大佐にあんなご令嬢がいるなんてな」


 所長は額に手を当てて、ため息をついた。

 コトレータにフォークを突き刺す。


「もしかして、大手のゾロトワ事務所って、大佐の?」

「そうだ。大佐が軍を辞めてから開いた事務所だ。今は彼女の兄が代表だ」


 それで納得した。

 なら、お金には困っていない。


「知り合いに事務員の相談をしたって……そんな大手に相談したんですね……」

「即戦力を寄越すと言われたが、まさかな……」


 所長は頭を抱えた。

 やっぱり、大佐は所長の何かを狙っている。

 なんだか、嫌な予感がする。


「でも、あんな優秀な人が抜けたら、向こうは困りますよね?」

「あれだけの大手だからな。問題ないんじゃないか」

「……」


 私は壷焼きスープを啜った。

 会話とは別に、私は他のことを考えていた。


 なぜ、所長は軍を辞めて今の事務所を開いたのか?

 そして、また軍に戻ることはないのか?


 だけど、言い出せない。


「所長は、ゾロトワ事務所に誘われなかったんですか?」

「誘われたさ。だが、組織はもうこりごりでね」


 所長は肩をすくめて、コトレータを頬張った。


「軍で、何かあったんですか?」


 聞かずにはいられなかった。

 もっと知りたいし、軍に帰ってほしくはなかった。


「……蛮族奴隷はな、元はゾロトワ大佐が運用を始めたんだ」


 所長は私の質問は無視をして、話し出した。


 蛮族奴隷……


 スヴェトラーナは、私のことを知っていた風だった。


 事務所で蛮族奴隷の話になったとき、「さすがヴェーラ師」と言ったスヴェトラーナの顔を思い出した。


——大佐と繋がってるから……


 だから私が契約した蛮族が、人気だということも知っていた。

 スヴェトラーナが来たことは、偶然とは思えなかった。


「……奴隷運用って、反対もあったんじゃないですか?」

「抵抗は、強かったそうだ」

「でも、そのおかげで故郷は平和になったと聞いています」


 私の生まれる前の話だ。

 蛮族の強い魔導拒絶反応が、魔族の魔導を跳ね返した。

 それだけは知っていた。


「そう、蛮族は魔導係数が低い魔導師の魔導陣にはかからない」

「普通11を切らないと、ですよね? だけど、あのときは……」

 

 私の魔導係数が11を切っていたのがわかったのは、蛮族との契約の後だった。


「ヴェーラは俺の干渉魔導を封じた。行けると思った」


 こともなげに言って、ラガーのお代わりを頼んだ。

 もうすでに五杯目だった。


「所長? 大丈夫ですか?」

「なに、ヴェーラに酔い覚ましの魔導をかけてもらおう」


 そんな便利な魔導陣はない。


「でも、それでもし11を切ってなかったら、どうするつもりだったんですか?」

「切ってないわけがない。そうだな、俺が十九年前、魔導学院に入学したときは、12.8だった……」


 え? 十九年前の入学?


 私のフォークが止まった。


 魔導学院の入学は十三歳と定められている。


 ということは……


「所長! 今、三十二歳なんですか!?」


 思わず叫んでしまって、周りの客が振り向いた。


 四十すぎだとばかり思っていた…… 


 私とちょうど十歳差……


「おいおい、そんなに老けて見えるか?」

「いえいえ、三十二歳で中佐って、すごいと思って……」


 所長はふっと笑った。


 平民出身が佐官になれるのは、早くて三十代後半から。

 貴族でなければ、大佐が最高到達点。


 所長は話を戻した。


「ヴェーラは入学のとき、11.2だったろ? 魔導係数は徐々に伸びるんじゃない」


 そして正面から私を見つめた。


「あるとき、一気に伸びるんだ」

「……それは、所長がいたから?」


 所長はうなずいた。


「今も、上がってる。俺の左手がそう言ってる」

「……今も」

「軍でも、あっという間に伸びる奴は伸びる」

「じゃあ、私も……」

「ああ……」


 なんで、こんな話をしてるんだろ?

 聞きたいことは、たくさんあるのに。


 結婚しているのかどうかすら知らない。

 家族は?

 大事な女はいるの?


 だから所長が、さらっと言ったことを危うく聞き逃すところだった。


「俺が、軍を辞めた理由はな……」

「……?」


 うん、知りたかった、すごく。


「ペット魔獣を悪魔化させている奴がいる」

「ん……?」


 そう、その話もしたかった。


「そいつを追うためだ」

「え?」


 私の顔が上がった。

 所長のグラスを掴む手が震え、ラガーが波打った。


「悪魔化した魔獣……」


 その絞り出すような言葉に、周囲の雑音が消えた。

 空気が張り詰めていく。


「そいつが妻と娘を殺した」

「……!!」

 

 時が止まった。



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