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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
一章 ブリニの従順

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16話 セレブリャンカ湖


 その日、解放されたときには、魔導バスの終電に間に合わなかった。

 魔導警察が来て状況を詳しく聞かれたからだ。


 その間に、危険性はないと言ってソコル少佐は帰り、キリルたちも魔像を取ったあと、解析局に戻った。


「あなたが罪に問われることはありませんが、二度目です。解析局や軍の上層部がどう動くかは未知数です」

 去り際キリルは、そう耳うちした。


「……二度目」


——一度目は、あの悪魔化した魔狼のことだ……


 やっぱり把握されている。

 息が詰まった。

 もう、今まで通りの仕事は、できなくなる?

 

 パーヴェルが最後まで残り、悪魔化した魔猫の辻褄を魔導警察につけてくれた。


「ええと。それでは悪魔化しそうになった魔猫に拘束契約をかけたが、それは悪魔化で解け、駆けつけたソコル少佐の氷結魔導で駆除した……ということでよろしいですね?」


 納得しかねるといった顔で魔導刑事は確認した。


「何者かが、悪魔化の魔導陣を抉っていたのです」


 私はそう補足した。

 叩き上げといった風情の中年刑事は、記録術魔導師の紋章をつけていた。


「そこです……本来なら、ありえない」

「こういった事案は、他にも警察で……?」


 そのパーヴェルの言葉を無視して、刑事はつぶやいた。


「記録術師の魔像を見ましたが、証言に矛盾はない……が、あの見たことのない魔導陣……」


 刑事は私を横目で見た。

 その疑念をパーヴェルがうまく逸らして続けた。


「文言は読めませんが、未知の魔導陣であるやもしれません」

「パーヴェル師は、それは契約魔導を無効化するような魔導陣と、言いたい……?」


 信じられないという顔で首を振る。


「抉られた魔導陣と、そんなことができるのは……」

「……逃亡した干渉魔導師ですか?」


 私の想像力ではそれしか思い浮かばなかった。


「いや……干渉魔導師で、出来るとも思えん」


 刑事は腕を組んだ。


 王都に?


 ペット魔獣の刻印を抉った”何者か”が潜んでいる?


 私の背中がぞわりとした。


「いずれにしろ、解析局の結果しだいだな」


 刑事は調書を閉じて立ち上がった。

 すでに老婆は警察に保護されていった。

 私は老婆の拘束契約を解除したが、老婆は眠りから醒めなかった。


 ソコル少佐によって氷結にされ息絶えた魔猫も、解析局に回された。


「もし、本当にそんな奴がいるならば……ヴェーラ師はお気をつけください」

「そんなの、気をつけようもないです……」


 そうして私は解放されたのだった。


 結局、ドミトリ所長は来なかった。


 所長のあの魔導単車を目で探す。

 立ち尽くしていると、パーヴェルがアパートまで送ると言ってくれた。


 魔導車は夜の人気のない王都を走っていく。


《一つ、悪魔※、しない》

《一つ、※※、従順、※※の名において契約す》


 あの魔猫の魔導陣の禍々しさが、頭から離れなかった。


「パーヴェルさん、今日はありがとうございます」

「ヴェーラ師……今日は大変だったな……」


 パーヴェルがハンドルを握りながらつぶやいた。


「明日の蛮族契約のことだが……」


 パーヴェルの気遣いが痛いほど伝わる。


「大丈夫です。明日も行きます」

「休まなくて、平気なのか?」

「だってヴェーラ印の蛮族は、人懐こくて、強いんでしょ?」


 パーヴェルは小さく笑った。


「大人気だ。現場では、天と地ほどの差があるそうだ」


 パーヴェルは軍から聞いたやり取りを教えてくれた。


「ヴェーラ印はシルニキとシャルロートカを食べさせておけば、いつもニコニコしているそうだ」


 それは、確かあのときの詠唱のレシピだった。


「ふっ……」


 あの恐ろしい蛮族が可愛らしいお菓子を食べてニコニコしていると思ったら、なんだか可笑しかった。


「笑ったな」

「……ありがとうございます」

「では、明日待ってる」

「おやすみなさい」

「しっかり休みなさい」


 翌朝、出勤すると所長が疲れた顔を見せた。

 私も、あまり眠れていなかった。


「ヴェーラ……パーヴェルから聞いた。昨日は大変だったな」

「所長。もう、大丈夫です」

「そうか……今日は、午前中契約局で奴隷契約をしたら、半休にしていい」

「本当ですか?」


 それを聞いて私はホッとしたのも確かだった。

 所長のいつもの無愛想な顔を見たら、張り詰めていたものがほぐれてきた。


「スヴェトラーナ。午後の依頼は全てキャンセルだ」

「所長の分もですか?」

「全てだ」

「分かりました。振り替えして、後日の行程を組んでおきます」


 スヴェトラーナはうなずくと依頼書を手に取った。


「スヴェトラーナ、午後は君も帰っていいぞ」

「ありがとうございます」


 そう言ってスヴェトラーナはふっと微笑んだ。


「……最近、変な案件が増えていますからね」


 何気ない口調だったが、なぜか少しだけ引っかかった。

 スヴェトラーナは何かを知ってる?


 所長は鞄を手に取ると、書類を詰めた。 


「じゃあ、契約局に行ってくる」

「お気をつけて」


 事務所の建物の裏に、所長の魔導単車が置いてあった。


「昨日の魔犬の案件で、気になる魔導陣の痕跡があった」


 所長が単車にまたがりながら話し出した。

 昨日の魔猫を思い出して、息を呑んだ。


「……気になる?」


 所長がその後ろにまたがるよう手招きした。


「……そうだ。ヴェーラと同じだ」


 そこで所長は一度、言葉を切った。


「悪魔化禁止の魔導陣が抉られていた」

「まさか……!」

「その場で処分した」


 魔導単車は金属音を上げて走り出した。

 漠然とした不安を追い払うように、所長にぎゅっと抱きつく。


「……見逃せなかった」

「……それ、当局は知ってるんですか?」

「ああ、パーヴェルには話した」

「……何が起こってるんですか?」


 知らずに声が震えた。


「分からない。昨日は、全部終わったあと、その処分した骸を解析局に運んだ」

「……」


 それで、昨日は来れなかったんだ。

 所長が行った郊外の案件は複数箇所あった。

 単車で走り回っていたのだろう。


 契約局に着くとパーヴェルが待っていた。


「頼むよ。今日は十体だ」

「ヴェーラは十人にシルニキだけをかけろ」

「シルニキ……ちゃんと詠唱しているつもりです」


 私は毅然として言った。

 シルニキと言われてもどの詠唱か分からない。

 いつも通り詠唱するだけだ。


「メドヴーハ(蜂蜜酒)なんてかけちまった日には、連中に恨まれるからな」

「違いない」


 パーヴェルが笑った。


「魔導連隊がメドヴーハを奴隷と取り合ったなんてなったら、笑えない」


 所長は真面目な顔になった。


「戦闘奴隷契約は、俺がかける。ヴェーラは拘束契約だけでいい」

「……分かりました」


 まもなく契約局の魔導部屋は、焼けたチーズの香ばしい匂いであふれた。

 無事に奴隷契約を終えると、まだ昼前だった。


「今日はこのまま単車で、どっか行くか?」

「はい!!」


 勢いこんで答えてしまった私に、所長は苦笑した。

 所長の後ろで顔が赤くなる。


「今日は気持ちいいし、セレブリャンカ湖にでも行くか」

「はい!」


 所長の単車は、風光明媚なセレブリャンカ川に沿って東に走る。


 今は、あの魔導陣のことは忘れよう。


 風が気持ちよかった。


 でも、胸がドキドキして、それが春の風のせいなのか所長のせいなのかは分からなかった。


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