表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
一章 ブリニの従順

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/39

15話 同意


「ひいっ! ヒョードルちゃんや……この腐れ魔導師のせいじゃ!!」


 魔猫は溶け始め、骨が露出していた。

 だが、老婆は震えながらも魔猫を手放さない。


「早く! 手放して下さい!! このままではあなたも拘束してしまいます!」

「嫌ッ!」


 私は魔導陣を展開したまま叫んだ。

 もう時間はない。


「最後の警告です! 今、手放さなければ、あなたは拘束に同意したとみなします!」

「ヒョードルちゃん!!」

「シャアアアッ!!」


 魔猫は影をまとい膨らんでいく。

 もう賭けだった。

 新しく文言を書き換えていく。


《一つ、この魔猫とともにこの者が、拘束に同意したとみなし、ヴェーラの名において拘束する》


 契約魔導陣には、嘘は書けない。

 嘘の文言を詠唱した瞬間、魔導陣は霧散する。


「ヒョードルちゃんを助けるために! お願い! 絶対に悪魔化させないから……」


 私は叫んだ。


「ヒョードル……を……助ける?」

「だから、お願いします……」


 老婆の目が見開いた。

 そして、その目から涙がこぼれた。


 そのヒョードルを掴む手が緩んだ。


 剥き出しになった頭骨からツノが生え出した。


「一つ、この魔猫とともにこの者が、拘束に同意したとみなし、ヴェーラの名において拘束する」


 詠唱した瞬間、文言が光り出す。

 そして魔導陣に、それは刻まれていった。


 老婆は、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 続いて魔猫の動きが止まった。


 その頭骨には、立派なツノが生えていた。


 悪魔化していた……けど。


「はあ……成功した……」


 私の膝も崩れる。

 でも、まだやらないといけないことがある。


 この広い家には、他の住人の痕跡はないようだった。

 そして、古ぼけた青年の写真を見つけた。


 もしかして、ヒョードルさん? 


 その視線を外した先に、探していた魔導電話があった。


「け、契約局ですか?! 私はドミトリ契約事務所のヴェーラです!」

「ヴェーラ師? 何事ですか?」


 電話に出たのは、顔見知りの受付の男だった。

 私の声にただ事ではないと感じたのだろう。


 パーヴェル部長に代わってもらうように伝えると、すぐに電話を回してくれた。


「パーヴェルさん! ヴェーラです!」

「ヴェーラ師、落ち着いて」


 私はつっかえながら、ことの顛末を話した。


「それは……軍と解析局、魔導警察も、呼ばなければなるまい」

「……そうなりますよね」


 老婆と魔猫の魔導陣の履歴を確認してもらえれば、魔導十戒には抵触していないことがわかるだろう。


 だけど——


「だが、……その悪魔化禁止の魔導陣が読めなかった?」

「……そうです。抉られたような痕跡がありました」

「分かりました。ヴェーラさん、あなたはそこで待機していてください」

「はい」

「なにも、電話以外は触らないように」


 電話を切ると、次に私は事務所に連絡をした。


 スヴェトラーナがワンコールで出た。


「スヴェトラーナさん! 五件目の依頼を延期、いや中止にする連絡を入れてください」


 私は言い直した。

 延期にして、いつまた契約に赴けるか分からない。


 五件目は、あのキャロットちゃんの再々依頼だった。

 

「それと、所長が戻り次第、今日は帰れないかもしれないことを伝えて下さい」

「……ヴェーラ師、どうしました?」


 スヴェトラーナに悪魔化しそうな魔猫がいたことを、手短に話した。

 電話の向こうで息を呑む音が聞こえた。


「そんなことは、聞いたことがありません」

「これから、警察と軍、契約局の職員が来ます。所長が戻られたらそうお伝えください」

「……分かりました。ヴェーラ師。……あなたは正しい行いをしました」


 そう言って電話を切った。

 呆然としながら、そう悪い人ではないのかなと思った。


 私は老婆をソファに寝かせ、半ば白骨化した魔猫はそのままにしておいた。

 触るなと言われたけど、老婆をそのままにはしておけない。


 そのまま、立ち尽くす。


 考えることは、「なぜ」だった。

 

 あの魔猫は、私の目にはもう臨終に近かった。

 でも、悪魔化したのは、人の手がかかっていたから……?


 そして——


 なぜ、悪魔化の文言が抉られていた?

 なぜ、従順契約をした魔導師の名前が消えていた?

 なぜ、このタイミングでうちの事務所に連絡があった?


 なによりも。


 悪魔化した魔獣との契約は、二度目。

 もう誤魔化しは効かない。


 謎の魔導陣と合わせて、グレーなことが多すぎた。


 せっかく、居場所ができた。

 せっかく、契約魔導師として、使命感も出てきた。


 ドミトリ所長……


 私の平穏が、音を立てて崩れ落ちようとした錯覚があったとき、玄関で物音が響いた。


「ヴェーラ師! 悪魔化したという魔猫は?」


 キリルがまず駆け込んできた。

 その後ろにパーヴェルの姿が見えた。


 軍の干渉魔導師のローブの人影にも見覚えがあった。


 ソコル少佐?


 顔見知りの三人であったことに私は深い安堵を覚えた。

 

「ヴェーラ師! 大丈夫だったか? ドミトリ、ヤツは何をやっているんだ」


 パーヴェルがため息をついた。 

 キリルが左手に魔導を通し、魔猫にかかっていた詳細な魔導陣を展開した。


 その魔導陣は、幾重にも重なった。


「こんなに、かかっていた?」

「確かに、悪魔化防止の魔導陣に抉られた痕跡がある」

「その上の魔導陣は随分昔で、古い文言だ」

「記録を取りますぞ」


 記録術師も魔像機を持ってかけつけた。

 その魔像を見てキリルとパーヴェルの顔は深刻になった。


「こちらのご婦人にも、魔導陣が少なくとも三つはかかっている」


 老婆にもキリルは精密な魔導陣を展開した。


「だが、ヴェーラ師以外の魔導陣は読めないか」

「な、何が起こっているんですか?」


 私以外のその場の人間は顔を見合わせた。

 パーヴェルが口を開いた。


「いいか? ヴェーラ師。今日、ここで見たことは他言無用だ。これは契約局では治らん。口外すれば、お前自身が巻き込まれる」

「ドミトリ所長にも?」

「奴には俺から言う」

「分かりました……」


 私はうつむいた。


「ヴェーラ師。確かに悪魔化した個体に拘束の契約がかかっているが……」


 キリルもこの時ばかりは、好奇心よりも人間らしい感性を取り戻したようだった。


「ヴェーラ師、あなたは正しい行いをした」


 その言葉に私の涙腺が緩んだ。


「この例の魔導陣。これがなければ拘束魔導はかからなかった。あなたはこの悪魔化した魔猫に殺されていたでしょう……」

「あの、謎の魔導陣?」


 私は顔を上げた。


「そう。あなたを守ってくれた」

「今の詠唱は、レシピじゃなかった……あの魔狼の時も、今も……」


 その言葉には、キリルは何も言わなかった。


「やむを得ずとはいえ、人に契約魔導陣を展開した……資格剥奪どころか、処刑にもなりかねん行為だが……」


 ソコル少佐が首を振って言った。

 私はうなずいた。


「このご婦人には、軍でもたっぷりと事情を聞くことになる」

「魔像機解析では、魔導十戒には抵触してはおりませんぞ」

「もし拘束が遅れていたら、このご婦人も助からなかった。ヴェーラ師、よくやった」


 その三人の言葉には救われた気にはなる。


 だけど……


 何か、もう元には戻らない気がした。


 外はもう夕暮れだった。


 所長、会いたい……


 たまらなく所長が恋しかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ