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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
一章 ブリニの従順

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14話 一体化


 休み明け。

 銀行に寄ってから出勤すると、見知らぬ若い女性が私のデスクに座っていた。

 書類の束を解いている。


 所長が落ち着かなげに私を見た。


「やっと来た。……おはよう。ヴェーラ」

「所長? こちらの方は?」


 女性が顔を上げ、すっと立ち上がった。


「初めまして、ヴェーラ師。スヴェトラーナ・ゾロトワと申します。本日からこちらで働かせてもらいます」

「あ……初めまして」


 波打つ金髪と白い肌。

 強い目をした、大人の女性だった。


 思わず気おくれしてしまう。

 魔導学院にはいなかったタイプだ。


「ヴェーラ。……新しい事務員だ」

「よろしくお願いします」

「……よろしく」


 豊満な肉体を白いシャツと短めのスカートで包んでいた。

 見下ろすように私を見て、片頬を持ち上げた。


 気づけば、私は所長をジト目で見ていた。


「ヴェ、ヴェーラ?」

「所長……?」

「や……知り合いの娘さんで紹介されてな……俺も今日初めて会ったんだ」


 所長は首を振って、なぜか慌てるように早口で言った。


「以前は別の契約事務所で働いていたらしい」

「実務は慣れているので、ご心配なく」


 スヴェトラーナは微笑んだ。


「これで電話番をしなくて済むな」


 私は所長を事務所の隅に引っ張っていった。


「……会ったことのない人を雇ったんですか?」

「そのつもりで、知り合いに話をだな……」

「雇ったんですね?」


 所長はゆっくりとうなずいた。


——信じられない……


「七十代の知り合いの娘が、あんな若いとは思わんだろう?」


 私はため息をついた。


 でも、そんなことよりも私にはずっと気になることがあった。

 さらに声をひそめる。


「……月に一度の解析局への出頭ですが」


 私はスヴェトラーナに聞こえないように所長に囁くように尋ねた。


——気をつけろ……


 ボルゾイの件以来、私はまた慎重になっていた。

 あの名前の読めない魔導陣の存在。


 パーヴェルさんの忠告はまだ耳に残っている。


 ちらりとスヴェトラーナを見る。

 その視線が一瞬交差し、すぐさま伏せられた。


「魔狼への連唱魔導陣の記録は提出した方がよろしいでしょうか?」

「……隠してバレたときのほうが、やっかいだ」


 でも、当局の上のほうの目に止まれば、さらに面倒なことにもなりかねない。

 難しいところだった。


「噂にもなっています」

「らしいな。キリル主任の判断に任せるしかない」


 そのとき。


 スヴェトラーナの顔が上がった。

 その強い目がきらりと光る。


 威圧感が私を襲う。

 緊張が走った。


「これとこれの報酬金額、間違っていますよ」


 スヴェトラーナは所長と私が書いた書類を両手でひらりと見せた。


「おお……助かる……」

「魔導陣の報告書は触らないでください」

「もちろんです。見る資格はありませんから。——はい、ドミトリ契約魔導師事務所でございます」


 ワンコールで魔導電話をスヴェトラーナは取った。


「……優秀ですね」

「ご隠居のお墨付きだ」

「所長。契約局からです。蛮族奴隷の案件が来ています」

「ああ……今、代わる」


 私は今日の予定の依頼書を手に取った。


「回りやすい順に、重ねてあります」

「……ありがとうございます」

「三件目と四件目は逆にした方が、五件目へのアクセスがよくなります」

「はあ……」


 私の机の上にあった未処理の帳簿が次々と片付けられていく。


——優秀すぎない?


 いくらなんでも……


 こんな人が、こんな零細事務所に来る?


 まさか、気をつけろって言っていたのは……


 まさかね。


「ヴェーラ。明日からまた蛮族案件だ」

「また、数が多いんですか?」


 マリーナと話をした蛮族のことを思い出す。

 でも、あれからはまだマリーナと会っていなかった。


「いや、今度は少ない。うちだけのご指名だ」

「はあ……そうですか」

「ヴェーラの契約した蛮族が大活躍らしい」

「そんなことってあるんですか?」


 所長はにやりと笑った。


「北方戦線では蛮族奴隷を導入してから、かなり楽になった」

「聞いています。うちの故郷も激戦地からは外れたと」

「だが、言うことを聞かない蛮族奴隷もいる。魔導陣を破られれば厄介だ」


 そして、にやりと笑った。


「ヴェーラの奴隷は強力な魔導陣で、かつヴェーラ印と呼ばれて、人懐こくて勇猛で大人気らしい」

「そんなことになってるんですか?」

「さすがは、ヴェーラ師です。お父様もお喜びです」


 スヴェトラーナも微笑んだ。


 お父様?


 もしかしてゾロトワって、あの英雄ゾロトワ大佐の……?


 え? 待って?


 まさか……所長の婿取りとかじゃないよね?


 なんだか私の知らないところで話が大きくなっていっていることに不安を覚えた。


「俺は、郊外の魔犬の案件だ、単車で行ってくる」


 そう言って外出の支度を始める。

 今日は元々別行動の予定だった。


 悪魔化した魔狼の一件以来、番犬としての魔犬の需要が増えていた。


「所長……」

 

 気をつけろ……ドミトリと離れるな。

 パーヴェルさんの警告が頭をよぎる。


「どうした? ヴェーラ?」


 でも、今日は街中。

 街中で何かあるとは思えない。


 貴族の家もない。


「いえ。なんでもありません」

「まあ、気をつけてな」


 午前中は何事もなく魔獣への契約は終わった。

 昼食を混み合う食堂で取り、四軒目に向かう。


 確かにスヴェトラーナの言う通り、バス停が近い四軒目の方が五軒目へのアクセスが良かった。

 距離はこっちの方が離れていたけれど。


 四軒目は魔猫の契約だった。

 閑静な新興住宅地。

 

 私はここに来るのは初めてだった。


 番地を頼りに依頼者の家に向かう。

 出迎えたのは、神経質そうな老婆だった。


「あんたんとこが、良いと聞いたんでね」

「……ありがとうございます」

「契約をし直そうと思ってね」

「従順契約でよろしいですか?」

「それで……」


 老婆はそっけなく言って魔猫を見下ろした。


 うずくまっている魔猫を前に、魔導陣を開く。

 なんだか、苦しげに見えた。


《一つ、悪魔※、しない》


 あれ?


 字が潰れている。


 最初は気のせいかと思った。

 でも魔導陣が変だ。


 これ、効力切れてる……?

 いや、完全には切れてはいない。


 文言が潰れているというより、抉られている?


 もう一つの魔導陣を開いた。


《一つ、※※、従順、※※の名において契約す》


 まただ!


 ボルゾイを思い出して、息が詰まる。

 今度はもっと読めない。


 魔猫の呼吸は粗い。


「失礼ですが、こちらの魔猫はどちらから貰われたのですか?」

「うちの魔猫が、何か問題でも?」


 老婆は怪訝な顔を私に向けた。


「悪魔化禁止の契約が薄れています」

「はあ? そんな訳ないでしょ?」

「いえ、悪魔化する可能性があります」

「そんなこと言って、お金をむしり取る気?」


 老婆は身構えた。

 その目が猜疑心に満ちていく。


「いえ、お金は要りません。至急、契約局へ連絡を!」

「もう! いいわ! 帰ってちょうだい!!」

「通報の義務があります! もし従わない場合、飼い主に罪が課されます!」


 老婆の顔色が変わった。


「あんた! 脅す気かい!」


 そう叫んで老婆が魔猫を抱き上げたとき、魔猫の毛がずるりと剥がれ落ちた。


 左手に通した魔導は、悪魔化禁止の魔導陣をもう感知できなかった。


「悪魔化します! 離れてください!!」


 私は左手で魔導陣を開いた。

 悪魔化する前に拘束しないと。


 心臓の鼓動が速い。

 魔導陣に文言を刻むときに、違和感に気がついた。


《一つ、この魔猫とこの者をヴェーラの名において拘束契約する》


 この者?!


 魔猫を抱きしめる老婆を、魔導陣は一体化したと判断していた。


「早く! 魔猫を降ろして!」

「嫌よッ!!」


 同意なく人に契約魔導をかけることは、魔導十戒に抵触する。


「このままでは、あなたにまで魔導陣がかかってしまいます!」

「そんなことをしてごらんなさい!! 訴えるわよッ!!」


 老婆の目が吊り上がった。


——どうする? ヴェーラ!


 ここで躊躇えば魔猫も老婆も死ぬ。

 だけど、かければ私が終わるかも知れない。


 いや、それより何より悪魔化したら被害が大きくなる。


「シャアアアッ!!」


 魔猫の体は、肉とともに崩れ始めていた。


 

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