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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
一章 ブリニの従順

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13話 王都の休日


「ようやく……休み……」

 

 この一週間はあっという間だった。

 連日、王都中を駆けずり回っていた。

 私は疲れた体をベッドに投げ出した。


 一週間頑張った左手を見る。

 充実感はある。


 あのあと、没落貴族の魔犬のことを所長に話した。

 術者の名前が読めない魔導陣。

 それを聞いた所長は、一瞬だけ険しい顔をした。


 そして、「ヴェーラは報告をしてくれるだけでいい」と言った。


「もし、また当たったら、すぐ契約局に連絡するんだ。軍と魔導警察も来てくれる」


 その顔は真顔だった。


 この仕事をしていれば、そういう魔導陣に当たることもあるのだろう。


 でも、所長は何かを知ってる……?


 それは、直感だったけど、「分かりました」とだけ答えた。


 不安なことは他にもたくさんある。


 だけど、所長がいればなんとかなる。


 あの夜、駆けつけてくれた所長に、今は絶大な信頼を置いていた。


「明日は、事務所に行って、契約の記録をまとめたら、部屋の物件を見に行こう……」


 ベッドの上で伸びをする。


「八階までの階段は、いいかげんきついな……」


 ぶつぶつ独り言を言う自分に気がつき、苦笑した。


「私も、魔猫でも飼おうかな……」


 話し相手にもなるし。

 そうしたら、一緒に現場に行ってもいいかも知れない。


 黒魔猫がいい。

 魔鴉でもいい。


 魔獣を引き連れた契約魔導師ヴェーラ。


 きっと評判になる。


 魔隼だったら、伝令にも使えるかも……


 夢は膨らむ。

 そうだ、週明けに所長と相談しよう。


 そうしよう。


 翌日、起きたのは昼前だった。

 私はがばっと起き上がった。


 時計を見る。

 無情にも午前十一時を回っていた。


「ああ……もったいない……」


 折角の休みの計画が、音を立てて崩れた。


 私は飛び起きて髪を解かし、リボンでまとめる。

 ブラウスとスカートをタンスから引っ張り出す。

 薄手のコートを羽織って部屋を飛び出した。


 休みの日くらい、ローブからは解放されたい。

 というか昨晩、洗濯してまだ乾いていない。


 今日は事務所の下の食堂はお休み。

 昼食用に商店でブッターブロートとカフェを買って事務所に向かう。


 歩いて十五分ほど。

 場所は便利なんだけど。


 事務所につくと、所長がちょうど出てくるところだった。


「あ! 所長。……いらしてたんですか?」

「ヴェーラ……休みの日くらい、休め」


 所長はため息をついた。


「休むのも仕事のうちだ」

「そうですけど……」

「今日はもう、事務所に入ることは許さん。命令だ」

「……でも、契約記録も帳簿も、溜まっています」

「命令だ」

「……はい」


 所長は、私のカゴの中のブッターブロートとカフェを入れた水筒を見た。


「全く。こんなものばかり食べているから、体力がつかんのだ」

「所長……?」


 所長は私の手からカゴを取り上げた。


「肉を食え。昼はまだだな? 連れていってやる」


 そう言って階段を降り出した。

 

「ヴェーラ! なにしてる?」

「はい!」


 今日は所長もローブは着ていなかった。

 カーキのズボンに長袖シャツ、革のジャンパーという、いでたちだった。


 逞しい体のラインがローブのときよりもはっきりと分かった。

 所長の魔導単車の後ろに、しっかりとまたがってその腰に抱きつく。


 春の午後の風が、気持ち良い。


 まさか、これって……デート?


 急にドキドキしてくる。


 本当に良かった……


 魔導師のローブじゃなくて……

 でも、リボンはあの赤いのにすれば良かった……


「所長! 私も魔獣を飼ってみようと思うんです!」

「なんだ?」

「私も! 魔獣を! 飼いたいんです!」

「……魔獣か」


 少しの間があった。

 信号待ちで所長は、ぼそりと言った。


「……魔導師が魔獣を飼うと、辛い思いをする事になる」

「……え?」

 

 そういえば契約魔導師が自宅で魔獣を飼っているという話は聞いた事がなかった。


「魔鴉とか魔鳩だったら、連絡手段にも使えるんじゃないかと思って」

「……やめた方がいい」


 所長はぽつりと言った。


「……所長?」


 魔導単車は走り出した。


 確かに魔導バスに魔獣を連れて乗るのは、気が引けた。

 トイレや餌の問題もある。

 かといって、あの部屋にお留守番も可哀想だ。


「そうですよね……」

「そうだ。……さあ、着いたぞ」


 魔導単車は一軒のグリルバーに着いた。


 中に入ると炭火の爆ぜる音、肉がジュウジュウと焼ける音、香ばしい匂いが食欲を刺激した。

 休日の昼時、店内は混み合っていた。

 ラガーや黒パンの匂いが混ざり、喧騒に包まれている。


「私、グリルバーは初めてです」

「そうか。さあ、まずは肉を食え」


 所長は次々と注文を繰り出した。

 ラガーとクワス(低アルコールの発酵飲料)で乾杯する。


 まずソリャンカ(濃厚な肉・魚)のスープが大きな器で運ばれてきた。

 次いで、コルバースキ(ソーセージ)とレーブラ(スペアリブ)がテーブルに乗せられる。


「さあ、食え」


 所長は私の皿にどんどん乗せていく。


 巨大なコルバースキが三本、レーブラの塊、その隣には肉が氷山のように盛られたスープが置かれる。


「は、はい」


 私はその濃厚なスープをスプーンですする。

 肉が邪魔で上手くすくえない。

 仕方なく肉ごと頬張る。


「魔導係数が高くても、体力がなければ話にならん」

「……私の魔導係数を最初に測ったのは、村の老魔導師なんです」


 私はソリャンカを口に運びながら、ぽつりと言った。


「北方の?」

「エフロシーニャ師という方で。あの人がいなかったら、学院にも来られなかった」

 

 所長の手が、一瞬止まった。

 

「……そうか」


 それだけ言って、

 またレーブラにかぶりついた。


「……軍では、この十倍は食う」


 所長はコルバースキにかぶりついて言った。

 私もコルバースキをかじる。

 やっとの思いでソリャンカの肉を飲み込む。


「一にも二にも体力だ」

「……はい」


 食べても食べても減らない気がした。

 

「お、シャシリクが来たか」


 所長は手をすり合わせた。


——まだ……来るの……?


「ヴェーラも食え」

「はい……」


 汗が流れ落ちる。

 手が肉汁で汚れる。

 ブラウスに油が飛び散った。


 もうそれからは、必死だった。

 無我夢中でレーブラをナイフで切り分けて口に運ぶ。


 それを所長が満足そうにラガーを傾けて見ていた。

 なんだか、魔鼠の気持ちが分かったような気がした。


 最後のコルバースキを口の中に詰め込んだとき、私の皿にシャシリクとクリーツァ・グリール(グリルチキン)が乗せられた。


「干渉魔導師になりたいんだろう?」

「……」


 所長はニヤニヤして言った。


「なります」

「ならば、体を作れ」

「……はい」


 シャシリクを串のままかぶりつく。

 こうなったら、もう根性で食べるしかない。


「……」


 なんで、私こんなに肉を食べさせられてるんだろう。

 クリーツァ・グリールを切るナイフの動きが止まった。

 

 もう、限界だった。


「所長……もう、食べられません……」


 もう私のお腹のどこにも肉は入らなかった。

 話したいことはたくさんあったけど、もう、どうでも良くなってしまった。


「よくやった」


 そう言って、私の皿の肉をペロリと平らげてしまった。


「本当は、新しい部屋の物件を見に行こうと思ったんですけど……」

「帰って休め」

「……はい」


 もう動けなかった。

 

 そうして——私の休日は、あっけなく終わってしまった。


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