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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
一章 ブリニの従順

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12話 ボルゾイ


 その日、事務所に出社すると、魔導電話が鳴り響いていた。

 私は慌てて受話器を取る。


「はい! ドミトリ契約魔導師事務所でございます!」

「やっと繋がった……」


 中年の男の声だった。


「ペット魔獣を新しく迎え入れたのでね、契約をしたいのだが……」

「はい……少々お待ちください」


 私は依頼書とペンを手に取りながら、スケジュール表を睨んだ。

 所長も私も一週間先までぎっしりだった。


「急ぎたいんだがね……」

「何か、気になることでも?」


 急ぎであれば夜にでも伺おう。

 少し前だったら、一日十件は無理だった。

 あのときの魔犬との契約が自信を深めていた。


「ああ、魔犬なんだが、……様子がおかしいんだ」

「様子がおかしい? ……契約局の魔獣医には診せましたか?」


 契約局には魔獣専門の回復術魔導師がいる。


「まずは、そちらで診てもらってから、改めて契約に伺います」

「……言うことを聞かない」

「それは……」


 魔犬と言っても、猟犬から小型犬までいる。

 言うことを聞かない大型犬では、契約局まで連れていくのも難しい。


「分かりました。犬種をお伺いしても?」

「ボルゾイだ」


 ボルゾイ……貴族の猟犬。

 スリムで優雅な大型犬だ。

 貴族の広い庭で走り回っている姿が思い浮かんだ。


「分かりました。本日、十九時にはお伺いします」

「なるべく、早く来てくれ」


 男は名前と番地を告げ、電話を切った。

 やはり山の手の貴族の家だった。


 依頼書を書き、顔を上げると所長の顔が目の前にあった。


「あ、おはようございます。聞いていました?」

「おはようヴェーラ。……大丈夫なのか?」

「ええ。やる気まんまんです」


 私は笑顔を見せた。


 最近、所長から聞いた魔導の訓練を寝る前に始めた。

 一日に魔導陣を十件開く程度は、もう訳はない。


 所長は私が書いたばかりの依頼書を取り上げた。


「……この屋敷、この番地……引っかかる」

「大丈夫です。今まで何事もありませんでしたから」

「夜も遅い」


 山の手の貴族街の治安は良い。

 魔導バスも二十時までは出ている。


「所長は今晩は、契約魔導師協会で会合ですよね? 大事なお話があるとか……」

「それは、そうだが……」

「こちらのお貴族様、困っていらっしゃるみたいだから、早い方がいいと思います」


 しぶる所長から、依頼書をひらりとすくい取る。


「ヴェーラ!」

「もう、私も立派な契約魔導師です。行ってきますね」


 鞄に新しく書いた依頼書を突っ込むと、私は事務所を飛び出した。

 契約局でパーヴェルから警告された日から、もう三日は経っていた。


 昨日までは用心していたが、何事もなく過ごす事ができた。

 もちろん、油断は禁物。


 所長から聞いた訓練法、もっと早く教えてもらえば良かった。

 私の魔導係数ならば、夢だった干渉魔導師も現実になる。


 そうしたら、所長が軍に戻っても、私が軍に押しかける事ができる。


 午前中は四件を済ませた。

 魔猫三匹と魔兎一匹。


 ほら、何事もない。


 今日は無性にブリニを食べたくなっていた。

 従順契約を四件立て続けだと、さすがに匂いだけでは我慢できなかった。


「あと、六件!」


 甘いブリニでお腹を満たすと私は立ち上がった。

 魔導バスの乗り換えも、もうお手のもの。


 学院時代はずっと敷地内の寮と学院の往復で、休みの日は課題に忙殺されていた。

 この半年余りで王都の街を覚えていったのだ。


 セレブリャンカ川にかかる中央橋は、憩いの場だった。

 広い橋の真ん中には屋台が並び、橋の手摺りには恋人たちが夕陽を見ていた。


 王都は、今日も平和だ。


 私は屋台で小さ目のブッターブロートとカフェを買い、橋のベンチに座って少し休んだ。休憩を終えると同時に、水鳥がいっせいに飛び立った。


 あと二件。


 みんな心配しすぎなんだから。


 九件目を終わると、もう日は暮れていた。

 魔導バスに乗って最後の貴族様の屋敷に向かう。


 さすがに疲れていた。

 屋敷の番地に着いたときには、十九時を回っていた。


「遅かったですね」

「……すみません」

「まあ、いいです」


 その男は、かつては仕立てが良かったであろう上品な礼服の上着を羽織っていた。

 襟元は黄ばみ、生地には皺が寄り、突き出た腹はボタンが閉められていなかった。

 酒とタバコと体臭が混ざり合い、鼻をつく臭いがした。

 

 暗くて良く見えなかったが、屋敷は手入れがされていなかった。


 魔導灯に蜘蛛の巣がかかっている。

 割れた窓ガラスはそのまま。

 絨毯は擦り切れ、廊下に壊れた家具が埃を被っている。


 使用人は、いないの……?


 没落貴族……


 役職もなく、恩給だけで暮らす典型的な姿だった。


 今にも何かが出てきそうな雰囲気だった。


 埃臭い、がらんとした食堂にボルゾイはいた。

 薄暗い魔導灯の下、痩せ細り、毛艶も悪い、優雅さはまるでなかった。

 死んだような目で、うずくまっていた。


「知り合いに譲られたのでな」

 男は酒をあおった。

「知り合いに?! 契約局の魔獣窓口ではなく?」


 それは違法だった。


 飼えなくなった場合は、契約局に返さないといけない。

 だが、そうなれば社会的信用は落ちる。

 登録していなければ、魔獣医にもかかれない。


 いくばくかの金で、引き取ったのだろう。


 大手に連絡すれば、すぐ当局に通報される。


 だから、零細のうちの事務所に頼んだ?


「早く、やりなさい」

「……出来ません」

「なんて、言いました?」


 その口調が不穏になった。


 男は大柄だった。

 だらしのない腹が汚れたシャツから突き出している。


「……これは違法です。私には通報の義務があります」

「くそっ!」


 私は毅然として言った。

 早く通報しなければ。


 背中を向けたとき、背後でボルゾイのか細い悲鳴が聞こえた。

 振り返ると男はボルゾイをムチで叩いていた。

 びしいっと空気が震えた。


「やめてください!!」

「ちゃんと躾けているだけだ」


 ボルゾイは、私に悲しげな目を向けた。


 このままでは、殺されてしまう。

 もし万が一、悪魔化禁止の魔導陣がかかっていない個体だったら……


 私の背中が凍えた。


 そのとき、廊下で物音がした。

 だけど、気にする余裕はなかった。


「分かりました。必ず、明日、登録にだけでも行ってください」

「ぐだぐだ言ってないで、早くやれ」


 男はムチを鳴らした。

 私はその音に弾かれるように左手に魔導を通した。


《一つ、悪魔化しない》


 その文言を確認すると、ほっと肩の力が抜けた。


 でも、その上の魔導陣を確認したとき違和感が私を襲った。


《一つ、名を呼びしものに従え、トゥ**の名において契約する》


 契約者の名前が、掠れている?

 その魔導陣はすでに効力が切れていた。

 それでは、言うことを聞くわけがなかった。


 目を凝らす。


 でも、ちょっと待って……?


 さっきはトゥ**だった。

 今は、ヴェ**になってる?

 なんで……?


「早く! 言うことを聞かせろ!」


 男はムチを床に叩きつけた。

 違法な魔獣に魔導陣をかけることは御法度。


 所長……どうしたら良いですか?


 食堂の入り口に人影が立った。


「ヴェーラ。魔導はかけなくていい……」

「!!」


 所長……


 食堂のドアに所長の姿が見えて、私の目頭が熱くなった。

 私は小走りに、所長の逞しい背中に隠れた。


「所長! ……どうして?」

「気になると言っただろう……」


 所長は私を庇うように前に出た。

 所長の前では、貴族の男の体格も霞んで見えた。


「終わりだ……」


 男は酒を手放して、うつむいた。


「電話を借りるぞ」


 所長は食堂の壁際に置かれた電話を手に取ると、魔導警察に通報した。

 まもなく魔導警察が到着すると、男とボルゾイは引き取られていった。


 その悲しげな目が私をとらえた。

 どうか、良い人のところへ……


 事情聴取を受けたあと、私たちは解放された。


「所長……ありがとうございました……」

「この仕事も、何があるか分からない」

「……はい」


 本当にそうだ。

 ペットとはいえ、魔獣だ。

 飼い主もみんなが良い人とは限らない。


「会合は……大丈夫だったんですか?」

「ああ、知り合いに要件だけは伝えた」


 いつも通りのぶっきらぼう。


 魔導単車の後ろにまたがる。

 その所長の背中は温かかった。


 あの術者が読めない魔導陣。


 あんなことって、あるの……?



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