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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
一章 ブリニの従順

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10話 悪魔化


 森の奥が揺れた。

 木々が薙ぎ倒される音が、遅れて届く。

 日差しが陰り、風が冷える。


 魔犬が低く唸った。


「ヴェーラ。魔犬と一緒に倒しに行くぞ」

「ッ!! 私もですか……?」

「傷つけられた魔獣は、傷つけた相手を必ず探し出す」


 所長は貴族の息子をチラリと見た。

 男爵とその息子が固まる。

 

「こちらに来られては、被害が増える」


 所長は魔犬の鎖を外しながら、森に目を向けた。


「でも、所長は干渉魔導は使えません。ここは魔導連隊と魔犬に任せませんか?」

「まだ、悪魔化していない。今なら間に合う」

「……悪魔化していない?」

「魔導反応が弱い。だが、時間の問題だ」


 所長は左手に魔導を通し、森を睨んだ。


「……分かりました」


 私は覚悟を決めた。

 干渉魔導を封じられても、この人は元・軍の英雄。


 私は震える足を叩いた。

 百戦錬磨の所長だったら、なんとかしてくれる。


 魔犬の鎖が全て解き放たれた。

 魔犬はいきり立っている。

 号令一つで魔狼に向かっていくだろう。


「行け!! 魔狼を足止めせよ!」


 ドミトリが一声かけると、引き絞られた弓から放たれる矢のように魔犬が飛び出していった。


「行くぞ! ヴェーラ!」

「はいっ!」


 私は所長の後を走っていく。

 そのとき、森を割って巨大な狼が現れた。


 毛皮がずり落ち、肉が溶けかけていた。

 露出した骨が黒ずんでいく。

 吠えかかる魔犬は、魔導戦車に群がる犬のようだった。


 その魔狼に魔犬が勢いよく飛びかかり、噛みついていく。

 魔犬は骨に噛みつくが、振り回され跳ね飛ばされる。


「まずい。ツノが生えてきた……」

「所長……」


 私は息を飲んだ。

 恐怖で足が竦む。

 魔狼は黒い影をまとい、膨張していく。


 それでも魔犬はその体によじ登り、牙を突き立てていた。


「右前脚だ! 折れ!!」


 所長は魔犬に指示を飛ばした。

 数匹の魔犬は倒れたまま動かない。


 二十数匹が一斉に右前脚に喰らい付いた。

 魔狼は咆哮を上げると、その巨大な牙で魔犬に噛みつき、振り落としていく。


 前脚を引き摺りながら、徐々に魔狼は屋敷へと近づいてくる。

 放り落とされた魔犬は唸り声を発して、再び右前脚に取り付く。


「……所長?」

「ヴェーラ。拘束契約をかける」

「この距離じゃ、無理です」

「ぎりぎりまで近づく」

「待って! 所長!」


 所長は走り出した。

 置いていかれる。

 足が、出なかった。


 魔犬が、魔狼の右前脚を骨ごと噛みちぎられていた。

 それでも、こちらに向かってくる。


 生き残った魔犬は左前脚に取りついていた。


 私は震える左手に魔導を流した。

 その瞬間、魔狼から強い魔導反応を感知する。


 そのとき、厚い雲から雷が鳴り響いた。


「悪魔化……?」


 所長は魔狼に近づき、魔導陣を展開した。

 私の左手に流した魔導が、その魔導陣を鮮明に映し出す。

 ドミトリの朗々とした詠唱が空気を震わせた。


 次の瞬間、その魔導陣は霧散した。


「ヴェーラ! 魔導拒絶反応が強い!!」


 所長の絶叫が響いた。


「悪魔化する前に!!」

「所長ーッ!!」


 私の声は悲痛な叫びとなった。


 また一歩魔狼がドミトリに近づいた。


 腐った肉が弾け、呪いの影が姿を覆っていく。

 頭骨からツノが伸びていく。


 その瞬間、私の左手に流した魔導に、魔狼の視線が絡みついた。


 そして、魔狼は後ろ脚をためて跳躍した。


 魔狼は所長を飛び越え、私の目の前に牙を剥き出した。


「え?」

「ヴェーラ!!」


 ドミトリは全力で走りながら魔導陣を展開した。


「ヴェーラ!! 連唱だ! 拘束魔導陣を重ねがけしろ!」


 その魔狼の頭の上に、所長の魔導陣が開いた。


 連唱だったら……


 でも、現実感がなかった。

 頭が、真っ白になる。


 ここで、死ぬ……?


 音のない世界で、力強く刻まれた所長の拘束の文言が光り輝いて見えた。


 私は魔導学院の中級生のように、その魔導陣を素早くなぞった。


「一つ、……」

「一つ、……」


 その詠唱が重なっていく。


 そのとき、私は見た。

 

 キリルに見せられた、あの”ありえない魔導陣”が展開していくのを。

 それは光り輝き、拘束魔導陣を覆っていく。


「この魔狼の身柄の拘束を——ヴェーラの名において契約する」

「この魔狼の身柄の拘束を——ドミトリの名において契約する」


 魔狼の禍々しく開いた口が私に迫った。

 そしてその口が、骨を砕くような音を立てて閉じられた。


「……あ」


 次の瞬間、私は所長に抱え上げられた。

 そのまま丘の下にダイブするように転がり落ちる。


 直前まで私がいた場所で、魔狼が轟音を上げて倒れた。


「……良くやった。ヴェーラ」

「……あ。……はい」


 気づけば、所長の胸の上だった。

 大きな手が、頭を撫でる。

 私は、そのまま顔を埋めた。


 雲が流れた。

 鳥が鳴いている。

 春の日差しがまた、草原に注いだ。

 

 まるで何事もなかったように。


「これは、大目玉だな」


 所長は苦笑した。


 悪魔化しそうな魔獣を見つけた場合、速やかに当局に報告しなければならない。


 顔を上げた私は、肉が全て溶け落ちた魔狼が目に入った。

 その黒々とした頭骨からは禍々しいツノが生えていた。


「悪魔化したら、普通、契約魔導はかからない」

「……悪魔化していたんですか?」


 そのとき、視界の隅に黒い影が降り立ったのが見えた。

 次々と黒い影が空から降りてくる。

 その黒い影は、魔導連隊の紋章をつけていた。


「ドミトリ中佐。お久しぶりです」

「ソコル少佐……見ての通りだ」

「いよいよ中佐にも、再び春が来ましたかね」


 ソコル少佐は、脱力して抱き合うように横になっている私たちを見て口元を緩ませた。


「……はっ!」


 私はそれに気がつくと慌てて飛び起きてローブのシワを伸ばした。


「いや、春はまだ先だな。それより……見てたか?」

「はっ! 我々が到着したとき、まさに悪魔化しておりました」

「どう思う?」


 私たちは拘束された悪魔化した魔狼を見た。

 隊員たちがその周りで首を傾げている。


「契約魔導は、悪魔化した個体にはかかりません」

「誰も信じないだろうな」

「理論上ありえません」


 信じられないという顔をして首を振った。


「……我々が駆除したことに、しておきましょう」

「助かる」

「ですが、ここまで放置していたあの貴族の責任は、問われかねません」

「……仕方ないな」

「ご無事で何よりでした。不死身のドミトリどの」


 ソコル少佐は敬礼を残し、魔狼の処理の指揮に戻って行った。


 私の心臓が今になって荒ぶり始めていた。

 悪魔化した魔狼の恐怖か、所長の厚い胸板のせいか、私には分からなかった。


「さあ、帰るか……ん? どうした?」

「……た、……立てません」


 私の膝は言うことを聞かなかった。

 全身が震えていた。


 所長はため息をつくと、私を背負ってくれた。


「……すみません。……所長」


 ふっと所長は笑った。

 その背中が温かかった。


 そういえばあの詠唱は、レシピじゃなかった?

 いつもの匂いがしなかった。


 この違和感の意味に、まだ気づいていなかった。


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