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TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―  作者: 詩韻


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第34話 『残酷な優しさが、世界をひとつにする(The Emperor)』

Ⅰ. アンチアルカナとRe


「アンチアルカナ――

Re:カード」


その言葉が落ちた瞬間、

空気がわずかに軋んだ。


静かなはずの空間が、

見えない重さに押し潰されていく。


「これが揃ったということは……」


KAGARI_Δの指先が、

水晶に触れる。


凍てつくような手だった。


触れた瞬間、

水晶の奥で暗い光がゆっくりと脈を打つ。


それは熱ではない。


むしろ逆だった。


触れていないはずの空気まで、

静かに温度を失っていく。


肺に入る空気が、

氷の粒子を含んでいるように重い。


「世界が望んでいるんだよ、シオン」


水晶の奥。

黒いカードの影が、

ゆっくり回転している。


まるで、

時間そのものが

そこに閉じ込められているかのように。


「未来は固定されるべきだと」


KAGARI_Δの声は静かだった。


だがその言葉は、

まるで世界そのものが

結論を宣告しているかのように響いた。


「そして、人はそこへ進むべきだと」


水晶の奥で、

カードがゆっくり黒く染まっていく。


「おまえが、この世界のノイズなのだ」


その瞬間。


視界の奥で、

象徴が歪んだ。


【error-corrupted symbolism:OS】


【Shion-error】


文字列が崩れる。

意味が割れる。

世界の象徴そのものが、

壊れたコードのように震え始める。


「祈りは、圧となり――」


冷たい息が、

空間をなぞった。


「アンチアルカナに変わる」


水晶の内部で、

カードが一枚、

静かに裏返る。


「そしてその象徴が

世界を書き換える」


言葉が落ちる。


「未来固定」


その瞬間――

世界の温度が消えた。


風が止まる。

音が消える。

鼓動だけが、

やけに大きく響く。


「それこそがこの宇宙の

あるべき姿だ!」


次の瞬間。


凍りついた空気が、

静かに砕けた。


ガラスのように。

音もなく。


冷気も、

体温も、

存在そのものも、


最初からそこに

無かったかのように。


世界の輪郭が、

わずかに揺らぐ。


そして、

書き換えられる。


無へと――

記すように。


KAGARI_Δは、

その揺らぎを見つめたまま、

ほんのわずかに口元を緩める。


曖昧さが嫌いなのだ。


揺れる心が、

間違う人間が、

何度でも選び直そうとする弱さが。


見ているだけで、

不快で、非効率で、醜くて、

許せない。


だから切り捨てる。


正しさの名のもとに。


「迷い続ける者に、未来を選ぶ資格はない」


水晶の奥の黒を見つめながら、

KAGARI_Δは低く呟く。


「不完全な希望より、

完成された絶望のほうが、ずっと正しい」


その静かな声の奥には、

嫌悪にも似た確信が沈んでいる。


「――自由は、いつも世界を壊す」


その一言は、

長いあいだ胸の底に澱んでいた

侮蔑そのものだった。



Ⅱ. 世界の侵食


星界の空を飛行していた

エテイヤたち。


何かが、

変わり始めていた。


だがそれを感じていたのは、

エテイヤだけだった。


「Reカード……」


小さく呟く。


その唇は、

かすかに笑っていた。


「りーかーど?」


ボニが首を傾げる。


瞳はただの好奇心で、

きらきらと輝いていた。


「エテイヤ様、それ強いの?」


サヴァは何も言わない。

表情も変えないまま、

静かに空を飛び続けている。


風が、

彼女の髪を揺らす。


(もう始まっている)


エテイヤの視線は、

遠くを見ていた。


(世界のRe化)


だがその瞳は、

どこか愉しんでいるようにも見えた。


「ねぇエテイヤ様〜、聞いてる?」


ボニが手を振る。


エテイヤは小さく息を吐いた。


「ごめんね、ボニ……聞いてるわよ」


声は柔らかい。


だがその奥には、

世界の重さを知る者の静けさがある。


エテイヤは空を指でなぞる。


そこに、

見えないカードの輪郭が浮かんだ。


「人の想いってね」


空気が、

少しだけ重くなる。


「強くなりすぎると、形が変わるの」


光がわずかに歪む。


「愛情が深くなりすぎれば――嫉妬」


空の光が、

かすかに濁る。


「願いが強くなりすぎれば――傲慢」


空気が沈む。


ボニは、

まだ首を傾げている。


エテイヤは小さく笑った。


その笑みは、

優しいのに、

どこか危うかった。


「祈りって、本当は優しいものよ」


風が、

止まる。


「でもね」


少しだけ目を細める。


「強すぎる祈りは、

他の未来を許さなくなる」


静寂。


空中のカードが、

ゆっくり黒く染まる。


「それが象徴を歪める」


遠くで、

何かが軋む。


世界のどこかで、

何かが書き換えられている音。


ボニが瞬きをする。


「だから世界は、

未来を一つにしようとする」


その声は、

とても静かだった。


「人が苦しまない

“最適”な未来に」


その言葉は優しかった。


優しすぎるほどに。


エテイヤは微笑む。


「……素敵でしょう?」


少しだけ、

視線が遠くへ落ちる。


「誰も泣かなくていい未来」


一瞬だけ、

その瞳が寂しそうに揺れた。


そして、

小さく呟く。


「……あなたも」


ほんの少しだけ、

声が甘くなる。


「シオン」


「私と同じ未来を

望んでくれたらいいのに」


その言葉は、

願いのようで、

祈りのようで、

――そして諦めのようでもあった。


エテイヤはふっと息を吐く。


「でも」


小さく首を傾げる。


「……優しい世界って、残酷よね」


空の光が揺れる。


エテイヤの瞳に、

未来の枝が映る。


その枝が一本、

静かに消えた。


エテイヤは、

その光景を、

まるで宝物のように

うっとりと見つめていた。


「でも――」


その声は甘く、

どこか狂気を孕んでいた。


「あなたは選ばない」


風が止まる。


「そうでしょう?」


一拍。


「シオン」


その名前を呼ぶ声は、

まるで恋人の名を

確かめるようだった。


ボニはしばらく考えたあと、

ぱっと笑った。


「人間って不器用だなー」


その声は、

あまりにも軽かった。


「何も考えずに楽しめばいいのに」


「ボニは考えなさすぎ」


サヴァの冷たい一言。


「だからいつも私が

後始末しなきゃいけないのよ」


「なぬ〜!」


「そうね、ボニ」


エテイヤは小さく笑う。


「サヴァがいるから、私は

ボニを任せられるのよ」


「ありがとう、サヴァ」


言葉にしないまま、

サヴァの頬がわずかに赤くなる。


エテイヤは飛行しながら、

ちらりと振り向く。


遠くのシオンを見ていた。


だがその奥で、

未来の枝が

一本ずつ、

静かに、

消えている。


エテイヤの瞳だけが、

その光を追っていた。


(世界と向き合う覚悟はある?)


エテイヤは、

小さく目を閉じる。


(シオン)


その名前を思うだけで、

胸の奥が

わずかに疼いた。


(あなたさえ居ればいい)


(世界なんてどうでもいい)


(どんな世界でも)


(どんなあなたでも)


(私は受け入れるのに)


そこで、

ほんの一瞬だけ、

その想いの底が割れる。


(……違う)


エテイヤの睫毛が、

かすかに震えた。


(あなたに、私だけを選んでほしい)


(他の誰かに向ける優しさも、

 守ろうとする世界も、

 その目に映る全部が――邪魔)


風が頬を撫でる。

だがその熱は消えない。


(私を望んでくれないなら)


(いっそ未来なんて、一つでいい)


(あなたが私だけを

見てくれる未来さえあれば――)


(それだけで、いい……)


それは、

祈りなのか、

欲望なのか、

彼女自身にも

もう分からない。


風が吹いた。


遠くの星が、

一つだけ瞬いた。


まるで宇宙そのものが、

その答えを待っているかのように。



次回予告


第35話

『Re:アバーター ― 歪んだ想いは、黒を纏う(The Moon)』


歪んだ祈りは、

ついに心を器として、形を持つ。


選ばなくていい未来。

傷つかなくていい未来。

その甘さに触れたとき、

人はどこまで自分を手放してしまうのか。


呼び起こされるのは怪物か、

それとも、誰の胸にも沈んでいる

言葉になれなかった痛みか。


黒は、想いを纏う。

そしてその名は――Re:アバーター。


――次回、

『Re:アバーター ― 歪んだ想いは、黒を纏う(The Moon)』


夜の底から、

本当の声が目を覚ます。


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