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TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―  作者: 詩韻


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第26話 『幼馴染と分け合う甘さ(Temperance)』

Ⅰ.ファッションモデル OUIN


大学の講義の合間。


窓から差す午後の光が、机の木目を白く滲ませている。


澪は机に広げたファッション雑誌を覗き込み、目を輝かせていた。


ページの端に、太字のロゴ。


ECRUエクリュ


中央に立つモデル。


——OUIN。


白を纏った身体は、輪郭だけが浮いているみたいだった。

光を受けているのに、体温の気配がない。

影すら、丁寧に消されている。


瞬きのない瞳。


ただ、こちらを見ている。


「カワイイなぁ、OUINさん」

「この服、私も買ってみよ」


澪の指先が、ゆっくりと紙面をなぞる。


薄い紙が、かすかに擦れる。


オレは一瞥して、何気なく言った。


「澪じゃ、ちょっと子供っぽく見えるんじゃない?」


周囲のざわめきが、ふっと遠のく。


「はぁ?」


低い声。


「……何か、言った?」


澪の目が、静かにオレを射抜く。


「い、いや? 何も」


喉がわずかに乾く。


澪は息を整え、ページをめくる。


「でもさ、すごく整ってて、綺麗よね」

「ちゃんと息してるのかなって思うくらい」


「一度でいいから、会ってみたいなー」


「いつでも会えるじゃん」


澪の手が止まる。


「えっ?」


「同じ大学だし」


ゆっくりと顔が上がる。


「……え、同じ大学なの?」


「ちょっと前に編入してきた」

「オレは、ああいう性格、ちょっと苦手だけど」


「……話したの?」


「ああ」


ほんのわずかに、眉が寄る。


「なんで黙ってたのよ」


声は平坦。


「聞かれなかったし」

「……なんか、嫌われた気がしてさ」


沈黙。


「……絶対、何か変なこと言ったんでしょ」

「シオンは、ほんとデリカシーなさすぎ」


「......デリカシーねぇ」


曖昧に笑う。


胸の奥に、冷たいものが残る。


澪は雑誌を閉じた。


その指先が、わずかに震える。


「それより、レポート」

「早く終わらせないと、あとで地獄見るよ」


いつも通りの声。


閉じられたページの裏で、

OUINの視線だけが残っている気がした。


瞬きもせずに。



Ⅱ.普通の大学生


昼下がりの大教室。


蛍光灯の白が、ノートの罫線をやけにくっきり浮かび上がらせている。


オレはレポート課題の山に埋もれていた。


配信、編集、機材チェック、サムネ修正。

講義は飛び、提出日だけが近づいてくる。


「……終わらねぇ」


喉が乾く。

昨日寝たのは三時。


コメント欄を閉じたあとも、

頭の奥で文字が流れ続けていた。


横から影が落ちる。


顔を上げると、澪がノートを抱えて立っている。


「ほら。前回と前々回の分、まとめといたから」

「……配信ばっかで単位落としたら承知しないからね」


付箋がきれいに並び、抜けた板書が補われている。

ページの角には、透明な保護テープ。


性格が、そのまま出ている。


「女神か。助かる」


「言い過ぎ。……でも、どういたしまして」


澪は顔をそらす。


ラベンダーからブルーへ溶ける髪が、蛍光灯の光をやわらかく跳ね返す。


「最近、配信……無理してない?」


「してる。たぶん。でも仕事だし」


少しだけ間を置く。


「……それに、止めたら、何も残らない気がする」


自分で言って、視線を落とす。


澪の瞳が、わずかに揺れる。


「……ちゃんと寝てる?」


「平均四時間」


「それ、寝てない」


ぴしゃり、と空気を切る声。


その一言だけが、妙に現実だった。



Ⅲ.図書館の午後、鉛筆の音


静かな空間。


遠くで椅子が軋む音。

あとは、鉛筆と紙の擦れる気配だけ。


「ここ、教授の口頭補足。試験に出るって」


澪が欄外を指す。


丸文字で整ったメモ。

必要な言葉だけが残されている。


オレは頷き、書き写す。


「なあ、あと一コマ分終わったら、あのカフェ行こう」

「今日はオレが奢る」


澪は顔を上げる。


「ふーん。じゃあ、“あれ”」


「季節限定、シャインマスカットのパフェ」


「財布、死んだ」


「半分こするから」


舌を出す。


いつもの澪。


でも。


笑っているのに、どこか指先が遠い。


オレは気づかないふりをして、鉛筆を握り直す。



Ⅳ.カフェ、窓辺の席


放課後の街は橙色に染まっている。


扉を開けると、焙煎の香りが胸の奥まで落ちてくる。


入口脇。


等身大パネル。


OUIN。


白い衣装。

整いすぎた輪郭。

光を受けているのに、影が浅い。


澪の足が、わずかに止まる。


視線が、自分の姿へ落ちる。


(……こういうのが、いいの?)


ほんの一瞬、唇が固くなる。


「どうした?」


「……別に」


笑う。


でも、バッグの持ち手を握る指先が白い。


「……すごいね。完璧って感じ」


「人間味ないけどな」


オレは肩をすくめる。


「綺麗すぎて、息苦しい」


澪が、かすかに息を吐く。


席につく。


注文が終わり、

窓際に、短い沈黙が落ちる。


外を歩く人影が、ガラス越しにゆらぐ。


「ねぇ、シオン」


「ん?」


「配信、終わったらさ……」


言葉が、途中で揺れる。


「ちゃんと、戻ってきなよ」


その声は、目の前のオレを通り越して、

どこか遠くに届こうとしていた。


返事を探す。


「お待たせ致しました」


グラスの中で、氷が小さく鳴る。


「目、キラキラしてる」


「してない」


「してる」


「……してる、けど」


笑い声が重なる。


その向こうで、

ガラス越しのOUINの影が、わずかに揺れた。


ほんの、わずかに。



Ⅴ.窓辺の夕暮れ、嵐の前に


店を出ると、空は薄桃色だった。


空気が少し冷えはじめている。


澪がレシートを押しつける。


《つぎも、いっしょに。》


小さな文字。


「……反則」


「深い意味はないから。レポート、終わらせなさい」


横断歩道を渡る。


並ぶ影が、同じ速さで伸びる。


ふと、ショーウィンドウに映った自分たちが揺れる。


一瞬だけ。


澪の影の隣に、

澪よりわずかに背の高い、細い輪郭が重なった。


瞬きすると、消えている。


「なぁ、澪」


「ん?」


言葉は、喉の奥でほどける。


——この普通を好きでいられること。


それが、

オレがオレである証拠だと思っている。


澪が笑う。


オレも笑う。


澪は隣にいる。


同じ甘さを分け合った。


それだけで、今日は十分だった。


背後のガラスの向こう。


OUINのパネルだけが、まだこちらを見ている。


光の中で。


まばたきもせずに。



次回予告


無駄は削られ、

遠回りは切り捨てられ、

答えは、最初から整えられている。


便利な世界。


だからこそ――


「時間の無駄ですね」


その一言が、

静まり返った教室を、思想の戦場へ変える。


選ばされる時代で、

選ぶ側に立とうとする者。


削られない余白が、

いま、静かに芽吹く。


第27話

『削られない余白、芽吹く主権(The Empress)』


創造は、

与えられるものではない。


奪われないものだ。


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