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TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―  作者: 詩韻


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第25話 『選ばれし戦い――誰も、正しくはない(The Chariot)』

Ⅰ.戻らない確信


シオンは、まだ疑っていた。

自分はいまも、夢の中にいるのではないかと。


(今のオレなら、勝てるはずだった)


(それは、驕りでも傲慢さでもない

 確かに——未来の“答え”が、そこにあった)


胸の奥で、何かが抜け落ちたような感覚があった。

空洞だけが残り、理由はわからない。


(……戻ってこない)


なぜかは思い出せない。

ただ、戻らないという確信だけが、残っていた。


「どうしたらいい……」


言葉は思ったよりも小さく、

喉の奥でほどけて消えた。


「どうしたら……」


ヴァーミラは、その様子を静かに見つめていた。

逃げ場を塞ぐためではない。

ただ、目を逸らさずにいるために。


そして、穏やかに口を開く。


「大丈夫だよ」


それは励ましでも、答えでもなかった。

“ここにいる”という事実だけを、そっと置く声だった。


《自分らしく生きたいと思う気持ち

 それを、大切にしてもいい》


シオンの呼吸が、わずかに揺れる。


「……シオン」


ヴァーミラは、もう一度だけ名を呼んだ。


「今あなたは、ひとりじゃない」


それ以上は、言わなかった。



Ⅱ.選ばれる前の沈黙


エテイヤは、待っていた。

勝敗ではない。

何かが——選ばれる、その瞬間を。


(セレフィーズ……増えてるわ)


胸の奥で、微かな違和感が疼く。


(おかしいわね

 これは……配信されていないはず)


沈黙のあと、エテイヤは小さく笑った。


「……分からないけど」


肩をすくめる。


「まあ、いいわ」



Ⅲ.完了した〈待ち〉


その瞬間、

星界の奥で、時間の向きがわずかに軋んだ。


止まったわけではない。

戻ったわけでもない。


ただ、

“待つ”という行為だけが、完了した

——そんな感覚が、世界を走った。


誰かの声でも、意志でもない。

それなのに——


「ここに来た」


という事実だけが、確かに残っていた。



Ⅳ.名を持たない接触


エテイヤは、ふと視線を上げる。


理由はない。

警告も、兆候も、観測値も存在しない。


それでも胸の奥で、

何かが静かに確信していた。


——ああ。

——ついに、触れてしまったのね。


それは、まだ語られない。

まだ、名を持たない。


けれど確かに、

千年分の「待ち」が、世界に滲み出ていた。



Ⅴ.未展開という結果


「……いやらしいわ」


一拍、間が空く。


「……私は、いえ……興醒めね」


エテイヤは視線を逸らし、吐き捨てるように言った。


「ボニ、サヴァ。帰るわよ」


「えー、エテイヤ様、帰るの?」

「まだ決着ついてないよ」


ボニは子供のように頬を膨らませる。


「そんなこと、どうでもいいのよ」


「ボニ。エテイヤ様には

 何かお考えがあってのことよ」


サヴァの静かな制止に、

ボニは不満そうに舌を鳴らす。


「……ちぇー」


そして、ボニはシオンを見た。


「今度は、私がおもちゃにしてあげる」

「運が良かったね、シオンちゃん」


その笑顔は、どこまでも無邪気だった。


《私は、欲しいものは必ず手に入れる

 おまえが、どう動こうが》


三人の姿は、

星界の空へと溶けるように消えていった。


「シオン!」


シオリエルが、はっとして駆け寄る。


「なぜ……何も展開しなかった」


責める声ではない。

ただ、理解しようとする問いだった。


「わからない……すまない」


言葉を探し、続けようとした、その時。


「それに……ヴァーミラ……」


「ありが——」


声は、途中で途切れた。


ヴァーミラの姿は、すでになかった。

ただ、甘い香りだけが、静かに残っている。


(……行ったんだ)


なぜか、そう思えた。



Ⅵ.日常に残る空白


《観測対象:SHION》

《未来分岐:未確定》

《状態:一部欠損》


星界の中でも、ひときわ高くそびえるクリスタル。

その頂で、すべてを観測していた“装置”があった。


「……未来の書き換え、確認」


無機質な声。


「セレフィーズ指数……上昇」


感情はない。

判断も、ためらいもない。


——KAGARI_Δ。


「俺様は、動いてはいけない」

「……そう、決められていた」


「......分かっている」


「……シオンのデータは、必要不可欠」


「……記録は必要だ」


わずかな沈黙。


「仕方ない、少し面倒だが......」


その先は、語られなかった。


星界を吹き抜ける風は、冷たく、無機質で、

ただ——知りたがっているだけの音を立てていた。


何を、とは分からないまま。



どうやって自分の部屋に

戻ったか記憶になかった。


気づくと、

しおぽんが何事もなかったように

ポテチを食べていた。


「しおぽん、シオンさまが戻れて安心したぴょん」

「そしたら、急にお腹空いちゃった」


その声に、張り詰めていたものが、少しだけ緩む。


(……助かった)


シオンは電池が切れたようにソファへ倒れ込み、

仰向けのまま天井を見つめた。


ピンポーン。


一階で、母の声。

どうやら、澪が来たらしい。


キッチンから、

二人の話し声と笑い声が聞こえる。

ポテチの袋が、かさりと鳴る。


——日常の音。


(……夢なのか)


(どっちが、現実なんだろう)


胸の奥に、確かに残っている空白。


(戻らないものが、ある)


まぶたが、重くなる。


それぞれが、選択をした。

けれど——

変われないものも、ある。


もう、同じ場所には戻れない。


世界は、次に——

何を、見せるのだろう。



Re:エピローグ


――静かに、何も起きなかった



世界は、いつも通りだった。


朝は来て、

音は鳴り、

人は笑い、

予定は滞りなく進んでいく。


昨日と変わらない温度。

見慣れた空。

変化を拒むように、均等に流れる時間。


特別なことは、何ひとつ起きていない。


シオンは、目を覚ました。

身体は動く。

息も、鼓動も、確かにそこにある。


——大丈夫だ。

そう判断するための材料は、揃っていた。


部屋の時計は正確に時を刻み、

スマートフォンには通知が溜まり、

窓の外では、鳥が鳴いている。


世界は、正常だ。


少なくとも——

そう“見える”。


シオンは、ゆっくりと息を吐いた。


(……終わったんだ)


理由は説明できない。

確かめた記憶も、裏づけもない。

それでも、そう思うことで、

ようやく身体が前を向く気がした。


戦いは終わった。

危機は去った。

未来は、また先にある。


——そのはずだ。


胸の奥に沈む、名のない違和感から

視線を逸らすように、

シオンは日常へと足を運ぶ。


やるべきことがある。

会うべき人がいる。

戻るべき場所がある。


世界は、拒まない。


そう信じるには、

あまりにも穏やかだった。


だが——


ふとした瞬間、

言葉にならない“欠け”が、胸の内をなぞる。


何を失ったのかは、分からない。

いつ失ったのかも、思い出せない。


ただ、

戻らないものがある

という事実だけが、

理由も説明もなく、そこに残っている。


シオンは、それ以上考えるのをやめた。


考えなければ、

痛みは形を持たない。


形を持たなければ、

それは“なかったこと”にできる。


世界は、そうやって回ってきた。


——きっと、これからも。


カーテン越しの光は柔らかく、

すべてを区別なく照らしている。


何も奪わず、

何も問わず、

何も告げないまま。


世界は、今日も正常だ。


それが、

何よりも恐ろしいことだと気づく者は、

まだ、誰もいなかった。



次回予告


戦いは、終わった。


——少なくとも、

そう思えるだけの静けさが、世界には戻ってきた。


あるのは、

いつも通りの会話と、

少し苦くて、少し甘い時間だけ。


「半分こ、するって言ったよね」


その言葉が、

なぜか胸に残る。


均等に分けたはずの甘さは、

本当に、同じ重さだったのだろうか。


次回、

第26話

『幼馴染と分け合う甘さ(Temperance)』


それは、

何も起きない一日。

だからこそ、

いちばん壊れやすい。



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