32話 過去と部屋
記憶の光景が流れ込んでくる
「おめでとうございます!元気な男の子ですよ!」
看護師が母親の手を握りながら言った
汗だくな母親が顔を上げると、
産まれたての赤ん坊が声を上げる
「この子が、私の…」
「お母さん、抱っこしてあげて下さい」
そう言って渡された子供は、
とても小さくて、とても温かくて、
でも、力強く生きていた
母親は涙を流しながら、その子を優しく見つめた
「私は、あなたの母親になれて、とても幸せです」
涙を堪えながら、母親は言った
「でも、そうね。今これを見ているあなた、
どうか、どうかこの子のこと、よろしくお願いします」
それは明らかに、その子に向けたメッセージではなく
今見ている、私に向けてのメッセージ
「どうして…!」
思わず声が漏れる
「どうしてかしら?母は強いのよ
でも強いて言うなら、愛の力かしら?」
そう言って笑っている
明らかに会話が成立している
「説明している時間はないの、
私はこの子に何も遺してあげられない。
だから貴方に、未来のこの子をお願いしたいの」
私は母親の目を見た
「大丈夫です!私にも、ルイは必要なので
ルイは、大切な私のパートナーなので!」
私がそう言うと、母親は驚いた顔をした
「ふふ、そうねぇ。まさか産まれたてのこの子の…
いえ、なんでもないわ
最後に貴方の名前を教えてもらえるかしら?」
「望月マリです」
「マリ、いい名前ね
そろそろ時間だわ、貴方と話せて良かった
あなた達の未来がどうか幸せでありますように」
そう言って記憶は途切れ、
代わりに暗い部屋の様な場所になった
部屋の隅には、
うずくまるように子供が毛布を被っている
「だれだ!」
子供が声を上げた
「大丈夫、私はあなたの、ルイの味方よ」
私がそう言うと、
子供は近くにあった本を私に投げつけてきた
「…危ないでしょ?」
「うるさい!
やっぱりお前も俺の味方じゃないじゃないか!
俺はルイなんて名前じゃない!」
子供がそう言った
「なら、あなたはなんて名前なの?」
「教える訳ないだろ
どうせお前も僕をいじめるんだ
この部屋だけは安全なんだ!
ここだけは誰も僕を殴らない、虐めない」
私は部屋を見渡した
違和感はあった
この部屋には、窓が無い
外へ行く扉もない、電気もつかない
完全な闇に囚われ
切り離され、隔離された空間
「もういいだろ!早く出てけよ!」
子供はそう怒った
「でも、扉も窓も無いんじゃ、
どうやって出てけって言うの?」
子供の動きがピタリと止まった
「あーあ、お姉さん帰れないし暇だなー
このままお話してくれないなら、どうしよっかなー?」
そういって布団の塊に近づく
「な、何すんだよ!」
私はニヤリと笑うと、布団の上から抱きつき
くすぐり攻撃を開始した
「あははは!やめ、やめろぉ!」
「出てくるまで、やめなーい」
暴れる子供をガッツリとホールドし、
攻撃の手は緩めない
「わかった!わかった出る、から!やめて!」
私はそれを聞いてようやく子供を解放する
布団から出てきた子供は、ルイを小さくした様な
黒髪の少年だった
「ほら、望み通り出てきたぞ」
「……可愛いわね」
「か、かわ…!?」
男の子は驚いた顔をして壁まで後ずさった
「お姉さん。もしかして変態?
もしかして、僕みたいな小さい子が好きなタイプ?」
歳の割に何言ってんだこの子は!
「ち、違う違う!私が好きなのはル…
いや、いやいやいや!なんでもない!
それよりも!せっかく出てきたんだし、
君の名前を教えてよ!」
男の子は疑いの視線を向けてくる
「まぁ、いいや、僕は※※※って名前だよ
特別に教えてあげたんだ、お姉さんは?」
「ごめん、聞き取れなかったみたい
もう1回教えて?」
男の子は嫌そうな顔をする
「お願い!今度は聞き逃さないから!」
私が拝むともう一度教えてくれた
「※※※!もう言わないからね!」
やっぱり聞き取れなかった
と、言うより、聞こえなかった
「ごめん。もうルイでいい?」
「はぁ!?
人の名前も覚えられないとか、大人失格だよ?」
子供が信じられないという顔をした
「いいんですー!
世の中にはいきなり女の子の部屋に現れるような、
男もいるのでー」
「え?何その男、絶対地雷じゃん
やめた方がいいよ?」
男の子が1歩近づいて来た
「ねー、ほんとだよねー
ルイならどうする?」
「だから…、もういいや
僕ならか、僕なら…
偶然を装って近付くかな、いきなり声掛けるのは怖いし」
「へえ、策士だねぇ」
私は身を乗り出し、1歩近づいた
「でもお姉さんは、
いきなり出てくる様な男がタイプなんでしょ?」
「タイプじゃないわい!
そりゃあ最初は信用出来なかったよ
けど、一緒に居るうちに彼を知っていったんだ」
「……いいなぁ」
子供が少し俯いた
「僕には知ろうとしてくれる人も居ない、
先生も、他の子達も、母上も、みんな僕の敵なんだ」
「何言ってんの、私が居るじゃない?」
私はそう言って自分を指さした
子供がハッと顔を上げ、またすぐ俯いた
「でも、本当の僕を知れば、お姉さんもきっと僕を…」
「ねぇ、あんたは私がそんな器の小さい女に
見えるわけ?
今までの人間がみんなそうだったからって、私まで一緒にされるのは心外なんだけど」
私はそう言って立ち上がり1歩近づいた
「最初の1歩は確かに怖いかもしれない」
私はもう1歩近付く
「けど、その1歩を踏み出さなくちゃ何も変わらない」
私は更に近づいた
「それでも怖いなら、私が君のお母さんになって、
手を繋いであげる」
いつの間にか、
私の身長は男の子と同じくらいまで下がっていた
男の子と目が合う
「私があなたを守ってあげる」
私はそう言って男の子に手を差し出した
「本当に…?」
「あら、お母さんが嫌ならお姉さんでもいいのよ?」
男の子が笑って、手を差し出してきた
私はその手をガシッと掴む
「なら次は、ここから出る方法を探さないとね」
「それは、俺がやろう」
その声に振り返ると、
一瞬の内に男の子はルイに戻っていた
「あら、一瞬でこんなに大きくなるなんて、
最近の子の成長は早いのね」
私は握っているルイの手をニギニギとやった
「…もうお母さんはいい!マリも早く戻って!」
ルイは照れたようにそう言った
私は笑って元の大きさに戻る
「さっき俺がやるって言ったけど、できるの?
お母さんがやってあげようか?」
そう言った私のおでこをルイがデコピンした
「俺を誰だと思ってるんだ?
お前の愛しのルイだぞ?」
ルイがそう言って、自分の言った事を思い出した
「もしかしてルイ、さっきの、覚えて……」
「さぁ、なんのことかな?」
ルイの腕に光が集まって、その光はナイフのように
鋭くなる
ルイがそれを振ると、部屋が裂けて、
人が通れるほどの隙間ができた
「さあ、いこうか」
ルイがいつものように笑った




