第5話 4
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トリスは夜空の中を滑り降りつつ、バランの光を見失わないよう気を付けていた。地上が近づくにつれ、空の色は明るくなってきている。
「あー、このままじゃ見失っちゃうじゃない」
同時に遥か遠くにあるバランの後ろ姿は、段々と霞んで行ってしまう。スピードを上げようと試みるが、どうやら限界のようだ。
目にもとまらぬ速さで流れていく雲や星々。十分スピードはでている。
もうすぐ地上へ到着する、そう思った時、突風がトリスの体を大きく煽った。
「!」
トリスはバランスを崩し、目標としていた進路から外れてしまう。スピードも出ているので、急に止まることもできない。
「ああっ、もう!」
体制を立て直そうとするが、なかなか難しい。トリスはクルクルと回転しながら落下していく。そして、雑木林らしき場所に勢いよく落ちた。
「いったぁ……もー、ここ何処よ? バランは?」
雑木林の間から見える空の色は明るいので、今地上は昼間だということは分かる。
それに、自分が落ちた周囲の地面は、大きくへこんでいた。落ちたのが街中でなくて本当によかった。
……もちろん、バランの姿は見当たらない。早く見つけなくては。
トリスは、よろめきながら立ち上がると、この場から飛び立った。
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「君の願い事は?」
藍実が波留の家に向かっていると、その声が突然空から降ってきた。
立ち止まったのと同時に、藍実の目の前に星の子が現れる。
その星の子は、トリスやカノと違い大人びた容姿をしていた。背丈は自分よりも、高い。白い髪に青の瞳を持っている。
「君の願い事を、一つだけ叶えてあげるよ」
星の子は、微笑む。
「……あは」
藍実は思わず、笑みをこぼした。
まさか、星の子自らやってくるなんて。
お見舞いに行くついでに、この星の子を捕獲して持っていけば、波留はきっと喜んでくれるだろう。
そう考えていたのだが、
「なーんてね!」
星の子は口元をつり上げ、手の中に等身大の槍を現した。そして、それを藍実に真っ直ぐ向ける。
「許さないよ? 仲間を消したこと。人口星の君には、今すぐに消えてもらう!」
「! ……そういうわけか」
藍実は、舌打ちをすると後方に飛びのき、周囲に黒星を発生させた。
今考えれば、星の子からの仕返しがあっても、何も不思議ではない。
だが、大丈夫だ。今までの星の子と同じように、彼のことも消滅させてしまえばいい話。
藍実は、周囲の黒星を星の子に向かって放つ。
「悪いけどー、消えるのはあんたの方だから!」
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煌太は亜妃と共に波留の家に向かっていた。
藍実も誘ったが、彼女の家は少し離れているので、直接波留の家へ行くらしい。
「……どうして今日は煌太もいるの? 波留のお見舞い、いつも行きたがらないのに」
「え、たまには僕にも行かせてよ~」
不審な表情を浮かべて亜妃がきくので、煌太は苦笑する。
確かに亜妃の言う通りだが、この前遊び行ったことで波留とももう少しよく話をしてみたいと思えたのだ。
「それに部屋が隣だからって、別に一緒に行く必要ないと、思う。時間合わせるの面倒くさいし」
「亜妃ちゃん、冷たいなぁ~……」
亜妃は、煌太の反応を面白がっているらしくクスリと笑う。
あと少しで、波留の家に到着する……そう思った時、道端に倒れている何かが見えた。
「!」
嫌な予感がして近付くと、その人物は藍実だった。
うつ伏せに倒れている彼女の足や腹は、大きくえぐられている。その傷口からは、黒星が溢れ、周囲の空間にパラパラと漂っていた。
「藍実さん! 大丈夫っ?」
煌太は駆け寄ると、藍実の体を抱え上げ、自分に寄りかかせるように支えた。
「っ……はー……、サイアク。人口星じゃなかったら即死だったわ……」
藍実の目や口からも、黒星が流れ出ておりその顏はとても痛々しい。
「藍実、何があったの?」
亜妃がそうきくと
「星の子にやられたの……それより、波留が危ない、助けに行かないと」
「!」
藍実の言葉で、瞬時に煌太は状況を理解した。
可能性は低いと思ったが、どうやら星の子たちは人口星を消すという選択をしたらしい。星の子自身が、地上に行かない選択をする方に期待していたが、そう上手くはいかないようだ。
「……星の子のこと、あまくみすぎてみたいだね。波留くんのところ、行ってくるよ」
煌太は、藍実のことをブロック塀に寄りかかせる。
これ以上、攻撃を受けたら、いくら人口星だとしても危うい。おそらく、星の子と同じように体半分以上崩れたら、消滅してしまうだろう。
「亜妃ちゃんは、ここで藍実さんのことみててあげて」
煌太は微笑むと、亜妃を見る。
亜妃は、彼女らしくない恐怖で引きつった表情を浮かべていた。
「どうして? わたしも、行く」
それでも、亜妃は、呟くような細い声でそう言った。
「亜妃ちゃんのこと危険なめにあわせたくないし……ここは一番長生きの僕に任せてよ~。大丈夫だからさ」
煌太はそう返すと、立ち上がりその姿を人口星に変化させる。そして、地面を蹴ると屋根に飛び移った。
あんな表情の亜妃なんて、見たくない。怖い思いなんて、させなくない。
煌太は屋根から屋根へ飛び移り、波留の家を目指す。
ここは自分一人で十分だ。殺されなかったこの命を、もう一度差し出すことぐらい平気だ。
波留の家が見えたと同時に、二階の部屋の窓ガラスが勢いよく割れた様子が目に入った。
ベランダへ弾き飛ばされたのは、波留。背の高い白髪の星の子が、波留のことを追い詰めている。
「波留くん!」
煌太は、黒星を星の子へ向かって飛ばした。彼が怯んだ隙に、波留のことを肩に抱えると隣の屋根へ飛び移る。そして、波留を抱えたまま地面に降りた。
「波留くん、大丈夫? ケガは?」
「オレは……大丈夫です。ありがとうございます」
地面に足を下ろした波留は、そう言うが大丈夫そうには見えない。髪は大きく乱れ、ベランダに弾き飛ばされた時、頭を打ったのだろう、血がこめかみから滴り落ちている。
「ん? さっきとは別の人口星だね。厄介だなーほんとに」
振り返るとそこには、先ほどの星の子がいた。
「消えてくれないと困るんだよ、君たちには」
「星の子さん、僕のことを消すだけで許してほしいなー。波留くんと他の人口星の子たちには、手を出さないでほしい。ダメ?」
煌太は、波留のことを守るような位置に立つとそう言葉を並べた。
「ダメに決まってるじゃないか! 今存在している人口星と願い主を消さないと、話にならない! 特に、願い主のことは殺しておかないと。これ以上人口星を増やさせないためにもね」
「……そっか。残念だなぁ」
期待はしていなかったが、やはり星の子の意志は変わらないらしい。
煌太は彼の手に持つ槍に、目を向ける。あの武器をどうにかすることができれば、多少こちらが有利になるはずだ。
煌太は大量の黒星を星の子に向かって放つのと同時に駆け出した。
力強く地面を蹴ると上空に逃れた星の子の足を掴み、また黒星を体から放つ。
細かく散った黒星は、星の子の体を突き抜けた。その一瞬の隙に、煌太は彼の持っている槍を奪い取る。
力一杯遠くに投げれば、すぐには拾いにいけない。人口星の力があれば、遥か遠くに飛ばしてしまうこともできるはず。
地面に足が着く前に、投げようとした瞬間、背中に強い衝撃をうけた。
足蹴りをくらった煌太は、そのままの勢いでアスファルトの道に叩き付けられた。
「う……」
意識は保っているが、目が回るような感覚がした。この体は、痛みを感じないのでそれは救いだ。
「煌太さん!」
波留の声と、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。
こちらに来たら危ない、波留のことを止めないと、そう思い起き上がった瞬間、星の子の足元が煌太の視界に映り込む。
逃げる間もなく、星の子は煌太の腹に勢いよく槍を突き刺した。そして、引きぬくと再び槍を突き刺す。
体から黒星があふれ出し、煌太は地面に倒れ込んだ。
「なんだ、大したことないね。もとは人間なんだし、当たり前か」
「……」
星の子は、槍をまっすぐ煌太の額へ突き付けた。
ここで、消されてしまったら、波留、藍実、亜妃も助からないだろう。より長く人口星を経験している自分が、どうにかしないといけない。
みんなのことを助けなくてはいけないのに。
「……そうだ。波留くん、願ってよ。この星の子を消してって。そーすれば、もっと力を発揮できるかもしれない」
煌太は星の子越しに見える、波留にそう言った。
「そんな願い事したら煌太さんがしんじゃいます! できるはずない!」
波留は、座り込んでいる煌太の隣に膝をつく。
その顏は、涙でぐちゃぐちゃに歪んでいた。久しぶりに見る、彼の泣き顔は何だか新鮮だ。
何より、波留が自分に対してそう思ってくれていたことが嬉しかった。
「……そっか。僕やっと死ねるんだ」
波留の最期を看取る覚悟を、彼が産まれた時から持っていたのに。まさか立場が逆転するなんて。
やはり、長く生きていると何があるか分からない。
それに、どうしてだろう。
死にたくなかった。
星の子は微笑む。そして、槍を握る手に力を込めた。
「バラン! やめて!!」
トリスは上空からバランの姿を発見すると、大声でそう叫んだ。
彼は今まさに、煌太の頭を槍で突き刺そうとしている。
トリスの声に気付いたバランは、こちらを見るが、何事もなかったようにまた煌太に視線を戻す。
「あぁっ、もう!!」
トリスは勢いをつけたまま、バランに向かう。そして、そのまま彼に体当たりをするように地面に突っ込んだ。
壮大な音と共に、近くのブロック塀が崩れトリスはその下敷きになる。
「痛ったぁ……」
「それはこっちのセリフだよ! 何してくれたんだ!」
トリスの下には、バランがいた。彼は怒りに満ちた表情でこちらを見上げている。
バランは乱暴にトリスのことをどかすと、体を起こし服についた汚れを払い落とした。
「あなたこそ! ……ギリギリ間に合ってよかったわ、本当に」
トリスは後方へ振り返る。
そこには、人口星の姿をした煌太とあの日、藍実に指示をだしていた少年がいた。おそらく、願い主の少年だろう。十年の月日が経っているので、少年はすっかり大人の青年に成長していた。しかし、煌太はあの時の姿のまま。
「……トリスさん、どうして来てくれたの?」
煌太は今にも涙を流してしまいそうに表情を歪ませ、そう言った。
「どうして? あなたのことが心配だったからに決まってるじゃない! バランが煌太たちのことを消滅させるとか言ってたから」
トリスは煌太の方へ歩み寄ると、地面に座り込んでいる彼の前にしゃがみ込む。
煌太の腹には、大きな穴が空いており、そこからは黒星がパラパラとあふれ出している。痛々しい姿だった。
「っていうか、ボロボロね? 大丈夫……?」
「僕、人口星なのに……心配してくれてたんだ」
煌太は弱々しい笑みを浮かべる。
その時、後方から服を掴まれ持ち上げられた。
「!」
「トリス、そこ邪魔だよ。どいてくれないかい?」
バランは、そのままトリスのことを横に放り投げると、再び煌太に槍を向けた。
「! バラン、やめて!」
トリスは駆け寄ると、煌太とバランの間に割り込んだ。バランのことを睨みつける。
バランはそれに、深いため息をついた。
もう期待も何もしていない、失望で満ちた表情だった。
「はぁ……ほんと、トリス……君、どうかしてるよ」
「……」
その時、願い主の青年がトリスに歩みよってきた。何事かと身構えると、彼はトリスの手をとる。
その行為に息を飲み青年の顏を見ると、彼は痛々しい笑みを浮かべていた。
「青の星の子さん、ありがとうございます……。煌太さんと他の人口星たちのことよろしくお願いします。オレは……もういいので。あなたたちには今まで本当に悪いことばかりしてしまいましたね……」
青年は目にうっすらと涙をためて、言葉を並べた。
一体、何が彼にその言葉を言わせたのだろう。彼の初代から続く「願い事」のことは、知っている。決して折れることのない願いだと思っていたのに。
「波留くん……」
煌太が驚いた様子で、呟く。
「おかしいですよねぇ……相手は星の子なのに」
願い主の青年、波留は、煌太の方を見ると眉をよせ僅かに微笑んだ。
トリスの手を握る彼の手は、微かに震えている。よほど覚悟した上での、発言だったのかもしれない。
そしてトリスは、気付いた。
波留に、願い事のある気配がする。それは今まで地上で会った人間たちの中でも、より強いものだった。
「……あなたの願い事は?」
トリスは気付いたら、そう訊いていた。波留の手を握り返すと
「願い主じゃない、あなた自身の願い事、って何? 一つだけ叶えてあげる」
もしかしたら、この手を振り払われて拒否されるかもしれないと思ったが、波留はそうすることをしなかった。
ただ、静かに涙を流している。
「……いいんですか、こんなオレが願っても」
「もちろんよ! どんな願いでも叶えてみせるから!」
その時、波留は苦しげに首元をおさえ蹲る。肩で大きく息をし、地面に膝をついた。
煌太が心配そうに、波留の背中に手をおく。
それでも波留は、トリスを見上げ言った。
「願い主を辞めたい。人口星の願い主という宿命から、解放されたい。初代の願い事なんて、クソくらえだ!!」
「……わかった! あなたの願い叶えてあげる」
トリスは波留の手に自分の手を重ねると、微笑んだ。
すると、トリスと波留の間に青く光る星が現れる。それは、二人の周囲を囲むように流れ、光は段々と強くなっていく。
流れ星から溢れた光の粒は、波留の頬や服を明るい色で照らしていき、息苦しそうにしていた彼の表情は、少しずつ穏やかになっていった。そして、近くにいた煌太にも変化が現れる。
彼の黒く塗りつぶされた瞳は、人間のものへ戻り、いつの間にか銀色に染まっていた髪色も段々と元の色へ変化していった。
煌太の体から漏れ出していた黒星も、空気に溶けるように消えていく。そして、彼の腹に空いていた大きな穴もふさがり、きれいな人間の肌になった。
「……苦しくない、それに……初代の声も、聞こえないです……」
光が収まっていく中、波留はそう言葉を漏らす。
「……無事に願い事叶ってことね! よかった!」
「…………はい」
波留が俯くと、地面に涙が次々と零れ落ちていった。
その様子を見て表情を緩めたとき、煌太の手がこちらへ伸びてくる。そして、その手はトリスを強く抱きしめた。
「トリスさん、僕、人間に戻れたよ」
「!」
「波留くんの願い事が取り消しになったからだ……トリスさんが、叶えてくえたお蔭だよ、ありがとう……」
煌太の声は震え、トリスの背中にまわった腕により力がこもる。
トリスは煌太から預かった、あの本の内容を思い出していた。あの物語のラストは人口星の少年が人口星のまま、誰にも看取られることなく死んでしまった。
煌太はそうならなくて、本当によかった。
煌太はトリスから離れると、幸せそうに表情を歪ませる。
それはトリスが初めて目にする、彼の表情だった。
「……煌太、別にわたしのお蔭じゃないからね? 願うことができるのは、人間しかいないんだから。わたしはただ、星の子として願い事を叶えただけよ」
「あはは、厳しいなぁお礼位言わせてよ」
じんわりと心が温かくなっていく。
煌太が幸せそうに微笑んでいることが、何より嬉しかった。
振り返ると、いつの間にかバランの姿はなくなっていた。人口星の存在が消えた事実を確認したということだろう。
トリスは、ほっと溜息をつく。そして、ある大事な事実を思い出した。
「そう言えば、まだお礼言ってなかったわね……」
「?」
「煌太、姉さんのこと、助けてくれてありがとう」
トリスは微笑む。
煌太は、にっこりと笑った。
「煌太ー、波留ー! よかった! 無事だった!」
聞き覚えのある声がする。
振り返ると、藍実が手を振りながらこちらに走ってくる姿が見えた。




