第5話 5
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その日の真夜中。
トリスは、煌太の住むアパートの屋根にいた。
相変わらずこの屋根は寝心地がいいが、そろそろ起きなくてはいけない。
トリスは体を起こすと、ほんのりと明るくなってきている空に目を細めた。
ベランダにいる煌太に声をかける。
「そろそろ夜明けね……」
「……トリスさん、もう帰っちゃうの?」
トリスは屋根の上から、ベランダに飛び降りる。
煌太はそんなトリスを見て、寂しげな表情を浮かべていた。
「まぁねー、姉さんとカノも心配しているだろうし……」
「ほんと心配よ~。トリスちゃんいつも無理ばかりするんだから!」
「!」
その声に振り返ると、いつの間にかトリスと煌太の間にアトリアが立っている。
「姉さん! 一体いつ地上に来たの?」
「ふふ、ついさっきよ。あの後、大変だったんだから。隙みてあたしも来ちゃった」
アトリアは煌太の方へ振り返ると、
「煌太くん、人間に戻れたみたいね。よかったわぁ~~」
煌太は頷く。
「うん。波留くんが、願い事を取り消してくれたお蔭だよ」
「……そうなのねぇ」
アトリアは少しばかり、泣きそうな表情を浮かべていた。しかし、何処か安心した表情にも見える。
「波留くんが、そう願うことができて、よかったわぁ、本当に……」
次にアトリアはトリスの方へ振り向いた。
「あ、トリスちゃん! カノくんが心配してたわよー。あたしまでいなくなっちゃったから、きっと今ごろ大騒ぎね~」
「ええっ、姉さん何も言わずに来たの?」
「だって、一刻も早く地上に来たかったんだもの~」
アトリアは苦笑する。
トリスはそれにため息をついた。
まぁ自分もアトリアと同じなので、何も言えない。
「……トリスちゃん、あたしは地上に残るわね」
「!」
「波留くんたちのこと、しばらくは見守っていたいのよ~。いいでしょ?」
アトリアはベランダから飛び立つと、こちらに振り返り微笑んだ。
トリスはアトリアの決断に、戸惑いを隠せなかったが小さく頷く。
「姉さんがそう言うなら。好きなだけ地上にいていいと思う」
アトリアがいない夜空街での生活は、きっと寂しい。けれど、自分が煌太を助けたかったように、アトリアにも地上で成し遂げたいことがあるのだ。
「ありがと、トリスちゃん。大好きよ」
アトリアはトリスの頭を優しくなでると、背を向ける。そして、薄暗い街並みの向こうへ姿を消してしまった。
「はー、姉さん。こっちの気も知らずに。またしばらくは会えなそうね~」
トリスは苦笑しつつそう言うと、ベランダから飛び立ち煌太を見据えた。
「もし、姉さんと関わるようなことがあったらお願いね。迷惑だったら、いつでも夜空街につき返してもいいから!」
「あはは、アトリアさんなら大丈夫だよ~」
煌太はトリスを見上げて、笑顔でそう言った。
トリスは微笑みを返すと、
「……じゃぁ、わたしは帰るわね」
トリスは煌太に背を向ける。
その時、煌太が叫んだ。
「トリスさん待って!」
振り返ると、煌太はうっすらと目の淵に涙を溜め、ベランダから身を乗り出している。
「僕の願い事、まだ叶えてもらってないよね……?」
「……」
「でも、まだ思いついてないんだ」
「……そう」
煌太は伏せていた目をまたこちらに向けると、
「だから、また叶えにきてほしい。それまでにちゃんと考えておくから!」
そう言って、トリスに手を振る。
「もちろんよ! 今度こそは、叶えがいのある願い事にしなさいよ? 期待してるから」
トリスも煌太に大きく手を振り返すと、空へ向かい飛び立った。
トリスは微笑む。
その時はいつになるか分からない。
けれど、きっともう一度、煌太に願い事を訊ねる時がくるだろう。
その時はどうか、彼が幸せになるための願いであってほしい。
End.




