第5話 3
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数週間前。
「ちょっと、煌太! アトリアのこと逃がしたってほんとなの?」
先ほど購入したばかりのクレープを頬張りながら歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、そこにはスーツに身を包んだ藍実が立っている。
「あ、藍実さん。偶然だね。その格好はどうしたの?」
「これー? 今までの職場辞めることになったから就活してるのよ。駅近いから通いやすいし、今日のところで決まればいいんだけどー」
「そうだったんだ、お疲れさま」
「……じゃなくて! アトリアのことってほんとなの?」
煌太はそれに微笑みを返す。
あまり思い出したくないが、そうもいかないだろう。
「うん、ほんとだよ」
「ってことは、あの星のカケラ、効果あったってことか」
煌太はそれに頷く。
「うん。藍実さんが一緒に集めてくれたお蔭だよ。ありがとう」
「……そう」
藍実はどこか悲しげな様子だ。
煌太はクレープを頬張る。生クリームの甘さと、イチゴの酸味が丁度良い。
「……藍実さん、浮かない顏だね?」
「まぁね! 煌太の手伝いをしたことは後悔してないけど、やっぱり波留が悲しむのは嫌だから。この前会った時も、大分あらぶってたしー……」
藍実は不安げな表情を浮かべつつ、煌太を見据えた。
「煌太はさ、人口星なのにそーいうこと思わないわけ?」
「あはは、僕は思わないかなぁ。やっぱり冷たい?」
「冷たいし、残酷だし、サイテー!! 真面目な話してるのに、クレープ食べてるし!」
藍実は眉を寄せつつ、煌太の手に持つクレープを指差した。
「あ、だよね。でもこのクレープ美味しいよ~」
煌太は再びクレープに口を付ける。
「はー、ほんと美味しそう! どこに売ってるの?」
「こっちだよ~」
煌太は歩き出す。
それに藍実も続いた。
最近できたクレープ屋は、多少列ができているが、先ほどまで空いていた。今ならあまり並ばずに買えるだろう。
「ね、藍実さん。藍実さんが波留くんのことを心配に思うのは、多分人口星だからじゃないよ」
「……」
「人口星は願い主の願い事をきくことが本能に近いけど、それ以外は縛られないから……」
「……」
「……藍実さんは優しいんだね?」
煌太自身も昔は願い主の心配をしていた。
けれど、どうしてだろう、いつの間にかできなくなってしまった。おそらく自分は、すぐに死んでしまう願い主のことが苦手なのだ。
いくら彼や彼女のことを大切に思ったり、好意を寄せられたりしても……すぐに終ってしまうから。
「……あのね、ながく生きてるからって悟ったようなこと言わないでよ。イラつくから!」
「はは。ごめん。つい言いたくなっちゃって」
「煌太が今までどんな思いで生きていたか知らないけどぉ、あたしはあんたとは違うから。人口星だとしても、それなりに楽しく生きる自信あるし。それに年取らないってある意味サイコーじゃない? 肌のシワとたるみの心配もしなくて済むしね!」
煌太はそれに苦笑する。
「藍実さん、前向きだなぁ。やっぱり好きだよ、そういうところ」
「! いちいち恥ずかしいこと言わないでよ? ったく!」
藍実は、力一杯煌太の背中を叩いた。
その力が強すぎたため、煌太は勢いよく地面に倒れ額を強打する。
もちろん、クレープも地面に落ち無残な状態になってしまった。
「あ……、ごめーん」
藍実がそう呟く声がきこえた。
煌太は、街角にあるクレープ屋で、藍実がそれを購入するのを待っていた。
藍実の前に並んでいるのは、三、四人なのですぐに購入できるだろう。
煌太は、人が通る際に邪魔にならない、店舗の外壁の端でスマートホンを確認する。
入っていたメッセージは、波留からだった。
内容は、来週の日曜日、みんなで遊びに行こうというものだ。波留のいうみんなというのは、おそらく自分と藍実、亜妃のことだ。
「一応、僕も誘ってくれるんだー」
アトリアを逃がそうとしたことがバレしまった時点で、より嫌われるものだと思っていたのだが。
もしかしたら、星の子の血液を飲んだことで多少信頼を得られたのかもしれない。
「はい、これ。さっきクレープダメにしちゃったおわび」
「!」
顏を上げると、クレープと何かの飲み物を持った藍実がいた。
「いいのに」
「買っちゃったから、受け取ってよ」
「……ありがとう」
煌太は藍実からホットのカップに入った飲み物を受け取る。口を付けると、それはコーヒーだった。
その横で藍実は「うま」と言いつつ、クレープを頬張っている。
「藍実さんのところにもいってると思うけど、波留くんがみんなで遊びに行こうだって」
「……マジ? やったー。で、どこに行くって?」
「水族館でイルカのショーを見るって書いてある。その後は、近くのプラネタリウム行こうだって。夕飯の場所は、亜妃ちゃんが決めてくれるって」
「盛り沢山じゃん! 返事しとこー」
藍実は肩掛けカバンからスマートホンを取り出すと、手慣れた様子で画面を操作し煌太を見た。
「みんなで出かけるのって滅多にないよね。めっちゃ楽しみー」
藍実はニコニコとした表情を浮かべ、クレープに噛り付く。
「あはは、そうだね~」
煌太は取りあえず返事をすることを止めて、スマートホンをカバンに仕舞いこんだ。
波留が遊びを企画するなんて、意外だった。彼が中学生の時以来、そのようなことはまるでなかった。それに加え今は、アトリアを逃がしてしまった日から、そう時間がたってない。
波留にとっては、余裕がない時期なはずなのに。
あまりいい予感はしなかった。
そして当日。
煌太が待ち合わせ場所である、駅の改札付近に行くと、すでに藍実と波留、亜妃が待っている様子が見えた。
こちらに気付いた藍実は「煌太―、こっち!」と言って手を振る。煌太はそれに手を振り返すと、改札を通り三人の中に加わった。
「……煌太、おそい。集合時刻の十分前に着いてることが基本」
亜妃は、不服そうに眉を寄せた。
「みんな着くの早いな~」
煌太がそう返すと、波留は微笑む。
「みんな揃ったことですし、行きましょうか。チケットはネットで予約済なので、安心してください!」
「さっすが! ってか、亜妃の服めっちゃかわいいね??」
「そう、たまにのお出かけだし」
亜妃は首元に大きなリボンのついた、ゴシック調の紺色ワンピースを着ている。その服は彼女の銀髪によく似合っていた。
そして、亜妃と藍実は肩を並べて歩き出す。
「……煌太さん、オレたちも行きましょうか」
「うん」
穏やかな表情を浮かべている波留に、煌太はそう返事をした。そして、歩き出す。
彼の顔色は、相変わらずよくないが今日は少しだけマシなようだ。こうして出かけることができているので、体調自体は問題ないのだろう。
「今日は来て下さり、ありがとうございます。てっきり来ないものだと思っていましたから~」
波留は苦笑しつつ、そんなことを言った。
「それっぽい理由つけて、断ってくるかなって思ってました」
「あはは、そんなことしないよー」
ドギマギしつつ、煌太はそう返す。
正直、そうするか迷っていた。
「僕にも連絡くれて嬉しかったよー。アトリアさんの件で、嫌われてるものだと思っていたから」
「あ、もうそれはいいんです。星の子は、また機会があったら捕まえればいい話ですから」
「そっか」
少しまえまで、トリスを捕まえることに執着していたのに不思議だ。アトリアはおそらくすでに空に帰っているだろう。なので、トリスが地上にくることはない。
もう諦めがついたということなのかもしれない。
「いつも三人には、お世話になっているので今日は楽しんで下さいね!」
波留は、満面の笑顔でそう言った。
その表情は、彼の子ども時代と大して変わりのない、可愛らしい笑顔だった。
水族館やプラネタリウム、買い物などを楽しんだ煌太たちは、亜妃の案内で夕飯をとる店へ向かっていた。
休日のこの街は、人々で溢れかえっている。日が暮れた後もそれは変わりなく、店舗の明かりや人のざわめきで活気に満ちていた。
「あと少しで着くから」
波留と並んで歩いている亜妃は、こちらに振り返りそう言った。
藍実はそれに「おっけー」と返し、煌太は一回頷く。
目の前の信号が赤になったので待っていると、藍実の目線が近くの外灯の上へ注がれていることに気付いた。煌太が彼女の目線の先を見ると、そこには一人の星の子が座っていた。
藍実は煌太の腕を掴み、力強く引っ張ると星の子の方へ振り向かせる。
「ちょっと、煌太! あれって星の子じゃん」
「あ、だねー。収穫祭が終わった時期でもたまにいるよね」
「捕まえないと」
「え」
藍実は手に持っているショップ袋を煌太に押し付けると、周囲に黒星を発生させる。そして、走り出すと近くの屋根の上に飛び乗った。
「藍実さん! 今はやめた方がいい!」
煌太は叫ぶが、その声は藍実に届いていないようだ。彼女は、手の周囲に渦巻いている黒星を、星の子めがけて勢いよく飛ばした。
それに気付いた星の子は、驚いた様子で外灯の上から飛び立つ。
信号待ちをしていた人々は、一人二人と藍実の方へ振り返り「何あの人?」と言った様子で屋根の上に乗っている藍実のことを指差している。
それでも藍実は、星の子を追うことを止めない。
「……波留。どうする? わたしも、追う? アトリアの代わりなる星の子は必要でしょ?」
振り返ると、亜妃が隣に立つ波留をじっと見上げていた。
亜妃の瞳は人口星へ変化し、周囲にもわずかに黒星が漂っている。追いかけたくて、仕方ない様子だ。
そして、煌太もそうだった。少しでも、波留の願いを叶えなくては。
波留はそれに、僅かに微笑む。
「いいえ。追わないで下さい。こんな公の場で騒ぎをおこしては、困るので。それに今日は……皆さんの負担にはなりたくない」
亜妃は波留の言葉をきき、驚いたように目を見開く。そして、
「……分かった。藍実のこと……とめてくる」
戸惑った様子でそう言うと、人ごみの中へ姿を消して行った。
「……煌太さんも、オレの声、初代に似ていると思います?」
「え……」
亜妃とともに、藍実のことを追いかけようか悩んでいると、波留にそう訊かれた。
波留は、彼らしくない弱り切った表情を浮かべている。
「うーん、夕子さんは女性だったし……似てると思ったことはないよ。でも、波留くんが子どもの時は、言われてみれば少し似てたかも」
「そうですかー」
どうやら波留は、あの日アトリアに言われたことを気にしていたらしい。煌太はそれが意外に感じた。願い主としての波留は、いつでも強気に見えたから。
「……あの日、銀の星の子と話して初めて気付いたんですよ。自分には星の子を恨んでいる理由が、特に存在しないということに」
「!」
「子どもの頃から当たり前のように思っていたことなので、勝手に何か理由があると思ってました。不思議ですねぇ」
波留は疲れ切った様子で、微笑み言葉を続ける。
「星の子を全滅させるなんて初代の願い事は、勝手すぎます。星の子が何人いるかも、分からないのに。けれど、それを否定してしまったら父から引き継いだものは途絶えてしまう……だから、星の子がいなくなることに、何か希望があると信じていたいんです。きっと、父もそう思っていたはずですから」
「……波留くん、そんなこと話されても困るよ。それより、体調悪そうだよ? 何処か座った方がいいよ」
煌太は周囲を見渡すが、ここは街中の通りだ。座れる場所はない。
「今日は全然いい方ですから、気にしないで下さい」
「そんなこと言われても、気になるよ」
「……煌太さんは、オレがもうすぐ死ぬということを分かっているんじゃないですか?」
「……」
煌太は咄嗟に言葉を発することが、できなかった。
波留も、亜妃と同様、その事実を察していたらしい。
「否定しないってことは、そうなんですね~」
「でも、分からないよ? 今までの願い主がそうだったってだけで……」
「オレが引き継いでいるのは、願い事じゃなくて、ただの「呪い」なんだと思っていたんです。早死の呪い……あながち間違いではないですね」
「そんなこと言わないでよ。夕子さんは、波留くんたちに呪いをかけたかったわけじゃない」
波留はそれに苦笑する。
「はは、初代のせいで人口星になったのに……庇うんですね」
「……ごめん」
「いいんですよ~」
煌太にとって夕子は、命を救ってくれた人物でもある。人口星になっていなかったら、自分は二十歳になる前には死んでいたから。
「煌太さんのことが少し、羨ましいです。やっぱりオレは、星の子のことも初代のことも……あまり好きにはなれません」
その時、人ごみの間から亜妃と藍実が歩いてくる様子が見えた。
波留はそれに気付くと、安心したように微笑みため息をつく。
「二人とも戻りましたねー。大事にならなくて、本当によかったです」
「そうだね~」
戻ってきた藍実は、煌太からショップ袋を受け取りつつ
「ごめーん。みんな。久しぶりに星の子見かけたからつい」
そう言って苦笑する。
「藍実さん、ありがたいですけど、今日は楽しんでくれなきゃですよ! この後は、お楽しみの夕飯なわけですし」
波留が明るい声でそう返すと、藍実は頷いた。
「まぁね! でも、悔しいー捕まえたかった~~」
「藍実がまた暴走する前に、早くお店いこ。ついてきて」
亜妃は先頭を切って歩き出す。
「はー? 亜妃も本当は捕まえようとしてたくせに」
「わたしは、そんなことしない。状況と場所を考えるから」
藍実、波留は亜妃と並んで歩みだした。煌太もそれに続く。
……違うよ、波留くん。
煌太は、言いかけたその言葉を飲み込んでいた。
別に自分は、星の子が好きなわけではない。自分のことを殺さなかったトリスのお蔭で、少しだけ考え方が変わって、少しだけそんな自分のことを好きになれただけだ。
しかし、もうトリスと会うことはないだろう。残念だが、仕方ない。
トリスが夜空町で、アトリアやカノと平和に生きていてくれればそれでいい。
その光景を想像するだけでも、きっと自分は救われるから。




