第5話 2
数日後。
トリスは、頭を抱えていた。
目の前にあるテーブルの上には、エネルギーが八割ほど溜まったビン。
「どうして一杯にならないの?」
トリスはテーブルに額を押し当てると、深いため息をこぼす。
ポストに溜まっていた願い事の手紙は、すでに全部叶えてしまった。それでも、一向にビンの中身は一杯にならない。
「もしかしてっ、このビン自体が不良品なのでは!?」
トリスはそうひらめくと、顔を上げてビンを両手で掴む。
「……」
が、ため息をついた。
そんなことあるわけない。このビンは何処にでもある、ただのビン。収穫祭で使用されるからと言って、特別な機能があるわけではない。
「ほんとダメね。これじゃ地上に行っていた時と同じじゃない」
そう言えば、煌太と知り合ってすぐの時に、彼は何かトリスにアドバイスをしてくれた。ビンの中には、人間の幸せの他に自分の幸せも入っていると何とか。
「うーん、でも、姉さんに再会できたわけだしわたしは幸せよね……はぁ、このままじゃらちが明かない。図書館に行ってみましょうか~」
トリスは、立ち上がると自宅を出た。
図書館で調べれば、もしかしたらこの謎が解決するかもしれない。
図書館に到着したトリスは、本棚を隅から隅まで調べてみることにした。
この図書館は、敷地は狭いが空間は広い。見上げれば、三階ほどはあるであろう壁一面に本が並べてある。
所々にある本が置かれていない空スペースは、座って本を開くための場所だ。すでに数人の星の子が、そこに座り本を読んでいる。
「まず、人間の願い事に関する棚から見てみましょうか……」
トリスは床を蹴って浮き上がると、天井近くの本棚に近付く。
太い背表紙や細い背表紙、比較的新しい本や、古びた本までいろいろあった。
トリスは、背表紙のタイトルに目を凝らす。
【願い事トップ100】、【人間が願う理由とは?】、【願い事が人間に及ぼす影響について】……。
「全然関係ないのばっかね~」
トリスは眉間にしわを寄せる。
しばらく探したが、トリスが求めているような本は見つからなかった。
別の棚を見てみよう、そう思った時、後方から誰かに腕をまわされ抱きしめられる。
思わずビクリとすると、
「トリスちゃーん、何してるの?」
耳元でアトリアの声がした。
「姉さんっ。あまりびっくりさせないでよ」
トリスは苦笑しつつ、振り返る。
「ふふ、ごめんね。今日嬉しいことがあったから、つい。ねぇねぇ訊きたい?」
アトリアはニコニコしながら、弾んだ声でトリスに問いかけた。
「嬉しいこと? 何?」
するとアトリアは、後ろ手に隠していたものをトリスに見せた。
それは、間違いなく「ほしの子とじんこうぼし」の本。
「ええっ! どうして姉さんがそれ持ってるの?」
「やっぱりこの本で正解だったのね~。あのね、さっき司書の友だちに会いに行ったら、その子が持ってたのよ。妹のものだから返してほしいって言ったら、返してくれたの!」
トリスはアトリアから受け取ったその本を、両手で掴みつつ唖然とする。
まさか、こんなにあっけなく取り戻せるなんて。
「その子、バランくんに面倒なもの預かって怒っていたから、丁度良かったかもねぇ」
「……ほんとよ」
トリスは安堵し、ため息をこぼした。
「トリスちゃんはその本がほんと大事なのね」
そう言うアトリアは、少しだけ嬉しそうだ。
「もちろんよ。これは人口星や人間、星の子についても丁寧にかかれてあるし……あと、煌太から預かったものでもあるし」
「そうなのね~」
「偶然じゃないと思うのよね、この本を煌太が選んだのは。だから、そう簡単には手放せない」
トリスが真剣にその言葉を並べている横で、アトリアは穏やかな顏で何度も相槌をうつ。
「あ、姉さんはこの本読める? ここに姉さんっぽい星の子が登場するのだけれど……」
トリスは本を開くと、目的のページの挿絵を指差す。そこには、銀色のふわふわとした長い髪を持つ星の子のイラストがあった。
「あたしも人間の文字については、勉強したから読めるのよ~」
アトリアはイラストを覗き込むと、
「ふふ、ほんとにあたしみたいね。じゃぁ、隣にいるのは夕子さんかしらぁ」
「……煌太が言ってた。この本の物語は本当にあったことだって。やっぱりそうなんだ」
トリスは本をそっと閉じると、アトリアを見上げた。
ここではアトリアと夕子の関係を、いいものだという表現はしていない。それは、夕子の死に際まで変わらなかった。
アトリアは悲しげに微笑むと「そうねぇ」と呟く。
「トリスちゃん、でもね。違うと思うの。この本の物語は悲しく表現されているけど、それだけじゃないのよ??」
「?」
「だから……あたしは、近いうちにまた地上に行こうと思うの」
「!」
アトリアからでた思わぬ言葉に、トリスは息が詰まる思いがする。
幼い時に見た、地上へ出かけるアトリアの後ろ姿。いくら待ちわびても、帰ってこない。その辛い感情を呼び起こされたような気がした。
「……やめて。危険よ」
「大丈夫よ~」
「大丈夫じゃないからね? また捕まったらどうするの?」
トリスは睨むようにして、アトリアを見据える。
アトリアは、人口星の生まれたキッカケである特別な星の子。人口星とその願い主の、因縁の原因でもある。
そんなやすやすと地上に行けるような存在ではない。
「もートリスちゃん、心配性なんだから」
「百年も帰ってこなかった事実があるのよ? 心配しない方がおかしいと思うのだけれどっ」
「今度は大丈夫よ~」
アトリアは、トリスの気持ちなんてお構いなしに「ふふっ」と嬉しそうに笑った。
「はぁ……笑いごとじゃないからね……?」
「図書館でおしゃべりしてるのも何だし、トリスちゃんの家に行きましょ。その前に、クッキーとミルクが欲しいわねぇ」
アトリアはこの場から、フワリと床に足をつくと正面の出入口に向かう。
確かに、静かなこの場所で口論していても周囲の迷惑になる。トリスは、ため息をこぼすとアトリアの後を追いかけた。
「……あら、トリスちゃん。何か騒がしいみたいよ」
図書館から離れ、菓子屋へ向かう途中、アトリアは歩みを止めた。
トリスがアトリアの目線の先を見ると、少し行ったところにある広場に数人のヒトだかりができている。
あの広場は、収穫祭の段取りの説明を受けた場所だ。広場の奥は、地上へ降りるための広い階段へ繋がっている。
「何か、あったのかしらぁ。行ってみましょ」
「ええ」
トリスがアトリアと共に、その場に向かうとヒトだかりの原因がすぐに判明した。
「気を付けて」
「がんばって」
「頼んだよ」
そのような声を掛けられているのは、バランだった。
バランはそれらの言葉をかける星の子たちに、「ありがとう、頑張るよ」と笑顔で返しご満悦の様子だ。
「……」
それよりもトリスの目に留まったのは、彼が手に持つ大きな槍のようなもの。彼の背丈ぐらいはある。
バランは、一体何をするつもりだろう。
「バラン! やめてくれよ! 何も殺す必要なんてないだろ!?」
そう叫んだのは、カノだ。彼は星の子たちの間からバランの前に歩み寄ると、彼の持つ槍を掴んだ。そして、両手一杯に力を込めて、奪い取ろうとする。
「お願いだから、藍実たちのことは放っておいてくれよ!」
「ウルサイよ、君!」
バランは乱暴に、カノから槍を引き離すとそう言い捨てた。
「地上に出向いている仲間の伝達で、人口星の居場所が判明したんだ。行かないわけには、いかないだろ?」
「考え直してくれよ! 人口星だとしても人間なんだぞ?」
カノは顔色を悪くしつつも、バランに詰め寄る。
「人口星を庇うなんてどうかしてるよ! 望月藍実が、君の願い主だからか?」
「そ、それもあるけど……それだけじゃ」
トリスは「ほしの子とじんこうぼし」の本をアトリアに押しける。そして、星の子たちの間を潜り抜けると、カノの隣に立った。
黙って見ていることなんて、出来なかった。
「トリスじゃないか! 丁度よかった。君のことも誘おうと思っていたんだよ。さすがに一人じゃ、人口星を消滅させる際困ることがあるかもしれないからね」
バランは微笑む。
「バラン。わたしはあなたに協力なんてできないから。できるなら、あなたを止めることぐらいよ」
「! トリスも人口星を支持するのかい?」
バランは悲しげな表情を顏に張り付けた。
「支持するとか、そーいうわけじゃないから。ただ、決めつけるなって言いたいの!」
「……わかった。トリスも人口星と仲良くしていたくちだろう?」
「……」
「おそろしいな。ありえないよ。人間に感情移入するのも異常なのに、ましてや人口星になんて」
バランは口元をつり上げると、言葉を続ける。
「人間なんてただの消耗品だし、人口星は人間の劣化品のようなものだろ。普通の星の子はみんなそう考える。知らないのかい?」
「何それ? 知るはずないじゃない!」
トリスは思わずバランの持つ槍を、両手で掴んだ。奪い取ろうとするが、力強く振り払われてしまう。
トリスはその衝撃でよろめき、地面にしりもちをくつ。
「トリス、大丈夫か?」
カノはトリスの隣にしゃがみ込むと、不安げにそう声をかけた。トリスはそれに「ええ」と返事をすると立ち上がる。
「じゃぁ、僕は行くよ。みんな見送りありがとう」
バランは星の子たちにそう言葉を投げると、地上へ降りる階段の方へ向かった。広場の敷地はそれほど広くない。すぐに地上へ行けてしまう。
「待って!」
トリスはバランの後ろ姿を追いかけ、広い階段を駆け下りた。階段の終わりの先は、薄い雲と夜空の黒が広がっている。
「バラン! 待って!」
バランはトリスの声に耳を貸す様子もなく、夜空の中へ飛び降りた。トリスも飛び降りようとした時、後方から腕を掴まれる。
「大人しく待ってろって」
そう言うのは、バランの見送りにきていた星の子の一人だ。
「離してくれない?」
トリスは低い声色で言うと、彼の腕を振り払おうとする。しかし、彼は手を離してくれなかった。
「少し考えれば、分かるだろ? 人口星がいる限り、収穫祭は開催できない。この町の資源の半分は、収穫祭で得たものだし……、そんなことになったらみんな困るだろ?」
「だからって、煌太や藍実のことを見殺しになんてできないから」
彼の言うことは、もちろん理解している。
けれど、自分の中にあるその気持ちを抑え込むことは難しかった。
星の子の自分に興味を持った煌太を変な奴だと思っていたが、きっと自分も煌太と同じだ。
きっと普通じゃない。けれど、間違っているとも思わなかった。
すると、腕を掴んでいる彼の他にも、トリスの周囲に星の子が集まってくる。彼らはみな、「裏切り者!」「異常者!」そんな言葉ばかりをトリスに投げてきた。
「はー……うるさい」
トリスは呟く。
自分の顏が引きつっていることが分かった。やはり、理解はされないか。
「みんな落ち着いて。そんなこと言わないで~」
アトリアはトリスと星の子たちの間に割って入ると、トリスの顏を見て困ったように微笑む。
その穏やかな顏を見て、トリスは自分が冷静でないと実感した。
「トリスちゃんもよ? もっとみんなの気持ちも考えあげて」
「……ええ、そうね」
トリスが声を絞り出して言うと、アトリアはほっとしたように表情を緩めた。
こんな公の場で、人口星の味方をするような発言は控えるべきだったのかもしれない。
また、アトリアに心配をかけしまった。
……けれど、バランのことを追わなくては。アトリアが割って入ってきてくれたお蔭で、そのチャンスができた。
「ありがと、姉さん」
トリスはそう呟くと、この場から駆け出す。そして、夜空の中へ飛び込んだ。




