第4話 6
「……」
煌太は、再び星のカケラをビンの中に入れた。
一つ、二つ、三つ……数を入れていくうちに、アトリアにわずかな変化があった。
彼女の身にまとう光が、少しずつ強くなってきている。
「よかった、星のカケラ、効果あったみたいだ……」
煌太は微笑むと、星のカケラを丁寧にビンに入れていった。
アトリアの光はより強くなり、体も少しずつ大きくなってきている。
その時、ビンの中のアトリアが顏をあげた。
周囲をキョロキョロと見渡すと、
「あぁぁぁっ。どうしましょう! あたしったら!」
そう声を上げて、ビンの中で頭を抱える。
「あたし、一体どうしちゃったの? もーっホント眠くて眠くて……」
「アトリアさん、落ち着いて。元気になってよかったよ」
煌太がそう声を掛けると、アトリアはこちらに振り向き表情をぱっと明るくさせた。
ビンから抜け出し、煌太の目の前にフワリと飛んでくる。
「君……煌太くんね! 久しぶりね。しっかりごはん食べてる??」
「……うん、もう大丈夫だよ」
煌太は戸惑いつつも、そう返事をした。
アトリアがビンの中にいる間は、どうやら眠っているような状態だったらしい。ということは、ここ数十年の記憶はないということなのだろうか。
「そう、よかった。人口星でもね、ちゃんとごはんは食べないとダメよ? 美味しいって感じる気持ちも大切なんだから」
アトリアは困ったような顏で微笑む。
「あはは。今は意識して食べるようにしてるから大丈夫だよー。昔よりも美味しい食べ物たくさんあるしね」
「あら、そうなの~~。あたしが眠っている間に、すっかり変わって……」
すると、アトリアの目線が、隣に座る亜妃の方へ向けられる。
亜妃は、ただ動揺した様子でアトリアのことを見据えていた。
「君……夕子さん!?」
アトリアは、亜妃の目の前に移動すると表情を輝かせそう叫んだ。
亜妃がそれに首を左右に振ると、アトリアの表情は少しずつしぼんでいき、そして力なく微笑む。
「そうよね、夕子さんはずっと昔に亡くなってしまったもの。君は、夕子さんの子孫でしょう? それにしてもそっくりねぇ」
「……」
「謝りたかったけど、結局はできずに終わってしまったわねぇ……」
「謝りたかって、何を?」
亜妃が低い声色で、そう呟く。
その瞳の色は人口星へ変化し、今すぐに攻撃してもおかしくない状況だ。
煌太はとっさに言った。
「アトリアさん、夕子さんの生きていた時代から百年は経ったけど、願い事はずっと引き継がれてる。亜妃ちゃんも人口星だ。迂闊に近づかない方がいいよ」
煌太はアトリアのことを、掌で包みこむように掴むと言葉を続ける。
「アトリアさんが眠かったのは、代々の願い主にエネルギーを採取されてたせいだ。そのせいで、長い間ずーっと、空へ帰ることもできなかったんだよ?」
「ふふ、そうよね。状況を見れば、大体は分かるわぁ。でも、別にいいのよ、それでも」
アトリアは煌太の指を両手でつかむと、にこりと笑う。
煌太はその言葉に、息が詰まる思いがした。
本当は、こんな会話をしている場合ではない。力を取り戻したと同時に、逃げ出して空に帰ってほしかった。
「だって、夕子さんに、許されると思ってはいないから」
「……夕子さんは、もういないのに?」
「そうなんだけどねぇ~」
「トリスさんが、心配してるのに……?」
その言葉に、アトリアの表情が変わった。
「え、トリスちゃんが?」
煌太は、頷くとアトリアのことを掌で掴んだ。力一杯、上空に向かって投げる。
「アトリアさん! 空に帰って! トリスさんが心配してるよ!」
「……煌太、余計なことを」
その言葉とほぼ同時に、亜妃が屋根の上から跳躍する。
煌太は舌打ちをすると、続けて屋根から飛び出した。
煌太に投げられたアトリアは、空中で体勢を立て直す。と同時に、亜妃に捕まった。
亜妃は上空から、隣の家の屋根に足をつくと、同じ屋根に足をついた煌太を睨みつけた。
が、その視線はすぐにアトリアの方へ向けられる。
「逃げたら許さない。わたしは、あなたのこと攻撃するつもりはない、だから大人しくしてて」
「もー、逃げないから大丈夫よ。だから、もう少し優しく掴んで~」
どうやら、亜妃はアトリアのことを力一杯握りしめているらしい。
「ほんとに、逃げない?」
亜妃は手に力を込めたまま、アトリアを見据える。
「逃げないって言ってるでしょう? くるしーのよー、このままだと消滅しちゃう~」
「……」
そして、亜妃はそっと掌を緩めた。煌太の方に振り向くと
「煌太、悪いけど、こういうことだから」
「上手くいくと思ったんだけどな」
煌太は、ため息をこぼした。
まさかアトリアが、自ら逃げないという選択をするなんて。
「アトリア、だっけ。あなたと会話できる日がくるなんて、思いもしなかった」
亜妃は掌の上に、アトリアを乗せると言葉を続ける。
「今の願い主は、わたしの双子の兄……波留、なの。あなたがわたしに言いたいことは沢山あると思うし、わたしからもききたいことが沢山ある」
アトリアはそれに「そうよねぇ」と頷いた。
「でも今は、波留の話をきいてほしいし、波留に話してほしい。それを何より優先してほしい」
そう言葉を並べる亜妃は、真剣そのものだった。
波留のことを大切に思っている、その感情がひしひしと伝わってくる。
アトリアはそれに大きく頷いた。
「もちろん、そのつもりよ」
亜妃の表情が、安心したようにわずかに緩む。
煌太はそんな二人に歩みよると、
「亜妃ちゃん、いいの? きっと波留くんはアトリアさんの言葉に耳を貸さないよ。人口星の願い主っていうのは、そういうものだよ?」
亜妃は煌太の言葉に、唇を噛みしめ、俯いた。
震えた息を漏らすと、口を開く。
「……だって、煌太が言った。星の子ならどうにかしてくれるかもって……」
「……」
「煌太にとっては、本気の言葉じゃなかったかもしれないけど……わたしには、そうじゃないの。本気で、そう思ったの。だって、煌太自身、星の子がきっかけで変わったでしょ」
亜妃は俯いたまま、涙を手の甲で拭う。
「自分でも、バカバカしいって思ってる。でも、すがるしかないの」
「……ごめん。そうだよね」
煌太はそう言うことしかできなった。
それと同時に、亜妃の気持ちを軽率に扱ってしまっていることに気付く。
今までの願い主は……そう思ってしまうことが多かった自分にとって、亜妃の言葉は新鮮そのものだった。
すっかり忘れていたけれど……、亜妃のように考えることもできたんだ。
アトリアと会話をし、向き合おうとしてくれた彼女なら、きっと何かを変えられる。
もう、変わり始めているのかもしれない。
「煌太とアトリアって昔から知り合いなんだ?」
波留のことを待つ間、亜妃がそう訊いてきた。
屋根の上からは、遠くの街並みがよく見える。煌太はそんな景色を眺めつつ、「そうだよ」と返事をした。
煌太は、苦笑しつつ、
「ごめんね、昔すぎてアトリアさんの名前すっかり忘れてたんだ、実は」
亜妃の肩の上に乗っているアトリアは、頬を膨らませる。
「もー、煌太くん。それはあんまりよ。あたしはよく覚えてたからね、君のこと。夕子さんが特にかわいがってた患者さんだったし」
「うん、夕子さんにはほんとにお世話になったよ~」
アトリアは、煌太から星のカケラを受け取ると、かぶりつく。満足げに微笑むと亜妃を見た。
「ふふ、それにしても亜妃ちゃん。夕子さんにそっくりね。波留くんにも会うの楽しみだわぁ」
「……アトリアは、わたしたちのこと、恨まないんだ。長い間閉じ込めてたのに」
「とんでもないっ。君たちのことは大好きよ、もちろん夕子さんのことも。夕子さんはね、地上で初めてできた友人なの。会えないのが、本当に残念ねー」
アトリアの言葉に、亜妃は驚いたように目を見開くと「……そう」とだけ呟いた。
煌太はそんなアトリアのことを見て思う。
夕子が恨み続けていたとしても、アトリアは変わらず夕子のことが大好きなのだ。
人口星を増やすために、利用されていると解ってからも、その気持ちは変わらなかったということだろう。
その時、亜妃のスマートホンがメロディを鳴らす。
「波留、もうすぐ着くみたい」
亜妃はスマートホンのスクリーンを確認しつつ、そう呟いた。
亜妃の表情は、わずかに引きつっているように見える。
その時、アトリアが何かに気付いたように遠くの景色を見つめた。亜妃の肩から飛び立ち、言う。
「あの人よね? 波留くん」
「!」
煌太と亜妃は同時に立ち上がると、アトリアの目線の先を目で追った。
そこには、駅からの道を一人で歩く波留の姿が見える。
亜妃と煌太が返事をするまえに、アトリアはこの場から飛び立った。まっすぐと波留の方へ向かっていく。
「亜妃ちゃん、追いかけないと」
「……うん」
煌太と亜妃は、屋根から屋根へ飛び移りアトリアの後を追った。
+
「波留くん、はじめまして。あぁっちがう、正確には初めましてじゃないけど会話をするのは初めてよね」
その声が突然上から降ってきた。
声の主の姿を確認する前に、彼女は波留の目の前に降りてくる。
銀色の星の子。
昨日まで、ビンの中でぐったりしてはずの彼女が、今目の前にいる。
「どうしてっ……こんなところにいるんですか?」
波留は、震える声を漏らす。
彼女は、ビンの中に入っていなくてはいけないのだ。これでは青の星の子を捕獲する計画が、崩れてしまう。
「ごめん、波留くん。僕がアトリアさんのこと元気にしてあげたんだ。星のカケラを使ってさ」
煌太の声が聞こえたのと同時に、彼は道沿いの家の屋根から地面に着地する。亜妃も一緒にいた。
「本当はアトリアさんのこと逃がすつもりだったけど、こんなことになってる。おかしいよね~」
煌太は困ったように笑って、そう言った。
波留はそれに思わず
「逃がす? よくも勝手なことしてくれましたね」
自分の声は荒々しい。
きっと表情も、鋭い影がおちているだろう。けれど、構わなかった。
波留は煌太に大股で歩みよると、彼の首元を勢いよく掴む。
「昔から……気に食わないんですよ。あなたのことは」
「……」
波留がそう低い声で言っても、煌太の穏やかな表情に変化はない。
「波留。おちついて。人口星と争っても無意味、だから」
亜妃は波留と煌太のことを力一杯引き離すとそう言った。
同時に波留はバランスを崩し、倒れそうになる。その前に、亜妃の手が波留の腕を掴んだ。そのまま引っ張られると、体を支えられる。
「ごめん。力いれすぎた」
「……いいんですよ」
年々、自分の体が弱っていくと感じる。それに比べると、亜妃は健康そのものだ。
外見年齢は血液を飲んだ当時から、成長しないままだったが。
願い主を引きついだ自分の助けになりたいと、亜妃は自ら星の子の血液を飲んだ。それからと言うもの、亜妃は当たり前のように自分のフォローをしてくれる。
すると、波留の隣に銀色の星の子がふわりと近付いた。
「!」
彼女は、不安げに眉を寄せている。
亜妃は動揺を抑えきれない波留に、言う。
「安心して。アトリアは逃げないって言ってるから」
銀の星の子、アトリアは、亜妃の言葉に同意するように何度も頷いた。
「何言ってるんですか? 星の子の言葉なんて……」
思わず声を張り上げた時、アトリアが口を開く。
「あぁ、波留くん。やっぱりあなた、夕子さんにそっくりよ。怖いくらいに……」
「!」
アトリアは今にも泣きだしそうな表情を浮かべ、掌で口元を抑える。
「そうね、特にその声……、声が夕子さんそのものだわぁ……。やっぱり、あたしは許されていないのね」
「当たり前じゃないですか。あたなは初代の大切な友人を殺したんですよ?」
その言葉は、自分が体験していないにも関わらず、まるで自分が本当に体験したような口ぶりだ。
星の子が憎くて、たまらない。願い事を引き継いでから、ずっとそう思っていた。
願い事と同時に、初代の記憶や感情も引きついでいるのかもしれない。
「そうよね。あたしったら、何も考えずに人の願い事を叶えてた。願い主が幸せになれればいいっていうことしか考えてなかった」
アトリアは、目の淵に一杯の涙を溜めて、
「嫌いな誰かを殺してなんて願い事、叶えなければよかった……そのせいで、夕子さんに辛い思いをさせたわね……」
「……今さら何を」
波留の言葉に、アトリアは頷く。
「そうよね、夕子さんが生きている間にちゃんと伝えればよかった。夕子さんは事実を知った後も、いつもあたしの友だちでいてくれたから、ついつい甘えちゃったの。ほんとダメねぇ」
「勘違いしないで下さい。友だちのフリをしていただけです。人口星を増やすために、あなたの血液が必要でしたから」
波留はそう言葉を並べる。
これは自分の言葉なのだろうか。初代とアトリアの関係は、詳しくは知らなかったのに。
「ふふ、それはね、なーんとなく気付いてたの。でもね、別にそれでもよかった」
アトリアは悲しげに微笑み、波留を見る。
「ごめんなさい……本当にごめんね、波留くん、夕子さん」
アトリアはその小さな掌で、波留の頬に触れた。
……どこか懐かしい感覚がする。
自分は今まで、アトリアのことを人口星を作るための資源としか見ていなかった。けれど、その常識がいつの間にか変化していることに気付く。
名前を知り、会話をしてしまった時点で、きっともう手遅れだった。
波留はとっさに、アトリアのことを払いのけると、
「謝るな!!」
今までにない、大声でそう叫んでいた。
今度は、確かに、自分の声そのものだった。
「謝って、楽になろうとするな!!」
やはり何もかも手遅れだった。
アトリアも煌太と同じだ。自分のことを裏切った。
恨むべき相手だと信じていたのに、これからも信じていたかったのに。
言葉一つでそれは、揺らいでしまう。
自分の今までの人生を、人口星の亜妃のことを否定されたような感覚がした。
これはきっと、初代の願い事とは関係ない、自分の感情。
「亜妃、煌太。彼女のことを消してください。カケラの一つも残らないぐらいに、バラバラにして下さい!」
波留はそう言い放つ。
これは初代の言葉なのか、自分自身の言葉なのか、分からなかった。
しかし、どちらでも関係ないだろう。
その言葉は、亜妃と煌太を人口星へと変化させる。
その時、息苦しさを感じた。まるで首を力一杯鷲掴みにされているようなそんな感覚。
昔からこの感覚はあったが、最近は特にひどい。
「うぅ……」
アトリアのことを追う二人の背中は、いつの間にか街並みの向こうに消えてしまった。
その場に一人残された波留は、地面に蹲る。
脂汗がアスファルトの地面にしたたり落ち、それに紛れて涙もこぼれた。
『あなたの声、夕子さんにそっくり』
アトリアの言葉が、頭にこびりついて離れない。自分の声を気色悪いと思ったことは、初めてだった。
波留は肩で、大きく息をする。
しばらくの間、こうしていれば大丈夫だ。家も近いし、大事にはならない。
波留は、頭の片隅で思う。
もしかして、自分の首を絞めているのは初代なのだろうか。
『アトリアのこと、許さないでね』
波留の耳元で、女性の声が聞こえた気がした。




