第4話 5
それからというもの、煌太と藍実は星のカケラを集めていた。
時間があう時は、集合し一緒に探したり、その他は煌太一人で探したり……。数年かけて三十もいかない数だったのだが、藍実の協力を得てからは数か月で二十は集まった。
「今の時期は冷凍庫にいれなくても大丈夫かな。外にだしておこ」
煌太はタッパーに入った星のカケラをとりだして、窓際の机に置いた。窓を開けると、冷え込んだ空気が部屋に入り込む。
その空気と、窓からの月明かりで星のカケラはフワフワと輝く。やはり、またにはこうして月の明かりや星の明かりに照らした方がよさそうだ。
煌太は机のイスに腰掛け、しばらく星のカケラを眺めるとノートを開く。
「えっと忘れないうちにかいておかないと」
ペンを握ると、ノートに文字を走らせた。何気ない光景や感情、それは煌太にとって貴重で儚いものだった。
次はいつ、見て、感じることができるか分からない、だから書いておく。それでも、長すぎる時間があるせいで、忘れていくことがほとんどだろうけど。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
立ち上がり、玄関の戸を開けるとそこには亜妃が立っている。
「あ、亜妃ちゃん。引っ越しの片付けは終わった?」
「とっくに」
亜妃はいつものようにそっけない返事をする。
亜妃は一週間前に、煌太の隣の部屋に引っ越してきた。その事実が意外に思えたが、もしかしたら亜妃は一人暮らしが寂しかったということなのかもしれない。
「……言っておくけど、隣に部屋を借りたのは煌太を監視するためだから」
煌太の心情を読み取ったかのような発言に、思わずドキリとする。
「はは、そうなんだ」
「わたしはまだ、煌太のことを完全に信用したわけじゃ、ない」
「用心深いなぁ。信じてよ」
煌太がそう言うが、亜妃は明後日の方向を向いてしまう。
確かに、自分は、アトリアの力を取り戻すとは宣言したが、彼女を逃がすということは言わずにいる。
亜妃が自分のことを疑うのは、まさしく正解だ。
自分はまた、裏切ろうとしているのだから。
「……明日、実家に誰もいない時間帯がある。行く?」
「!」
「星のカケラだっけ? もう集まってるんでしょう?」
「うん、もう十分集まったよ。ホントに行ってもいいの?」
亜妃はそれに、コクリと頷いた。
「やったー。ありがとう」
「……あと一つ、確認したいんだけど」
亜妃は煌太の目を見据えると
「星の子が力を取り戻したら、サイズも大きくなると思うし逃げちゃうと思う。
煌太、ちゃんと捕まえる手立ては立っているの?」
「もちろん」
煌太は微笑んでそう応えたが、逃がすつもりでいるのでもちろん、何も考えていない。
「……そう。具体的には、どうするつもりでいるの?」
「え、人口星の力があれば捕獲するのは簡単だよ。だから具体的って言われると、難しいなぁ……」
「何も考えてなかったんだ。ほんと、楽観的」
「……」
「まぁ、ベテランの煌太がとり逃すことはないと思ってる。頼んだからね」
「うん」
「……で、何か焦げ臭いけど大丈夫?」
「え」
亜妃は顏をしかめつつ、煌太の部屋の奥を眺めた。
煌太が振り返ると、いつの間にか部屋に煙が充満している。
「あ! そういえば、ハンバーグ焼いてたんだった……」
煌太は急いで部屋に戻り、コンロのスイッチを切るがどうやらもう手遅れのようだ。フタを取ると、真っ黒に焦げたハンバーグがそこにある。
スーパーで購入したいつもよりも贅沢な夕飯。ショックだった。
「ほんと、危なっかしい。一人暮らし何年やってるの? こんなんでよく生きてこれたね、まぁ人口星だから死なないケド」
いつの間にか隣に立って、フライパンを覗いていた亜妃がそんなことを言う。
煌太は乾いた笑みをこぼすことしかできなかった。
「亜妃ちゃん、言い方キツイよー……」
亜妃は呆れたようにため息をつくと、少しばかり微笑み、
「わたしの夕飯わけてあげるから。待ってて」
そう言うと、煌太の部屋を後にした。
煌太はそんな亜妃の背中を見送りつつ思う。
亜妃は身の回りに起こった何気ないことも話してくれるし、煌太自身からも話すようにしている。
疑われるとは思えない。きっと、大丈夫だ。
+
亜妃は部屋に戻ると、夕飯を取り分けるための皿を食器棚から取り出した。今日買い出しに行った時に購入したばかりの新品だ。
はじめは自分で使いたかったが、仕方ないだろう。
その時、スマートホンがメロディを響かせる。見ると、テレビ前のテーブルに置かれているそれが、チカチカと光っていた。
駆け寄ると、スクリーンには「波留」の文字が表示させていた。
亜妃はすぐ電話にでた。
「もしもし、波留。どうしたの?」
「亜妃ー、一人暮らしどうですかっ? 上手くやってます?」
波留の陽気な声が聞こえる。
亜妃は、ほっとした。
「うん、のんびりできるから快適。波留は今仕事帰り?」
通話の背景音は、人のざわめきやアナウンスだ。おそらく、駅のホームにいるのだろう。
「そうですよー、今日はいつもよりおそくなっちゃいました」
「おつかれさま。あまり無理しないでね?」
「無理なんてしてないですよ。それで亜妃、煌太さんに血液は飲ませることできました?」
「……ごめん。まだ。中々タイミングがなくて」
亜妃はそう言いつつ、テレビのリモコンの隣に転がっている星の子の血液に目をやった。
昔、波留から預かって使わないままだったのだ。
本当は人口星を増やすためのものだったのだが、今は状況が違ってきた。
波留は、願い主の力が弱まってきていることを自覚している。そして、煌太のことはいまだに信用していない。
あの日、星の子の入ったビンを煌太から取り返して戻っても、波留が納得するようなことはなかった。
煌太のことをフォローする言葉を必死に並べたが、波留の表情は変わらないままだった。
当たり前だと思う。
仲間だと思っていた人に裏切られたんだから。
「波留。大丈夫。近いうちに絶対の飲ませる」
「……たのみましたよ。何かあった後じゃ遅いですから」
「分かってる」
そして、通話は途切れた。
「……」
波留が悲しむようなことは、もうしたくない。
けれど、このままでもきっと波留は辛い思いをする。
その命がつきるまで、願い主の宿命に縛られる。
一緒にうまれ育ってきたわたしたち。けれど、それだけにはどうあがいても干渉できない。
一方、煌太は、人口星の宿命から、足を踏み外そうとしている。
そんなあなたが、波留のことを救ってくれる、そう期待してしまう自分が情けなかった。
+
煌太は授業を抜け出すと、波留の家に向かっていた。
片手に持っているのは、星のカケラ。藍実からもらった保冷バッグに入れて持ってきた。保冷剤も大目にいれてあるので、保存状態は完璧だ。
波留の家の前で、スマートホンの時刻を確認すると午前十一時。亜妃から教えてもらった時刻、丁度だった。
今、家には亜妃しかいないだろう。
煌太は、玄関のチャイムを鳴らす。
「……?」
が、しばらく待っても反応がない。一体どうしたのだろう。
「亜妃ちゃん、いるー?」
煌太はそう声をあげて、玄関の戸に手をかけた。と同時に、カギがかかっていないことに気付く。
「いるっていってたし……留守ではないよね。寝てるのかなぁ」
煌太はそう呟きつつ、戸を開いた。
その時、後方から強い力で肩を引かれた。よろめいたと同時に、地面に押さえつけられる。
何が起こったのか、状況を把握できないうちに、口の中に何かを押し込まれる。
「!」
流れ込んできたのは、深い苦味のある液体。
間違いない、星の子の血液だ。
どうにかして吐き出そうと試みるが、鼻と口を力強く押さえつけられているので難しかった。
その色白で細い手首は、間違いなく亜妃のものだ。
煌太が必死に引き離そうとしたところで、叶わないことが現実だろう。
……そして煌太は、血液を飲み干してしまった。
同時に、亜妃は煌太から手を離す。
「う……やっぱり……サイアクの味だ」
煌太は体を起こし、咳き込む。
「ひどいよ、亜妃ちゃん。無理やり飲ますなんて」
「ごめん。煌太は口が上手いから。こうでもしないと、実行できないかなって思って」
亜妃は、煌太の前にしゃがみ込み淡々とした様子で、そんなことを言う。
「はは、やっぱり疑われるんだ、僕。もしかして、波留くんに飲ますよう言われたの?」
煌太は苦笑する。
亜妃には信頼されている自信はあったので、思い当たる節は彼しかいなかった。
「……何か、あった後じゃおそいから」
「何もあるわけないよ~……」
煌太はふらつく足元で、何とか立ち上がると服についた汚れを払い落とした。星のカケラの入ったバッグを拾い上げる。
百年前近くに飲んで以来、飲んでいなかった星の子の血液。
きっとこれで、願い主との縛りは強くなる。けれど、今は波留の力が弱まっている時期だ。少しは、影響を免れるといいのだが。
それにしても、意識がフワフワする。
姿を変えようとしていないにも関わらず、煌太の周囲には黒星が漂っていた。
「煌太、大丈夫? わたしが飲ませておいて何だけど」
亜妃が不安げな様子で、煌太を見上げた。
「え? 大丈夫だよ~。それより、早くアトリアさんのところに……、お邪魔するね」
煌太は早口でそう返すと、玄関に上がった。
アトリアのビンは、二階の波留の部屋にあったはず……そう思い、歩みを進める。
二階への階段を上ろうとした時、自分の足が上がらないことに気付いた。それでも無理やり上がろうとし、バランスを崩す。
「あれ、おかしいな~」
「少し休んだ方がいい。夕方になるまで波留は帰ってこないから」
亜妃はそう言いつつ、床にしりもちをついた煌太の腕を掴んだ。ずるずると引きずり、居間の方へ引っ張っていく。
「……わたしは、少量を定期的に飲んでたら大丈夫だったけど、煌太は違うでしょ。血液が煌太の体に馴染むまで、余計な動きはするなってこと」
亜妃は煌太のことを居間のカーペットの上まで引きずると、手を離した。
「ほんと? ひどいなぁ」
「……」
すっかり体に力が入らなくなってしまった。今の状態では、アトリアの入ったビンを持つことさえ厳しいだろう。
もしここで波留が帰ってきてしまったら、全てが台無しだ。亜妃はおそらく、波留の味方をするだろうから。
それに、血液を飲んでしまった自分自身もどのような行動を起こすか予想できない。
「!」
その時、視界の端に映る、自分の髪がいつの間にか銀色に染まっていることに気付いた。
アトリアや亜妃の髪色と同じ、銀色だ。
「煌太、髪の色が……」
「うん、亜妃ちゃんとおそろいだね」
動揺している亜妃に、煌太はそう言うと精一杯笑顔を浮かべる。
あぁ、また自分は人間から遠ざかってしまった。
人間で生きた時間より、人口星として生きた時間を方がずっと長いにも関わらず、そう思ってしまった。
やはり、辛くて仕方ない。
まだ、自分が人間であると信じていたかった。
煌太は、はっとして目を開ける。一瞬意識が途切れた感覚がしたので、ヒヤリとした。
ここで意識を失ってしまったら、いつ目を覚ませるか分からない。
「煌太、起きた?」
体を起こすと、居間のソファには亜妃が座っていた。手に持っているスマートホンをテーブルに置くとこちらに歩みよる。
「え、僕寝てた?」
「うん、一時間ぐらい」
「そうだったんだ」
そう言われると、体の調子が少しよくなったようだ。
意識がフワフワしないし、力も入る。
「もう少し寝ててもよかったのに」
亜妃はそう言いつつ、居間からでていき二階へ上がったようだ。そして、アトリアのビンを片手に戻ってくる。
「亜妃ちゃん、ありがとう」
煌太は目の前のテーブルに置かれたアトリアを見て、そう言った。
彼女は、相変わらずビンの壁に背中を預けぐったりとしていた。
煌太は、そのビンを手に取ると
「念のため、外に移動していい? この家の中じゃ落ち着かなくて」
「別に、いいけど」
亜妃はわずかに眉を寄せるが、それ以上言葉を続けることはなかった。
煌太はそれにほっと息をつく。
実際、波留がいつ帰ってくるか分からないし、外の方がアトリアの逃げ道を確保しやすい。
煌太は星のカケラの入ったバッグを手に持つと、玄関から外へ出る。そして、地面を力一杯蹴り家の屋根の上に移動した。そこに、腰を下ろす。
亜妃も隣に腰を掛けると、煌太の様子を観察しているようだ。
煌太はアトリアのビンを膝に乗せつつ、星のカケラの入ったタッパーを開ける。そして、それをひとかけら指で摘みアトリアのビンの中に、そっと入れた。
何か効果はあるだろうか、ドギマギしながら観察していると、星のカケラはアトリアの体の中に同化するように消えてしまう。




