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星の子の願い事  作者: 夕菜
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第4話 4



 煌太はアトリアの入ったビンを腕に抱えつつ、周囲の家の屋根や電柱の上を移動していく。

「アトリアさん、大丈夫? やっと助けられた」

 まだ、亜妃は追いついてこないだろうか。その心配をしつつ、アトリアに話しかける。

「すぐに空に帰れるから、安心して」

「……」

 アトリアは煌太の声をきいているのか、いないのか、ビンの壁にもたれ掛ったまま動かない。しかしその表情は、少しだけ微笑んでいるように見えた。

 その時、後方から黒星が飛んできた。

 振り返ると、暗闇の中、銀色の髪を輝かせた亜妃が追ってきている。人口星としての能力は、亜妃の方がずっと高い。すぐに追いつかれるだろう、そう判断した煌太は屋根の上で立ち止まった。

 追いついてきた亜妃は、煌太と少し距離を置いた位置に足をつくと、

「……どうして、そんなことするの、信じてたのに」

 亜妃は今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべている。

「あはは、こんな僕のことでも信じてくれてたの? ありがとう」

「……」

「ごめんね。今まで大人しくしてたのは、波留くんと亜妃ちゃんからの疑いを晴らすためだったんだ。あと、縛りの力が弱まる時期を狙ってたってのもあるかな」

 煌太は微笑む。

 目に一杯の涙を溜めている亜妃は、こうして見ればただの小学生の女の子。可愛らしかった。

「煌太、波留が悲しむようなことをするのはやめてよ、お願いだから……」

「亜妃ちゃん、波留くんは悲しむことなんてしないよ? 願い主の力があればいつだって僕のこと縛ることができるんだから。僕に裏切られたことが悲しいなら、また縛ればいい話だ。主導権はいつだって波留くんなんだから」

 煌太の言葉に、亜妃は首を左右に振る。

「煌太の言ってることは、その通り、だと思う。でも、そんな単純じゃないの、人間は」

「……」

「波留はいつでもたった一人の願い主だった。それって、孤独だと思う。わたしも人口星だから、波留に寄り添うことはできない、し」

 亜妃は目の淵に溜まった涙を、掌で拭った。

「それに、波留、もう少しで死んじゃうかもしれない……」

「!……」

「もう少しで、子どもが産まれる。波留は父親になる……」

「なんだ~、おめでとう! 波留くんもいよいよお父さんか~」

 煌太は、表情を緩め亜妃に歩み寄る。

 亜妃は顏を上げ、その鋭い瞳でこちらを見た。

「わたしたちの父親は、わたしが五歳のときに死んだの。波留もそうなんでしょ?」

「……」

「願い主を引き継いですぐのことだった……、もうすぐ波留の役目は終わるってことでしょ」

「うん、そうなるんじゃないかな。今までもそうだったし、現に波留くんも昔から体弱いし」

 亜妃の言葉を否定することは、できなかった。

 そうか、今回の願い主は双子で生まれてきた。だから、こんなことになっている。

 亜妃の立場も辛いだろうな、煌太は初めてそう気付いた。

「……やっぱり、そうなんだ」

 亜妃は俯く。

「こんなことになるなら、わたしが願い主になっておけばよかった。あの時、もっと父さんにせがめばよかった」

「……亜妃ちゃんは優しいんだね」

 波留は亜妃の頭にそっと掌を乗せる。

 と同時に、亜妃の放った黒星が手の甲に突き刺さった。血はでないが、煌太は思わず亜妃の頭から手を離す。

「いちいち同情するふりしないで。ホントはどうでもいいくせに」

「……そんなこと言わないでよ。さすがに傷つくからさぁ」

 煌太の手の甲には、大きな穴が空いたがそれはすぐに再生していく。黒星がパラパラと、手の周囲に散らばった。

「話してくれてありがとう、でも、僕にはきっとどうすることもできない。ごめんね」

「……」

「でもさ、星の子ならどうにかしてくれるかもしれないよ」

 煌太はビンの中のアトリアを、亜妃に見せるように手で持った。

 星の子と人口星は、永遠の天敵。それは亜妃にとっても同じだ。

 おそらく、亜妃は星の子のことなんて受け入れられないだろう。けれど、知っておいてほしかった。

「アトリアさんは、初代願い主……夕子ユウコさんの大切な人を殺したけど、トリスさんは違う。人を殺さない星の子だよ」

 亜妃はそれに、表情を歪める。

「……そんなの、信用できない。星の子なんてみんな同じ。人間を利用してるだけ」

「そう言わずにさ。百年以上願い主を慕ってきた僕が、言うんだよ?」

「……」

「だから、トリスさんのことは見逃してほしい。その代わり、アトリアさんの力を元に戻すから。約束するよ」

 煌太は亜妃の前に、アトリアの入ったビンを差し出す。

 亜妃はそれを、ただ見据え奪い取ることはしなかった。

「煌太の言っていることは、一理ある。人口星としてベテランである煌太を、心変わりさせたキッカケは必ずあると思ってたから。でも……」

 亜妃は煌太から、アトリアのビンを奪い取ると、

「わたしは波留のことを悲しませたくない。だから、この星の子は一端家に持ち帰る」

「え~……」

「星の子の力を戻せるっていうなら、また家にきて。波留のいない時間帯教えるから」

 亜妃はそう言うと、後方に飛びのき隣の家の屋根へ移った。

 そして、背を向けると次々と屋根へ飛び移り、煌太の視界から姿を消した。





 それから数日後の真夜中。

 煌太は自宅から離れた、とある場所にきていた。

 周囲には、だだっ広い畑や田んぼが広がっている。その向こう側には、夜闇を飲み込んだ不気味な雑木林も見えた。

 外灯や民家も、数える程度しかなく、周囲は完全な暗闇と言っても過言ではないだろう。

 煌太はそんな中を、一人歩いていた。

 時折、強めの風が吹く。その風で、煌太の探しにきたある物が、飛ばせてしまわないか、心配だった。

「うーん、落ちてると思ったんだけど……」

 煌太が、足元周辺をくまなく観察すると、それは雑草に紛れて落ちていた。それは淡い光を放ったガラス片のようなもの。

「あったあった」

 煌太は拾い上げると、手持ちのビニール袋へ入れる。

 その時、後方から何かの気配を感じたので振り返る。

 そこには、藍実がいた。周囲にはわずかに黒星が漂っている。少し前まで、人口星の姿でいたのかもしれない。

「煌太、こんなところで何やってるの?」

「あ、藍実さん。星のカケラを集めてたんだ~」

 煌太は、手に持ったビニール袋の中身を藍実に見せた。

 その中には、数個の星のカケラとコンビニで購入した氷袋。

「めっちゃファンシーなことしてるね?? ってか、コンビニ袋に入れないで? もっとマシな入れ物ないの?」

 藍実は苦い笑みを浮かべる。

「え~、これしかなかったんだよ。氷買ったときに、丁度いい具合の袋がもらえてよかったなって。こうして冷やしておくとね、光の持ちがいいんだ」

 煌太は袋の中の星のカケラを一粒、手に取る。

 それは、淡い青色や緑、紫などに変化し、煌太の掌の上にある。まるで呼吸しているような、そんな色の移ろいだった。

「ふぅん……、めっちゃキレイ……」

 藍実は星のカケラを見据え、そう呟く。

「藍実さんは、どうしてこんなところに?」

 星のカケラをビニール袋に戻しつつ、煌太は問いかける。

 藍実がそれに、「えーと」と言って、視線を泳がせたので、煌太は思わず微笑んだ。

「もしかして、星の子の気配を感じたから?」

「まぁね! だって、その星のカケラ、気配が同じだし」

「確かに似てるよね。特に最近は、よく降ってくるから……もしかしたら、星の子の誰かかが寿命を迎えたのかもしれないね」

「……星の子にも寿命ってあるんだ」

「うん、トリスさんが言ってた。もしかしたら、これは星の子になり損ねた星のひとかけらかもしれない」

 煌太は夜空を仰ぎ目を細めた。

 光が溢れた街中とは、真逆のこの場所は星がよく見える。そんな場所でないと、星のカケラを見つけることは難しいだろう。

「で、煌太は星のカケラなんて集めてどうするの?」

「……これをアトリアさんにあげれば、もしかしたら元気になるかなって」

 煌太の言葉に、藍実は驚いたような顏をした。

「まえにアトリアを逃がすって言ったこと、諦めたわけじゃなかったんだ」

「そんなことしないよ? 星のカケラが降ってくることは昔から知ってたけど、アトリアさんのためになるかもって思いついたのは数年まえかな。それからは、なるべく探しにいくようにしてたんだ~。けっこう集まったよ~」

「何で教えてくれなかったの? 協力するって言ったのに」

 藍実は不満げに眉を寄せるが、煌太は曖昧に微笑むことで精一杯だった。

「えー、だって確証ないし……僕が勝手に思いついたことだから……」

「また、そんなこと言ってる! やるなら全力でやらないと意味ないじゃん。一人より二人で集めた方が効率いいに決まってるし」

「うん、それもそうなんだけど」

 藍実は溜め息をつくと、にっこりと笑って、

「じゃー、あたしは向こうの方探してくる! あ、あと家から保冷剤と保冷バック持ってくるから。そんなんじゃ、すぐ氷解けちゃいそうだし」

 そう言うと、踵を返し歩きだす。そして、近くの電柱に飛び乗ると民家の向こう側へ姿を消した。

「……あ。何かこーいうの久しぶりだなぁ」

 煌太は呟く。

 今まで長い間、一人で行動することが当たり前だったのですっかり忘れていた。

 何かを誰かと協力して、そう思うことなんてなかった。

「全然悪くない、うん。嬉しいな~」

 今度からは、もう少し藍実さんのこと信じてみるよ。

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