第4話 3
数日後、煌太は波留の家にきていた。
手には、先日渡せずに終わったクマのぬいぐるみと、今日購入したばかりのショートケーキの箱を持っている。
その他に自分のカバンもあるので、なかなかの大荷物になってしまったが波留や亜妃が喜んでくれるなら問題ないだろう。
玄関まで続く道のわきには、木々や草木が植えられていた。そのため玄関さきは、いつも薄暗い。
波留が玄関のチャイムを鳴らすと、中から誰かが走ってくる足音、そして、戸が開いた。
「煌太、いらっしゃい」
「亜妃ちゃん、久しぶり~」
そこに立つのは、亜妃だった。
銀色の髪に、金の瞳。外見年齢は、十歳のまま止まっている。
「じゃぁお邪魔するね」
煌太は微笑むと、靴を脱ぎ屋内へ足を進めた。
「……今日、藍実は? 一緒にくるって言ってなかったけ」
リビングに案内されると、亜妃が呟くような声でそう言った。
「うん、急な仕事でこれなくなっちゃたんだって。これ、みんなで食べよ」
煌太はショートケーキの入った箱を亜妃に見せると、微笑む。
「ありがと。わたし甘いものすき。コーヒーでいい?」
「うん、ありがとう」
亜妃は煌太からケーキの箱を受け取ると、キッチンの方へパタパタと駆けて行った。
しばらくすると、亜妃が二人分のケーキとコーヒーをお盆に乗せ戻ってくる。そして、テーブルの前に座っている煌太の前に並べ隣に腰を下ろした。
「あれ、今日波留くんは?」
波留の分のケーキとコーヒーがないことに違和感を持った煌太がそうきくと
「……今日は体調悪くて寝てる」
そう応えた亜妃は、唇を噛みしめ目を伏せる。いつも淡々としていることが多い亜妃にしては、珍しい表情の変化だった。
「そっか。残念だなぁ、折角結婚祝い持ってきたのに」
煌太は紙袋から、透明な袋に入ったクマのぬいぐるみを取り出した。リボンでラッピングされており、くまの可愛らしさがより引き立っている。
「ほら、かわいいでしょ。肌触りもふわふわして気持ちいいんだよ~。それに、この水色のクマ、波留くんっぽいし」
「……センスない。波留はこーいうの喜ばない」
亜妃の無表情の顏で、当然のごとくそう言った。
「え、そうかなぁ」
「波留、もう二十歳だしこどもじゃないから」
「あはは、そうだった。もうとっくに大人だったよね」
煌太からすると、十歳も二十歳もそれほど変わりないのだが。
大人の姿の波留が、ぬいぐるみを抱きしめている姿を想像すると、確かにあまり似合っていなかった。
「……でも、お嫁さんは喜ぶと思う。あとで、渡しておく」
「なら、よかった。よろしくね」
煌太はクマを紙袋に戻すと、それを亜妃に手渡した。
「お嫁さんもここに住むみたいだから、わたしは家でようかなって思ってる。こんな姿じゃ、手続きとか無理だから、そーいうのは母さんか波留に頼もうかなって」
煌太はショートケーキをフォークで切り、それを口にいれた。
昔から食べているケーキは、いつも変わらないお気に入り味と触感だ。
「え、そうなの? 大きい家なのに……それに……」
「こっちの事情は、まだ伏せてるから。歳の離れた妹を演じるのも疲れるの」
亜妃もケーキを口に運びつつ、そう言った。
「そっか。……あ! 今僕の住んでいるアパート、隣の部屋空いてるよ。そこにしなよ。ここから距離も近いし……いいと思うよー」
「……」
煌太が並べた言葉に、亜妃の表情に特別な変化はなかった。しかし、何処か呆れているような、そんな表情にも見える。
「煌太ってさ……ほんと口上手いよね。波留が信用できないって言ったの分かる」
「え、亜妃ちゃんもそう思ってたの? ショックだなぁ」
「……まぁ。悪いことではないと思うけど」
「あはは。褒められた」
亜妃はコーヒーを飲みつつ、僅かに微笑んだ。
「波留の様子だけも見ておく? もしかしたら、起きてるかもしれないし」
「うん、そうさせてもらおうかな」
煌太は亜妃に続いて立ち上がると、波留の部屋がある二階へ歩みを進めた。閉められているドアを半分だけ開け、中の様子を窺がう。
広々とした部屋の端に置かれているベッドには、波留が眠っているようだった。サイドテーブルには、何かの冊子とスマートホンが置かれている。
「やっぱり寝てるみたい。わざわざ来てもらったのに、申し訳ない」
「いいんだよ~。寝かせておいてあげよ」
煌太はそう応えつつ、波留の部屋を見渡した。
本棚の空きスペースに、アトリアの入ったビンが置かれている。カーテンの閉められた部屋で、そのビンだけが淡い光を放っていた。
「……銀色の星の子、まだ消滅はしてないんだね?」
「うん、最近血液の採取はしてないから。そろそろ青色の星の子がきてもおかしくないって言ってた。星の子にとっての十年と、わたしたちの十年の感覚は違うからって」
「それも、そうだよね」
波留は寝ているようだし、縛りの力も弱くなってきている。
今がチャンスだ。
煌太は波留の部屋に入ると、アトリアの入ったビンを手にとった。そして、出窓のガラスを黒星で破壊し外へ飛び出す。
「煌太!!」
亜妃がそう叫ぶのが聞こえたが、構わなかった。
そもそも自分を家にあげたことが失敗だったんだよ、甘いなぁ。
そんなことを考えつつ、煌太は微笑んだ。
「亜妃、追ってください」
その声に振り向くと、ベッドの上で上半身を起こした波留がこちらを見ていた。
すっかり大人の姿になってしまった波留。けれど、その苦しげな表情は昔と何一つ変わっていなかった。
わたしは波留をどうやったら救うことができるのだろう。
物心ついたから時から持っているその気持ちは、今でも大切に大切にしまってある。
「……言われなくても、分かってる」
亜妃の周囲に黒星が漂う。
そして、駆け出すとベランダの柵を飛び越え煌太の後を追った。




