第4話 2
次の日。
藍実は仕事を早々に切り上げて、電車に乗り込んだ。
波留の家がある駅は、職場からそう遠くない。十五分もあれば到着するだろう。
窓に流れゆく街並みは、暗闇に染まりつつある。藍実にとって、ほっとできる時間帯だった。
煌太が自ら波留に会いにいくなんて珍しい。突然どうしたのだろう。もしかして、アトリアを逃がす作戦でも思いついたのだろうか。
そうだとしたら、全力で協力するつもりだ。
あの日煌太が涙を流したことは藍実にとって、驚き以外何物でもなかった。いつも平然として見える彼だったので余計だ。
そんなことを考えつつ、目的の駅で降り改札を抜ける。
「えっと、確か波留の家はー……」
藍実は、駅の階段を駆け下り、歩みを進めた。
藍実の職場より田舎よりのこの街は人通りが少ない。駅の周囲には駐車場と、寂れたバス停があった。
待ち人がいないバス停の横を通り過ぎ、藍実は波留の家へ歩みを進めた。住宅が並ぶ細い道をすすんでいく。
「?……」
その時、藍実はある違和感に気付く。
自分の後方から、誰かがつけてくる気配がする。
振り向かなくても、それだけは確かだった。電車に乗っている時から感じた、妙な視線は気のせいではなかったらしい。
「はぁ……」
一体どうしたら。
藍実は、スマートホンを確認するふりをして、その場で立ち止まった。
少し、考えた結果……
ここは一発殴って、潔く諦めてもらおう。という結論にいたった、その時、後方から口元を押さえつけられる。
「!」
強い力だ。だが、全然弱い。
女性だからと言って、なめてかかったことを後悔させてやる。
藍実はその誰かに、力一杯肘打ちをくらわせていた。
同時に振り返ると、男性が勢いよく吹っ飛び、離れたブロック塀に叩き付けられている様子が目に入った。
サラリーマン風の彼は、「うぅ」と声を漏らし、塀にもたれ掛る。
「やば、やりすぎた……」
人口星になってからというもの、力の加減が難しい。今でもガラスのコップを持つのは苦手だった。
「襲ったのがあたしじゃなかったら、犯罪者になってましたよぉー」
藍実はそんな言葉を投げつつ、この場を去ろうとするが、
「……こうすれば正体を暴けると思っただけだから、犯罪者にされるのは気に食わないな」
「!」
と男性が呟いたのが聞こえたので、思わず歩みを止める。
見ると、彼は弱り切った様子で立ち上がりこちらを見ていた。
「……やっぱり望月さん、人間じゃなかったんだね」
「って! よく見たらあんた、先週本社から異動してきた……えっと、誰だっけ」
同じ職場ではあるが、別部署なので名前までは把握していなかった。
「青木だよ、青木佑真。朝礼のとき、自己紹介したでしょ?」
佑真は、呆れたようにため息をついた。
「あは、そうだったっけ。きいてなかった」
「ほんと興味ないんだね、まぁオレも同じようなものだし分かるけど」
藍実はスタスタと佑真の方へ歩みより、口元を緩める。
「ねぇ、青木さん、どうしてあたしが人間じゃないって気付いてたのー?」
藍実の言葉に、佑真の表情がわずかに引きつる。そして、彼はカバンの中からスマートホンを取り出し、スクリーンを操作するととある画像を藍実に見せ言った。
「やっぱりこの女子高生って望月さんだったんだ」
「!」
その画像は、十年前、初めて星の子を消した自分だった。
人口星の姿をしていて、隣には波留らしき人物も写っている。
「ルコルのこと消滅させたこと、許してないから。せめて犯人の証拠を残しておこうと思って、撮っておいたんだよ」
「へぇやるじゃん。で、どうするのその写真」
「社内メールでばら撒こうかな」
「!」
「上司からきいたけど、十年近くいるんだね、今の会社。よほど居心地いいんだね」
「……サイテー」
「ルコルのこと、許してないって言ったでしょ?」
「……」
「あ、あと社内の誰かがネットに流す展開も十分ありえるね」
藍実はその言葉と同時に、佑真のスマートホンを奪い取った。彼の手が伸びるまえに、力一杯握り潰す。
「あは、脆いなー機械って」
藍実はスマートホンの破片を、コンクリートの道の上に払い落とすと
「これを壊したとこで、あんたのことだから、どっかにコピーとってありそうだけどぉ……」
そう呟いている藍実の周囲には、いつの間にか黒星がチカチカと漂っていた。
黒い筋が腕や足に伸びてくる。
「どうしよっか。殺しちゃってもいいんだけど」
佑真が一歩二歩後ずさる。このまま逃げられるもの面倒なので、藍実は黒星を佑真に向けって放った。
黒星は勢いよく、佑真の太ももや腹に貫通する。
同時に血が溢れ、コンクリートの地面に見る見るうちに広がっていった。
「うわ、血やば……こんなにでるんだ」
自分の着ている白いシャツや、顏にも血が飛び散った。藍実はその血を掌で拭うと、カバンの中から試験管を取り出す。
その中には、星の子の血液が入っていた。やはり、携帯しておいて正解だった。
藍実は倒れている佑真の顏を正面に向かせ、無理やり口をこじ開ける。
そして、その中に星の子の血液を流し込んだ。
「これで仲間も増えるし一石二鳥っとっ」
藍実は最後の一滴まで、血液を流し込むと空になった試験管を後方に放り投げる。
意識を朦朧とさせている佑真が咳き込み、吐き出しそうになったので、藍実は彼の口を掌でおさえた。
「あ、だめじゃん、吐いちゃ。ちゃんと飲んで!」
ゴクリゴクリと血液を飲み込む音が聞こえた。
+
煌太は学校が終わると、波留の家に向かっていた。
駅ビルのショップで購入したのは、波留への結婚祝い。水色のクマと桃色のクマのぬいぐるみだ。水色のクマの首元には、星モチーフの首飾りがついている。波留にお似合いだと思った。
今日はこれを渡すために、藍実も誘い波留の家に行く。
「あれ、藍実さんに波留くんの結婚のこと言ったっけ」
言っていなかったような気もするが、どうにかなるだろう。
波留の家のある駅でおり、煌太は歩みを進める。いつ訪れてもこの街は、人気がなく穏やかな時間だけが漂っているように感じた。
住宅が並んでいる角を曲がろうとしたその時、黒星が煌太の頬をかすった。
「!」
「なんだ、煌太かーー、びっくりさせないでよ」
そこには、人口星の姿をした藍実がいた。
彼女の服や頬には、血かこびり付き、その隣には血まみれの男性が横たわっている。
「藍実さん、その人は?」
「あー……うん、実は正体気付かれちゃって、ばらされるのも困るから、人口星にしようとしたんだけどー」
藍実が気まずそうに目を伏せる。
道端には、空の試験管が転がっていた。間違いなく藍実は、血液をその男性に飲ませたのだ。
「人口星にならないの、何でだろー……」
「……前に言ったよね。生きたいって強く思ってないと人口星にはならないって。藍実さん、その人にちゃんと死にたくないとか生きたいって言わせた?」
煌太は微笑む。
「やば、忘れてた。でも、わざわざ口にしなくても……」
「うーん……口にすることって意外と大事だよ。まぁ口にしたところで、こうなる展開は変わらなかったかもだけど……素直に生きたいって思うことって、けっこう難しいってことだよね」
煌太は男性の方へ歩み寄ると、彼の首元を掴み目線の高さまで持ち上げる。
どうやら、意識はあるようだ。
「藍実さんのこと、周りに話したら承知しないから。もし、話したら……どうなるか分かってるよね?」
煌太は彼の耳元でそう囁いた。そして、手を離す。
「これでよしっと。あとは救急車呼んで……」
煌太はこの場から離れつつ、スマートホンから救急に電話をかけ「通り魔に襲われたと言っている男性が倒れてます、すぐにきてくだい」と適当に説明すると通話を切った。
煌太の隣を歩いている藍実は、申し訳なさそうに眉を寄せた。
「ごめん、迷惑かけたね……」
「大丈夫だよ~。人口星の適性を判断するのってけっこう難しいよ」
「……」
藍実は無言で、バッグから薄手のカーディガンを取り出すと、それを血まみれのシャツの上に羽織る。
「はぁ、サイアクの気分。あそこまで出来ちゃった自分が怖いんだけど。下手したら人殺しになるのに」
「藍実さんは、人口星の適性がありすぎるんだよ。だから、今日波留くんの家に行くのはやめておいた方がいいかもしれないね……別の日に僕一人で行ってくるよ」
今までの藍実の行動を観察していると、自分より適性があることは明らかだった。
積極的に波留に会いたがるし、星の子を消している彼女の姿はとても活き活きしているから。
このままでは、自分にとって敵になるかもしれない、そう感じずにはいられなかった。
昔に約束した「アトリアを逃がすことに協力する」という発言も、今も有効かどうかは正直わからなかった。
「適性って……、あたしより長く人口星やってる煌太に言われたくないんですけどー」
「あはは、それもそうだよね。今は、波留くんの縛りがまえより弱くなってるみたいだ。藍実さんは感じる?」
「え、そうなの? まえと変わらないけど」
「そっか。弱くなってるって言っても、ほんの少しだから……」
「ふぅん。まぁ今日は波留の家行かない方が正解かも。服も汚れちゃったし、化粧も直さないとだし」
「うん、今日はやめとこ」
煌太は頷いた。
遠くから救急車のサイレンが聞こえる。
次の電車までどこで時間を潰そうか、そんな話をしながら煌太と藍実は駅へ向かう道をたどって行った。




