第3話 6
煌太は、藍実の様子を確認するため、建物内へ歩みを進めた。
すると、階段の踊り場の壁に寄りかかり、ぐったりとしている彼女の姿が目に留まる。
人口星になりたてにも関わらず、波留は藍実に対して容赦ない。最初から星の子を消滅させるような力を駆使させている。そうすることで、人口星としての使命を彼女に植え付けているのだ。
藍実はそれに上手く対応してしまったので、きっと人口星としての適性がある。きっと自分よりも。
煌太は、藍実の前にしゃがみ込むと
「藍実さん、立てる? 早く移動しないとここにも人がくるよ」
「分かってるけどー……無理……なんだって……」
藍実は顔色を悪くして、途切れ途切れにそう口にする。
藍実が苦しげに咳き込むと、口を覆った掌から、黒の星々が漏れ出した。
より表情を歪める。
「……波留くんは、ちょっとやりすぎだね。藍実さん、家まで送るから背中にのって」
煌太はしゃがんだ体勢のまま、藍実に背を向けた。
「う……ありがと」
藍実が背中に乗ったことを確認すると、煌太は屋上へ引き返し駆け出した。
勢いをつけたまま、屋上から街並みへ飛び出す。隣のビル、電柱の上などを移動して煌太は藍実の自宅へ向かった。
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煌太は藍実が目を覚ますのを、彼女の家のリビングで待っていた。
ソファで横になっている藍実は、今朝よりも大分顔色がいい。そろそろ日も沈む時刻なので、体にうける負担も軽減されるはずだ。もう少しで目を覚ますかもしれない。
煌太は、スマートホンでインターネットのニュースを確認する。
どうやら藍実のことは話題になっていないようだ。
「……」
煌太は、ほっと息をつく。
あんな街中で、星の子を追いかけること自体、とても危うい行為だと煌太は思う。
当然だが、人口星の存在なんて世間では知られていないし星の子の存在も基本的に人間には見えない。
藍実が人間ではないとバレしまったら、きっと大変なことになる。
その時、藍実がむくりと体を起こした。
「ここ……あたしの家、帰ってきたんだ」
「うん、ここにくるまでに藍実さん、気絶しちゃったから……あと、家のカギかかってから無理やりこじ開けちゃった、ごめんね」
「はーー? ったく……まぁでも、運んでくれてありがと」
藍実はそう言いつつ、テーブルの上へ目を向けた。
そこには、藍実が寝ている間に煌太が買ってきた、おかしやらジュースやらが大量に並べられている。
藍実はそれに目を見開く。
「めっちゃ大量じゃん。煌太が買ってきたの?」
「うん、藍実さんが起きたら一緒に食べようと思って」
煌太は微笑む。
「ありがたいけどぉー、甘いものしかないってどういうこと??」
藍実は苦笑しつつそんなこと言う。
「甘いものは疲れがとれるんだよ、早く食べよ」
煌太はそう言って、藍実にペットボトルに入ったオレンジジュースを差し出す。
藍実は受け取ると、煌太の隣に腰を下ろした。
「……煌太が逆らえないって言ってたの、すごく分かった。波留くん、あんな子どもなのに最強すぎるんだけどっ」
藍実はオレンジジュースを飲みつつ、ビスケットの袋を開ける。
「うん、子供でも関係ないよ? 願い主は僕たちの王様みたいなようなものだから」
「あは、王様。あんなかわいい小学生が……あのさ、一応きくけど元に戻る方法ってないわけ?」
藍実は板チョコをかじっている煌太にそう問いかけた。
その表情は、不安に満ちている。
「あるにはあるけど、あまりおすすめは出来ないかなぁ」
「……何? 教えて!」
この方法を知ったところで、藍実には何もできないだろう、煌太はそう思いつつも口を開いた。
「波留くんを殺すこと。そうすればおそらく、「願い事」は取り消ししなるし元に戻れるんじゃないかな。やったことはないから、確証はないけど」
それをきいた藍実の顏が引きつった。
「ごめんね。夢も希望もない話で。実は昔、願い主を殺そうと思って計画を練ったこともあったんだけど、実行することはできなかったんだよね、星の子を殺すことと人間を殺すことはまた別だし」
「当たり前じゃん! 人を平気で殺せるようになったらそれこそヤバいって」
藍実はビスケットを大量に掴むと、口の中に放り込んだ。オレンジジュースで流し込む。
想像していたより藍実は落ち込まない、煌太は少しだけほっとし言葉を続ける。
「まぁでも……わざわざ殺さなくても、波留くんもいずれ死んじゃうけど。人間はすぐにしぬから……」
「まー……そりゃーね」
「願い主の寿命って、他の人に比べて短いんだよね。多分波留くんも、三十まで生きていたらいいほうだ。だから、あと少したったら、結婚してうまれた子どもに願い主を引き継ぐんじゃないかな。今までと同じように」
「……ふぅん。そーいう仕組みね」
「うん、藍実さんもこれから百年以上平気で生きられるよ。高校生の姿のままで」
煌太はにこりと笑って、ペットボトルのカフェオレに口をつける。
甘ったるい砂糖の味が、口いっぱいに広がった。
「冗談じゃない! あたしは普通に歳とって普通に死にたいの! そもそも煌太があたしのことを……」
「だって藍実さん、あの時死にたくないって言ったよね?」
「はーー? あんな状況だったら誰だってそう言うし!」
藍実はオレンジジュースを、力一杯テーブルに置く。その衝撃で周囲に置いてある箱のお菓子が、一つ床に落ちた。
「人口星って誰でもなれるわけじゃないんだよね。死にたくないって強く思っていることが条件なんだよ」
「あーー、なるほどね! わざわざ手間かけさせちゃったってわけだ!」
「うん。そうでもしないと、死にたくないって思う機会なんてないでしょ。僕も病気じゃなかったら、人口星にはなってなかったかも……あの頃はいつも死にたくないって思ってたから」
藍実はそれに、表情を僅かに曇らせる。
同情してほしくて言ったわけではないが、藍実は煌太よりもずっと人の気持ちに敏感ということなのだろう。
「はぁ、もうこの話はやめにしない? 人口星になっちゃったもんは仕方ないし。元に戻る方法もそのうち見つけるとしてっ、今なら願い主に逆らえない気持ちも分かる……もうそのことで煌太のこと責めるつもりはないから」
「ありがと。藍実さんのそーいう前向きなところ好きだなぁ」
煌太は藍実に笑いかける。
わずかに藍実の顏が赤くなったのが分かった。
「……で、いいの? トリスのこと」
藍実は煌太から顏を背けつつ、そう言った。
「あれ、知ってたんだ?」
「……中にいても、話してる声はきこえたから」
「……そうか~」
……アトリアとトリスが共に空へ帰ってくれれば、好都合だったのに。
そうすれば、トリスが地上へくる理由はなくなる。自分がトリスのことを消滅させることもなくなると思ったのに。
おそらく自分は、次トリスに再会した時、躊躇いもなく彼女のことを消すだろう。今回はギリギリで逃げ切ってくれたので、それは免れたが次は確実だ。
「煌太、どうしたの? 急に黙っちゃって」
「んー……どうしようかなって。トリスさんのことは消したくないな」
今まで人口星として星の子を消してきたが、そうすることを躊躇った星の子は初めてだった。
そのような自分を発見できて、嬉しかった。人口星でない自分を、人間としての自分を感じることができた気がしたから。
けれど。
じわじわと心臓が熱くなる感覚がする。冷めきった何かが、少しずつ動き出す。
「ええ! もしかして、泣いてる? ちょっと、大丈夫?」
藍実が心配そうに煌太の顏を覗き込んだ。
その時煌太は、自分が泣いていることに気付いた。今さら涙がでるなんて、思いもしなかった。
「あれ、どうしたんだろ、僕。泣くなんて、まるで人間みたいだ」
煌太が手で涙を拭うと、それは正真正銘、透明な水滴だった。
拭っても拭っても、涙は煌太の目からあふれ出す。信じがたいが、自分はまるで人間のように泣くことができている。
「何言ってるの? 人間に決まってるじゃん。そんなこと気にしてたの?」
藍実は驚いたように、そう口にする。
「……気にしてるつもりはなかったんだけどなぁ。もうとっくに割り切ってるつもりだった……」
「人口星である以前に、煌太は人間だからね? 長生きしてる人間ってぐらいの認識でいいと思うんだけど」
藍実は苦笑した。
当たり前のように、藍実は自分のことを人間として認めてくれていた。
「そーだ! あのビンに入ってる星の子を逃がしてあげれば、トリスも捕まらなくて済むんじゃない?」
藍実は表情を、ぱっと明るくし
「トリスが地上に戻るまえに、ビンの星の子を空に帰すことができればいい話じゃん!」
「……確かにそうだね~。でも、そんな上手くいくかなぁ。アトリアさんも空に帰る体力が残ってるかどうか……」
「……ったく、やってみないと分からないじゃん」
藍実はやれやれという風に、ため息をつく。
「アトリアだっけ? その子のこと逃がしてあげよーよ! あたしも協力するから」
「……うん」
煌太は戸惑いつつも頷いた。
煌太が考えもしなかったことを、藍実は当たり前のように考え口にすることができる。
一度、波留に疑われてしまった自分が、そのようなことできるはずない、そう思い込んでいたが……やはり諦めたくなかったのだ。
藍実の言葉で、改めてそう思った。
「……」
煌太は微笑み、板チョコをかじると
「藍実さん、ありがとう……そうだ、あと一つ、言っておきたいことがあったんだ」
「え、何?」
「日焼け止め塗るといいよー」
煌太は目一杯の笑顔を浮かべる。
「は?」
「外でるとき。そうすれば、昼間歩くのも多少楽になると思う」
「ってか! そんなんでいいの??」
「うん、今は便利なものがあるからいいよね~。僕も日差しがキツイ季節は使ってるんだ。ちなみにおすすめのメーカーは……」




