第3話 5
トリスは、カノに肩を借りつつ、ある程度離れたところにあるビルにきていた。
「大丈夫か、トリス」
カノは人気がない屋上の端に、トリスを座らせる。
「ええ、ホント助かったわ、ありがとう」
自分が支えてあげなくては、と思っていたカノが今ではこんなにも頼もしい。
収穫祭に参加したカノのことを心配していた以前の自分に、とことん呆れてしまった。
「カノがきてくれなかったら、ホント危なかった……」
トリスはそう呟きつつ、自分の体を観察する。
ふくらはぎと腹からは、まだ光の粒があふれ出しているが、ここで休んでいれば徐々に回復してくるはずだ。
カノはそんなトリスのことを不安げな表情で見ると、隣に腰を下ろす。
「……トリスは藍実がどうしてあんなことになってるか知ってるか?」
トリスはそれに、首を左右に振った。
「いいえ……でも、本人の意志ではなかったみたいよ……」
「……」
「だから、ルコルが消滅したのは藍実のせいじゃない」
トリスは自分に言い聞かせるためにも、そう言った。
だから、藍実のことを恨んではいけない。
おそらく藍実は、被害者だ。
「……そうだよな」
カノは弱々しく微笑んでそう言うが、目の淵にはまだ涙を溜めている。
トリスはふぅとため息をつくと、考えを巡らせる。
藍実のあんな姿を見てしまったカノが、傷つくのは当たり前だ。
「あの本の内容……事実だったってことよね……」
トリスがボソリと呟くと、カノは眉を寄せる。
「本?」
「えぇ、きっと藍実は人口星よ。星の子を仇にしている存在……」
カノに詳しく説明したいが、意識が途切れていくのが分かる。
それにあの本、道端に置いてきてしまった。カノに説明するには、あの本があった方がいいのだけれど……。
「トリス、無理するなよ……。今は休んだ方がいいぞ?」
カノがそう言うのが聞こえたので、トリスはコクリと頷く。
そして、目を閉じた。
+
トリスは、誰かに肩を揺さぶられて目を覚ました。
「トリスさん、大丈夫?」
「!……煌太」
見ると煌太が不安げな顏で、トリスの顏を覗き込んでいた。
隣のカノも目を覚ましたらしく、トリスに続いて立ち上がる。
周囲は暗いが、東の空は微かに明るい。ほどなくすれば、完全に日が昇るだろう。
「……トリスさん、これ落としたよ」
煌太はカバンの中から、「ほしの子とじんこうぼし」の本を取り出しトリスに差し出す。
「あ、ありがとう。助かるわ……」
トリスはそれを受け取る。
どうして自分が落としたと分かるのだろう。
どうしてこんなところに煌太が? そのような思考を巡らせるが、今は別の事実を煌太に伝えたくて仕方なかった。
「実は、藍実が大変なことになってるの……まるでこの本にでてくる……」
「知ってるよ。見てたから」
煌太はいつもと変わらない、落ち着き払った表情でそう言った。
「ごめんね。助けにいけなくて。藍実さんのことも助けたかったけど、やっぱり、波留くんの近くにいると意識を奪われやすいんだよ~」
「え……」
言葉を失っているトリスに、煌太は微笑む。
「僕も藍実さんと同じ人口星なんだ」
「ちょっと、煌太、何言っているの? あなたはわたしにいろいろ協力してくれたじゃない」
煌太はそれに首を左右に振る。
「ごめんね……騙してたみたいで。自分のことを話すのは苦手でさ……きっとうまく話せないし……」
「……じゃぁ、この本は、本当なのね?」
「……うん。大体はホントだよ」
「そう……」
トリスは俯く。
煌太が人口星というのも、ウソではないだろう。
この本に登場する人口星にされてしまった少年は、何処か煌太と似ていたから。
「星の子のことはあまり好きじゃなかったけど、トリスさんとか……カノさんに出会てよかったよ~、長く生きてるとそれなりにいいこともあるんだね~」
煌太はそう言いつつ、カバンから何かを取り出した。
それは、ビンに入った銀色の星の子だった。
「え!? 姉さん! ちっちゃ!」
彼女は間違いなく、アトリアだった。
トリスの知るアトリアとは大分違ってしまっているが、彼女は百年前の収穫祭の日に別れたままだった自分の姉だ。
「ほんとにアトリアなのか? だいぶ小さいなっ?」
カノがトリスの隣で呟く。
アトリアはビンの中で力なく微笑んでいた。
その微笑みを見たトリスは、思わず泣きそうになる。
外見は変わってしまったが、百年前と何一つ変わっていない。
「詳しいことを話してる時間はないみたいだ。ごめんね、お姉さんと一緒に早く夜空街へ帰って。地上にいると危険だから」
煌太はアトリアの入ったビンを、トリスに手渡そうとする。
「……え?」
その時、建物の中へ続く扉が勢いよく開いた。
そこにいるのは、琥珀色の髪を持つあの時の少年と藍実。
「早く逃げて!」
煌太はそう叫んでアトリアのビンをトリスに押し付ける……が、それは藍実の黒星に弾き飛ばされ、地面に転がった。そして、ビンは少年の足元まで転がっていき、彼はそれを拾い上げる。
「煌太さん、こんなところにいたんですね。ダメですよ、星の子なんかと仲良くしちゃ」
「……波留くん、ごめんね。僕、どうかしてたみたいだ」
……みるみるうちに、煌太の姿は人口星に変化していく。
その様子に思わず見入っていると、カノが叫んだ。
「トリス! 逃げるぞ!」
カノはトリスの腕を引き空へ飛び立つ。
「ちょっと待って! 姉さんが……っ」
「そんな体じゃ、取り返すまえに粉々にされるぞ!?」
確かに、今のトリスは藍実に攻撃された傷がまだまだ癒えていない状態だった。こんな体では、アトリアを取り返すよりも自分が消滅する方が明らかに先だ。
やっと、再会できたのに。
あと、もう少しだったのに。
その時、煌太の周囲を取り巻く黒星が、トリスとカノに襲いかかる。
藍実の使う黒星より力強い動きをするそれは、トリスの左足を突き抜けた。
「!」
瞬く間に、トリスの足は粉々になる。
光の粒があふれ出し、夜空にサラサラと流れ出した。
「……」
「あぁトリス、しっかりしてくれ……」
カノは震える声色でそう呟き、上空へ上空へと登っていく。
意識が半分途切れているトリスは、見る見るうちに遠くなっていく地上界をただ眺めることしかできなかった。
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煌太が力の限り放った黒星は、二人の星の子に僅かに届かなかった。
もう一度、そう思い両手を上空へと掲げる。
その時、煌太の後方から素早く誰かが駆け抜けた。
彼女……亜妃は、屋上から飛び出し、隣のより高いビルへ飛び移る。そして、周囲に黒い流れ星を発生させ、星の子へ放った。
しかし、それらは二人に届くことなく空を切る。
「亜妃ー! もう追わなくていいですよ! それ以上は危険です」
波留が屋上の手すりから身を乗り出し叫ぶと、それに気付いたらしい亜妃はこちらのビルに戻ってきた。
「……ごめん。くるのおそくなった」
亜妃は姿を人間に戻しつつ淡々とした様子で、波留にそう言う。
亜妃は波留と双子の兄弟だが、その容姿は波留とは似ていなかった。
銀色の髪に、金色の瞳を持っている。
「願い主」の波留と一番身近な存在である亜妃は、人口星になる際により多くアトリアの血を飲んだのかもしれない。だから、こんなにも人間離れしている。
波留は苦笑しつつ、
「亜妃ー、図書館でかりてきた本も読むのもいいですけど、こっちのことも頼みますよー?」
「言われなくてもわかってる」
亜妃は、そう呟き明後日の方を向いた。
煌太はそんな亜妃に声を掛ける。
「亜妃ちゃん、今度どんな本読んだのか教えてよ~」
「……煌太、本読むの好きなんだ?」
「まぁね~」
亜妃の表情が、僅かに明るくなったのが分かったので煌太は微笑んだ。
その時、東の空から太陽が昇ってくる。雲の切れ間から届くオレンジ色の光は、煌太たちの立つ屋上を明るく照らし出した。
「!」
それと同時に、藍実が苦しげに背中を丸くする姿が目に留まった。
煌太は駆け寄ると「中に入ろうか」と声をかけ、彼女の背中に手をまわして建物内へ続く扉の方へ誘導する。
その時、波留が言った。
「煌太さん、おれのこと裏切るつもりだったんですね?」
肩越しに振り返ると、波留はその口元から笑みを消し表情に暗い影を落としている。
「……この星の子は人口星をつくるための大事な資源です。解ってますよね?」
波留はその手に、アトリアの入ったビンを力強く握りしめていた。
煌太は、藍実が建物内へ入る姿を見届けると波留の方へ歩み寄る。
「うん、分かってる。裏切りなんて、そんなことしないよ~? だってさ、僕の願い主は波留くんだけだから。人口星の存在なんて、願い主なしには成り立たない、そうでしょ?」
「……煌太さんは、本当に口がお上手なんですね」
波留は、苦しげに微笑んだ。
今の言葉も、煌太の本心には変わらないのだが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。
「波留くん、僕は……」
煌太が言いかけると、波留は服のポケットから試験管を取り出した。そこには、星の子の血液が入っている。
「これ、もう一本、飲んで下さい。それで、その言葉が嘘でないことの証明になります」
「……」
「おれは煌太さんのことが正直、よく分かりません。だから、信じられない。信じられない人とは一緒にいたくありません」
波留の瞳が、煌太を捕える。
わずかに残る自分の意志が、頭の隅でくすぶっていた。
飲んではいけない。飲んだらより縛りが強くなる。
もしかしたらトリスさんのことも忘れてしまうかも。
けれど、逆らうことは難しかった。
波留の言葉に従うことが、何よりも大切なことに思えてくる。
「うん、もちろん飲むよ」
煌太はそう言って、波留から試験管を受け取る。
その時、亜妃がそれを奪い取った。そして、なんの躊躇いもなく血液を飲み干す。
「! 亜妃、勝手なことしないで下さい」
波留が慌てる様子も気に留めることなく、亜妃は「うまい」と言って空の試験管を波留に押し付けた。
「波留。心配する必要は、ない。煌太は百年以上生きている立派な人口星。だから、今ここにいる」
「……」
「父と祖母、その前からわたしたちの祖先と一緒に生きてきた。だから、わたしたちを裏切り見捨てるようなことは絶対にしない」
亜妃は淡々と言葉を並べると煌太を見据え、僅かに口元に笑みを浮かべた。
血液を飲んだ亜妃は、よりアトリアに似てきたようだ。肩で切り揃えられた髪は、より銀色に輝き、肌もまるで星の子のように血の気がなくなる。
「亜妃ちゃん、ありがとう。僕、血の味は苦手なんだ」
煌太はほっと息をついた。
波留は「亜妃がそう言うなら仕方ないですね~」と眉を寄せ、空になった試験管を服のポケットの中に戻す。
「それより、波留。これ以上血液を採取するのは、難しいと思う。この星の子、今にも消滅しそう」
亜妃は目を細め、ビンを覗き込んだ。
亜妃が言うように、アトリアの身にまとう光はとても弱々しい。それに、アトリア自身もぐったりとし、ビンの壁に寄りかかっているだけの状態だった。
「そうですよね、おれも気になってました。消滅されてはさすがに困ります」
「波留、どうする?」
亜妃は不安げに問いかける。
波留は、少しの間のあと
「そうですねー……、そろそろ替えになる星の子が必要です……」
波留は煌太のことを一瞥し、言った。
「あの青色の星の子を捕獲するのはどうでしょうか! 彼女はこの星の子を取り戻すために、必ずもう一度地上へきます。そうでしょ、煌太さん」
煌太はそれに微笑んだ。
「分からないよ? 僕の一撃と藍実さんの攻撃をうけてるわけだし、空に帰るまでに消滅しちゃうかも」
「その考えは甘いですよ~。体の半分以上壊れないと、星の子は消滅しません」
「……そうかなぁ」
「煌太、波留の言い分の方が正しいとおもう。青い星の子はまた必ず地上にくる」
亜妃はそう言って、煌太を横目で見た。
煌太は頷いた。
「確かに……その可能性もあるよね~」
「決まりですね、次は青の星の子を捕獲しましょう。この星の子の周りを張っておけば、とり逃すことはないですしいい条件かもですね!」
波留は嬉しそうに、アトリアの入ったビンを頭の上に乗せた。
ニコニコと笑う。
「亜妃、煌太さん、その時のために準備をお願いします。おれも血液の採取は慎重に行うようにしますね」
「波留くん、準備っていうのは具体的にどんなことをしてればいい?」
煌太がきくと
「あ、煌太さんと藍実さんに渡した血液、あれで人口星を増やしておいてください。青の星の子を捕獲する際、人数はいた方がいいので」
「うん、分かった」
煌太はそう言っておく。
波留がいうほど、人口星を増やすことは簡単ではない、その気持ちは黙っておこう。
「収穫祭も後半ですが、なるべく多くの星の子を消滅させてくださいね。期待してますよ、二人とも」
「言われなくてもわかってる」
「うん、がんばるよ~」
亜妃と煌太はそれぞれに頷いた。
その時、亜妃が、ふらついた波留の体を支える。
よくある光景だが、やはり波留は「願い主」としての立場になると体に負担がかかるらしい。
「煌太、わたしたちは家に帰る。煌太もゆっくり休んでね」
亜妃はそう言うと、波留のことを背中に乗せ、屋上の手すりに足をかける。そして、大きく跳躍すると街並みの中に姿を消した。




