第3話 4
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藍実が力なく地面に膝をつくのを見て、煌太はとっさに彼女の体を支えた。
「藍実さん、大丈夫?」
そう声を掛けるが、彼女から返事はない。どうやら、気を失ってしまったようだ。
人口星として初めて力を使ったせいかもしれない。藍実の体から流れ出た黒星は、まだ周囲に散らばっている。
「あれ、藍実さん、どうしたんですか?」
波留も藍実の顏を覗きこんだ。
「まだ、力に慣れてないからだと思うよー……僕も最初はけっこうしんどかったなぁ」
「……さすが煌太さん! 長いこと人口星をやっているだけあって、いろいろと知っているんですね」
波留は瞳を輝かせそう言うが、その額には汗が滲みあまり体調はよくないようだった。どうやら、願い事を口にすることは波留にとっても体に負担がかかるらしい。
波留のまえの「願い主」もその様だったし、こればかりは対処できない連鎖反応のようなものなのだろう。
煌太は自分のカバンを、藍実の頭の下に置くと彼女をそっと地面に横にさせる。
「そう言えば、今日、亜妃ちゃんは来なかったんだね。珍しいね?」
煌太が波留に何気なくそうきくと「今日は図書館に行くって言ってました!」と、返事をしてブランコの近くにあるランドセルをこちらに持ってきた。
「亜妃はおれと違って、勉強熱心なので読みたい本が沢山あるみたいです」
そう言いつつ、ランドセルの中から掌におさまるサイズのビンを取り出す。
その中には、星の子が入っていた。
女性の姿をした星の子は、以前見たときより、一回り小さくなっているようだ。
それもそうだ。波留や先代の願い主は、この星の子から血液と呼んでいるエネルギーを回収している。
この星の子も昔は、成人の人間ぐらいのサイズだったはずだ。なつかしいという感覚が機能しなくなるほど、昔のことだが。
けれど今は、すっぽりとビンに収まるほど小さいし、身にまとう光も今にも消えてしまいそうなほど弱々しい。
「煌太さん、新しい血液、お渡ししておきますね。あと、藍実さんにも渡しておいてもらえますか?」
「うん、分かった」
煌太はいつものように頷く。
波留はランドセルの中から、ハンカチに包まれているあるものを取り出した。それを捲ると、中にはスポイトのようなものが入っている。
金属とガラスで造られているそれは、願い主に代々引き継がれている大事な道具らしい。
波留はビンのフタを開け、その中にスポイトの先を入れる。
星の子の光をスポイトが吸い取るとの同時に、その中に夜空のような液体が溜まっていった。
星の子は、ビンから逃げ出そうとはしなかった。
きっと、そうする力も残っていないのだろう。
「……」
その時煌太は初めて、その星の子が哀れに思えた。
初代の願い主に捕まって以来、彼女は百年以上彼らに支配されている。故郷に帰ることも許されない。
そのような想像をしたことは、煌太にとって初めてだった。
そういえば、この星の子、誰かに似ている。
銀色の光をまとった星の子。
確か、波留ではないまえの願い主が、彼女のことを名前で呼んでいた。
……なんて呼んでいたっけ。
「煌太さん、どーぞ」
「あ……ありがとう」
煌太は、波留から試験管に入った星の子の血液を二本受け取った。制服のポケットにしまいこむ。
「波留くん、その星の子の名前って分かる?」
煌太はそう訊くと、波留の掌に収まっている、ビンに目を向けた。
ビンの中の星の子は、ぐったりとしている。改めて表情を観察すると、彼女はとても疲れ切っているようだった。
波留はきょとんとした表情で
「知らないです。父からは何もきいてなかったので」
「……そっか。だよね~」
「煌太さんが、星の子に興味を持つなんて珍しいですね?」
波留は少しばかり、不服そうに眉を寄せた。
「え、そうかなぁ」
「……今は、収穫祭の時期ですね。星の子も地上にきているでしょう」
「……」
波留は夜空を仰ぐ。
きっと波留にとって、星の子の収穫祭は特別なもの。
人口星の願い主は、他の人間より寿命が短い。
だから、この時期に生きている波留は、願い主としてきっと特別なことだろう。
そして煌太は、ふと思い出した。
『アトリア、だいすきだよ』
初代の願い主は、口癖のようにそう言っていた。当時はその言葉を耳にするたび、心苦しくなったものだ。
「……トリスさん、お姉さん見つけたよ」
煌太は、微笑んだ。
トリスは何とか読み終えた「ほしの子とじんこうぼし」を胸に抱えて、煌太の自宅に向かっていた。
朝がくるまえに読み終わると思っていたが、それはとてもあまい考えだったようだ。
おそらく、2、3日はかかっただろう。
「でも、すべて読むことができたのだから、よしとしましょうか!」
トリスは住宅街の上空を移動しつつ、自分にそう言い聞かせる。
人口星がどんな存在なのか、この本を読み終えた今ならちゃんと理解できる。それに、人間からみた星の子がどのような存在なのかも。
この本の内容を簡単に言うならば、悲しい話だった。願い主の願い事を叶えるために、人口星になってしまった少年の話。
彼は願い主、人間たち、星の子たちと関わりながら大切なものを見つけたように思えた。しかし、彼は最後にはしんでしまう。誰にもみとられることなく。
彼は幸せだと言っていたが、トリスにはそうは思えなかった。
「……何でこんな本、勧めたのよ、煌太」
トリスはため息をついた。
夜空街にも、物語が書かれている本はあったがこんな救われない話は初めてだ。
けれど、人口星なんて本当は存在しないでしょ?
この話にでてくる、星の子は姉さんと似ているけど、ただの偶然でしょ?
一刻も早く、その事実を確認したかった。
トリスは煌太の自宅に到着して、窓から部屋を覗くがそこに彼の姿はなかった。
すっかり忘れていたが、煌太は今、学校に行っている時間だ。太陽が傾く時刻になるまで、ここには帰ってこないだろう。
その事実に気付いた途端、一気に気が抜ける。
「はぁ、仕方ないってところね」
トリスはため息をつくと、家の屋根に腰を下ろした。
本を読むことに夢中になりすぎて、少しだけ疲れた。煌太が帰ってくるまで、ここで休ませてもらおう。
トリスは大きく伸びをすると、腕に抱えていた本を隣に置いておく。そして、寝転がると、青すぎる空に目を細めた。
やっぱり、煌太の家の屋根は寝心地がいい。
……どのぐらいそうしていただろう。
トリスは目を覚ました。
あんなに青かった空は、すっかり黄昏色に変化していた。夜空街では目にすることのできない美しい色に、トリスはほっと息をつく。
そして、体を起こすと、本を抱え煌太の部屋を覗き込んだ。まだ、部屋は暗い。帰ってはいないようだ。
まだ、学校にいるか帰る途中なのかもしれない。
待つことは苦手なので、探しに行こうそう思い屋根から飛び立つ。
「確か、学校、はこっちの方よね」
寝起きで意識がまだフワフワする中、夕方に染まる街の上空を移動した。
学校がある地域付近まできたので、トリスはふわりと下降する。その時、ある人物の姿が目に留まった。
「ん? あれってルコルよね」
黄緑色の光をまとう、背の高い星の子。
彼は、人通りの多い学校付近の道を何処か焦った様子で移動している。
……何か、あったのだろうか。
「ルコルー、どうしたの?」
トリスは、彼の前に足をつくとそう声を掛けた。
と同時にドキリ、とする。
ルコルの片方の腕がなかった。左肩から腕がすべて、なくなってしまっている。
人間のように血はでいないが、切れ目からは光の粒がサラサラと流れでていた。
「それ! 腕! どうしたの!?」
「お、トリス……タイミング悪いなぁ、こんな時にくるなんて」
ルコルは後方を気にしつつ、表情を大きく歪ませた。
今までに見たことのない彼の苦痛な表情に、トリスは息が詰まるような思いがする。
「ねぇ! 一体、何があったのっ? 大丈夫!?」
ルコルがよろめいたので、トリスは彼の体を支えた。
彼は、意識を失いかけているようだ。立っていることもままならない。
「ルコル! しっかりして!」
と同時に、ルコルの後方から何かが勢いよく飛んでくる。
「!」
それはトリルとルコルのすぐ横を目にもとまらぬスピードで通過した。
まるでそれは、黒く光る流れ星のようなものだった。
一体どこから飛んできたのだろう。トリスは目を凝らすが、人通りがあるため視界はよくない。
「トリス……さっさと逃げねーとお前も危ないぞ。何だか知らねーが、星の子なら誰でも構わないって言ってるしな……」
ルコルは途切れ途切れに、そう口にする。
「? ……なら、ルコルも逃げないと! ほら!」
トリスはルコルの体を支えつつ、空中に浮き上がろうとする。
しかし、体格差があるため中々上手く飛び立てない。
「あれ。星の子がまた一人増えてますよ、これはチャンスです!」
その声の方に目を向けると、そこには琥珀色の髪を持つ少年と、トリスのよく知る人物が。
「……藍実?」
間違いなくその女性は藍実だった。
しかし、以前会った時と大分印象が変わってしまっている。腕や足に刻みこまれているのは黒い筋のようなもの。それに、人間味のない黒に塗りつぶされた瞳。
彼女の周囲には、黒い流れ星が取り囲んでいる。
その姿を見た通りすがりの人間たちも、藍実に異様な視線を向けるのが分かった。
明らかに異常と呼べるような状態だ。
……もしかして、ルコルのことを攻撃したのは藍実なのだろうか。
「あなた……藍実よね? その姿どうしたの?」
トリスの声は震えていた。
ルコルを支えるために地面に放り投げてしまった本が、視界の隅に映り込む。
信じたくない、信じたくないが……今の藍実の姿はまるで、その本に登場する「人口星」のようだ。
「あは、トリス。どうしてこんな時に会っちゃうかな~……もうホント、嫌になる」
藍実は黒い涙を流しながら、笑っていた。
「藍実さん、おしゃべりしてる場合じゃないですよ。さっさとやっちゃって下さい」
少年が笑顔でそう言うと、藍実は「分かった」と頷く。
それとほぼ同時に、藍実の周囲の星々が、ルコルの背中を貫いた。
あまりに一瞬の出来事に、トリスは言葉を失う。ルコルは、トリスに捕まれた右腕だけを残した状態で、消え去ってしまった。
……すぐに、その右腕も小さな星々に変化し消え去ってしまう。
「ウソ!? ルコル……っ」
思考が追いつかない。ルコルは今まさにトリスの目の前で消滅してしまった。
藍実の手によって。
「お見事です、藍実さん。あとはもう一人の星の子ですね」
「……分かった」
少年の言葉に藍実は頷く。そして、トリスに目を向けた。
恐怖を感じながらも、トリスは必死になって口を開いた。
「藍実、一体どうしちゃったの? あなたまるで人間じゃないみたいよ……?」
「やっぱり……、そう見えるんだ」
藍実は表情を大きく歪ませたまま、黒星をトリスに勢いよく向かわせる。
「!」
トリスは地面から飛び立ち、ギリギリでそれを避けるが次々と星々は襲いかかってくる。
藍実自身も、人間離れした跳躍で近くの建物の屋根へ飛び乗り、トリスのことを追いかけてきた。
少し前まで人間だと思っていた藍実が、上空まで追いかけることができるなんて想像もできなかった。背を向けたトリスの足に、黒星が突き抜ける。
右足のふくらはぎが、無残にも弾けて消えてしまった。
「!」
体のバランスが崩れ、トリスはよろめく。同時に、後からきた黒星がトリスの腹を貫通した。
一気に体の力が失われていく感覚。できるだけ上空へ、そう考えたが、できそうになかった。
体が思うように動かない。パラパラと自分の体から光が零れ落ちていくたびに、その感覚は強くなる。
そして、トリスは建物の屋根へ落下した。
「う……いた……」
何とか上半身を起こすが、このままの状態ではいずれ完全に動けなくなるだろう。
きっとすぐに藍実も追いついてくる。
一体どうすれば。
「! ……藍実」
気付くと、トリスの隣には人間だったはずの藍実がいた。
無言でトリスのことを見下ろしている。
その表情は無に近いが、微かに苦しげに歪んでいる、そう思った。
その時、微かにあの少年の声が耳に届いた。
それをきいた藍実は、はっとすると、周囲に黒い流れ星を発生させる。
そうか、藍実はあの少年に逆らえない、けれどそれを知った時点でトリスにはどうすることもできなかった。
「お願いだ、藍実! やめてくれ!」
「!」
上空から降ってきた聞き覚えのある声に、トリスは息をのんだ。
「カノっ……」
トリスと藍実の間に降り立ったカノは、大きく両手を広げる。
……その手は、微かに震えていた。
「どうしちゃったんだよ、藍実。一体何があったんだよ!?」
「……」
「カノ、大丈夫だから、さがって。今の藍実は正気を失ってるって思った方がいいかもしれない」
トリスは後方からカノの腕を掴むと、必死になってそう言葉を並べる。
カノまで消されるわけにはいかない。そんなことは耐えられない。
カノは振り返ると目の淵に一杯の涙をためて、
「大丈夫じゃないだろ、トリス!」
「……」
「藍実の様子がずっとおかしかったから、心配してたんだ。でも、こんなことになるなんて、一体何があったんだよ、藍実」
カノはトリスの手を払いのけると、藍実に歩みよる。
不思議と藍実は、カノのことを攻撃することはなかった。けれど、いつそうなるか分からない。
トリスは力を振り絞って立ち上がると、
「カノ、今の藍実は危険よ、一端逃げましょう!」
まだ藍実の周囲には、黒星が漂っている。それがいつ襲いかかってきても、おかしくない状況だった。
「……」
カノはポロポロと涙を流しながら頷く。
そして、トリスの肩を支えてこの場から飛び立った。




