第十二話 王都の貴婦人たちを虜に! 夢の高額契約
「モニカ、こっちのタオルは?」
「そちらは入浴のお客様用よ。棚の上にお願いね」
「はーい!」
朝の風呂屋には、いつもの賑やかな声が響いていた。
リリが畳んだタオルを運び、ミーナが浴室の準備を進めている。
短い黒髪を揺らしながら、ミーナが私のところへ駆け寄ってきた。
「モニカさん! 今日は王都ですよね?」
「ええ。マルグリット様のお茶会に招いていただいたの」
「伯爵夫人のお茶会……! すごいですね!」
「ふふ。私もちょっと緊張しているわ」
「モニカさんでも緊張するんですか?」
「もちろんよ。初めてのお客様にお会いするんだもの」
そう言いながら、私は鏡の前で身だしなみを整えた。
いつものクリーム色のブラウスに、落ち着いた茶色のスカート。
施術用の道具と清潔な布は、革鞄にきちんと収めてある。
派手なドレスは持っていない。
けれど、今日は貴婦人として招かれたわけではない。
私は、施術の専門家として招かれたのだ。
(だったら、私らしく堂々としていればいいわね)
「お店はお願いね、ミーナ」
「はい! 任せてください!」
「リリも、無理しないでね」
「うん。いってらっしゃい、モニカ!」
二人に見送られ、私は王都へ向かった。
⸻
ローゼンベルク伯爵家の屋敷は、想像以上に豪華だった。
美しく刈り込まれた庭木。
色とりどりの薔薇。
白い石造りの建物には、大きな窓が並んでいる。
案内された客間には、すでに十人ほどの貴婦人が集まっていた。
上品な香水の香り。
絹のドレスが擦れる音。
宝石のきらめき。
(まあ……華やか!)
前世でも富裕層のお客様を担当したことはあったけれど、さすがに本物の貴族のお茶会は初めてだ。
「皆様、お待たせいたしました」
マルグリット様が優雅に立ち上がった。
銀色の髪を美しく結い上げ、淡い青のドレスをまとっている。
「本日、皆様にご紹介したかった方ですわ」
私は一歩前に出て、丁寧に一礼した。
「初めまして。モニカと申します。本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
「こちらが、噂の?」
「ヴィオラ様も絶賛なさっていた方でしょう?」
「まあ、お若いのね」
興味深そうな視線が一斉に集まる。
マルグリット様が微笑んだ。
「この方の施術は、本当に素晴らしいの。わたくし、久しぶりに朝までぐっすり眠れましたのよ」
「まあ!」
「それは羨ましいわ」
和やかな声が広がった。
けれど、その中で一人だけ、冷ややかな表情を浮かべている女性がいた。
深紫のドレスをまとった、四十代半ばほどの貴婦人だ。
「マルグリット様」
彼女はティーカップを置いた。
「失礼ですけれど、少々大げさではございませんこと?」
客間が静かになる。
「このところ、王都では珍しい施術だの、奇跡の美容法だのと、随分いろいろなものが流行っておりますでしょう?」
「オルガ様」
マルグリット様がたしなめるように名前を呼んだ。
けれど、オルガ様は涼しい顔で続けた。
「本当に腕がよろしいのでしたら、ぜひ拝見したいものですわ」
私は内心で微笑んだ。
(あら。なかなか手強そうなお客様ね)
でも、嫌いではない。
自分の身体を預ける相手を、慎重に選ぶのは当然のことだ。
「もちろんでございます」
私は穏やかに答えた。
「よろしければ、オルガ様のお身体を拝見させていただけますか?」
「……わたくしを?」
「はい。お困りのことがございましたら、お力になれるかもしれません」
オルガ様は少し意外そうな顔をした。
そして、口元に笑みを浮かべた。
「よろしいでしょう。では、お手並み拝見とまいりましょうか」
⸻
施術のため、客間の隣に用意された小部屋へ移動した。
柔らかな長椅子と、清潔な布が敷かれた施術台。
窓からは午後の日差しが差し込んでいる。
マルグリット様をはじめ、数人の貴婦人が見学を希望した。
もちろん、オルガ様の了承を得たうえでのことだ。
「では、まずお身体の状態を確認させていただきますね」
私はオルガ様の肩にそっと手を添えた。
《コンディション》
視界に、淡い光の文字が浮かび上がる。
【オルガ・フォン・リーベル】
【年齢:46歳】
【全身状態:疲労蓄積】
【頸部・肩周辺:筋緊張・強】
【腰部:筋緊張・中】
【睡眠の質:低下】
【特記事項:右肩の可動域低下】
(なるほど……)
私はオルガ様の姿勢を改めて観察した。
背筋は美しく伸びている。
けれど、右肩がわずかに上がり、首の動きも小さい。
(ずいぶん無理をしていらっしゃるのね)
「オルガ様。最近、右肩を動かしにくいと感じることはございませんか?」
「……え?」
彼女の表情が変わった。
「例えば、髪を結うときや、背中に手を回すときなどです」
「……なぜ、それを?」
見学していた貴婦人たちが顔を見合わせる。
私は微笑んだ。
「肩の動きに、少し左右差がございましたので」
もちろん、《コンディション》の力も借りている。
けれど、魔法で分かったことをそのまま伝えるだけでは、施術にはならない。
実際に触れ、動きを確かめ、どこに負担がかかっているかを考える。
それが、私の仕事だ。
「右肩だけでなく、首の付け根もお疲れではありませんか?」
オルガ様は、ゆっくりと頷いた。
「……ええ。夜になると重くて仕方がないの」
「それはおつらいですね」
「治癒師にも診てもらったわ。けれど、大きな異常はないと言われて……」
「そうでしたか」
私は声を和らげた。
「本日は無理に動かさず、周囲の緊張を少しずつ和らげてまいります。痛みがございましたら、すぐにおっしゃってくださいね」
「……分かったわ」
私は施術を始めた。
まずは首から肩にかけて、手のひらをゆっくり滑らせる。
筋肉の張りを確かめながら、呼吸に合わせて圧を加えていく。
「……あら」
オルガ様が小さく声を漏らした。
「いかがですか?」
「不思議ね。そこ、いつも重たいところだわ」
「こちらですね」
私は指先の位置を少し変えた。
「ん……そう、そこ……」
オルガ様の肩から、少しずつ力が抜けていく。
(ずっと身体を緊張させていたのね)
私は急がなかった。
前世で何度も経験してきたことだ。
身体の力を抜いてください、と言葉で伝えても、簡単には抜けない人がいる。
だからこそ、安心して身を任せてもらうことが大切なのだ。
「オルガ様、よろしければ、ゆっくり息を吐いてみてください」
「……ふう……」
「はい。そのままで結構ですよ」
呼吸が深くなる。
肩の緊張が少しずつ和らいでいく。
私は右肩の周囲を丁寧にほぐし、痛みのない範囲で動きを確認した。
「こちらは、いかがでしょう?」
「……あら?」
オルガ様が目を見開いた。
「さっきより、動かしやすいわ」
「よかったです。ただ、長く続いている症状ですから、無理はなさらないでくださいね」
「ええ……」
私は仕上げに、首から背中へとゆっくり手を滑らせた。
オルガ様は目を閉じ、静かに息を吐いた。
数分後。
「では、ゆっくり起き上がっていただけますか?」
オルガ様が身体を起こした。
そして、恐る恐る右腕を上げる。
「……まあ」
もう一度。
今度は、先ほどより滑らかに動いた。
「まあ……!」
オルガ様が振り返った。
「こんなに軽く感じるなんて!」
「お身体が少し楽になったようで、何よりです」
「あなた、本当に……!」
彼女は言葉を探すように私を見つめた。
そして突然、私の手を取った。
「先ほどは失礼なことを申し上げたわ。許してちょうだい」
「とんでもございません」
「いいえ。わたくし、少し意地悪だったわね」
オルガ様は苦笑した。
「でも、これならマルグリット様が絶賛なさるのも分かりますわ」
その瞬間。
見学していた貴婦人たちが、一斉に声を上げた。
「まあ! 次はわたくしも!」
「わたくし、最近腰が重くて……」
「首の疲れにもよろしいのかしら?」
「モニカさん、予約はどこで取れますの?」
(……あらあら!)
私は思わず笑ってしまいそうになった。
どうやら、今日のお茶会は予想以上に賑やかになりそうだ。
⸻
その後、私は希望された方のうち数名に、短い施術を披露した。
《コンディション》で状態を確認しながら、一人ひとりに合った手技を選んでいく。
肩の張りが強い方。
長時間の馬車移動で腰が疲れている方。
緊張から呼吸が浅くなっている方。
同じ施術を繰り返すのではなく、それぞれの悩みに合わせて対応した。
すると。
「モニカさん、来週、わたくしの屋敷へいらしていただけない?」
「わたくしもお願いしたいわ!」
「娘にも受けさせたいのだけれど」
予約の申し出が、次々と飛び込んできた。
(嬉しいけれど……これは、ちょっと大変ね)
私は笑顔を保ちながら、頭の中で計算を始めた。
王都までの移動時間。
施術に必要な時間。
準備と片づけ。
そして、何より私自身の体力。
一日に何人も施術すれば、当然疲労は溜まる。
(予約を詰め込むだけでは、長続きしないわ)
私は皆様に向き直った。
「ありがとうございます。これほど多くのお申し出をいただけて、大変光栄です」
貴婦人たちが期待に満ちた目を向ける。
「ただ、お一人ずつ丁寧に施術させていただきたいので、ご予約の人数には限りがございます」
「まあ、そうですの?」
「はい。その代わり、ご自宅へ伺う出張施術も承りたいと考えております」
その言葉に、オルガ様が目を輝かせた。
「屋敷まで来てくださるの?」
「はい。移動や準備にかかる費用も含めた料金にはなりますが」
「それは当然でしょう!」
別の貴婦人が扇子を広げた。
「むしろ、わざわざ来ていただけるならありがたいわ」
(……なるほど)
私は内心で頷いた。
前世でも、忙しい経営者や富裕層のお客様には、出張施術の需要があった。
移動の負担がないこと。
自宅でくつろぎながら施術を受けられること。
そして、限られた時間を有効に使えること。
そうした価値に、相応の対価を支払ってくださるお客様は少なくなかった。
(これは、いい商売になるかもしれないわね)
そのとき。
「モニカさん」
マルグリット様が、優雅に微笑んだ。
「それでしたら、わたくしから一つ提案がございますの」
「何でしょうか?」
「皆様のご予約を、まとめてお取りになってはいかが?」
「まとめて、ですか?」
「ええ。例えば、わたくしの屋敷で月に数回、施術の日を設けるのです」
貴婦人たちが顔を見合わせた。
「まあ、それは素敵!」
「移動の手間も減りますわね」
「お茶会と合わせても楽しそう!」
私は思わず身を乗り出した。
(それ、すごくいい!)
一軒ずつ訪問するよりも、移動時間を減らせる。
施術の準備もまとめてできる。
しかも、お客様にとっては社交の場にもなる。
(前世でいう、会員制の出張サロンね!)
私はマルグリット様に向き直った。
「素晴らしいご提案です。ぜひ、詳しくご相談させてください」
「ふふ。そうおっしゃると思いましたわ」
⸻
お茶会が終わる頃には、私はすっかり貴婦人たちに囲まれていた。
「モニカさん、次回はぜひ長い時間でお願いしたいわ」
「わたくしも予約を入れておいてちょうだい」
「主人にも紹介したいのだけれど」
私は一つずつ丁寧に対応しながら、予約希望を記録していった。
その数、なんと十二件。
しかも、ほとんどが通常の施術より長い時間を希望している。
(これは……予想以上ね)
私は心の中で、そっと拳を握った。
けれど、驚きはそれだけでは終わらなかった。
「モニカさん。少しよろしいかしら?」
お茶会の終盤。
マルグリット様が、私を別室へ案内した。
そこには、見覚えのある赤い髪の女性が座っていた。
「ヴィオラ様!」
ベルンシュタイン商会の女主人、ヴィオラ様。
切れ長の瞳が、私をまっすぐに見つめる。
「ごきげんよう、モニカさん」
「本日はお越しだったのですね」
「ええ。少し商談がありまして」
ヴィオラ様は口元に微笑みを浮かべた。
「それより、随分と評判になっているようね」
「おかげさまで、たくさんのご予約をいただきました」
「聞いているわ」
彼女は机の上に、一枚の紙を置いた。
「そこで、一つ提案があるの」
「提案、ですか?」
「ベルンシュタイン商会で、あなたの出張施術の予約を取りまとめましょう」
私は目を瞬いた。
「商会で、ですか?」
「ええ。貴族の方々との契約、料金の回収、日程の調整。そういった仕事は、私たちの得意分野よ」
(なるほど……!)
私はすぐに理解した。
施術そのものは、私が担当する。
けれど、予約管理や契約の事務作業は、商会に任せる。
そうすれば、私は施術に集中できる。
「もちろん、手数料はいただくわ」
ヴィオラ様は当然のように言った。
「ただし、あなたにとっても悪い条件ではないはずよ」
私は紙に目を落とした。
そこには、出張施術の料金案が記されていた。
通常の施術より、かなり高い。
思わず顔を上げる。
「……この金額で、よろしいのでしょうか?」
ヴィオラ様が片眉を上げた。
「あら。安すぎたかしら?」
「い、いえ! そういう意味では……」
マルグリット様が楽しそうに笑った。
「モニカさん。あなたは、ご自分の腕の価値をもう少し高く見積もってもよろしいのよ」
「そうね」
ヴィオラ様が続ける。
「貴族の屋敷へ赴き、身体の状態を見極め、その人に合わせた施術をする。しかも、実際に結果を出している」
彼女の瞳が鋭く光った。
「安売りする理由が、どこにあるのかしら?」
私は、はっとした。
(……そうよね)
前世でも、料金を決めるときは悩んだ。
高くすれば、お客様が離れるかもしれない。
安くすれば、忙しいばかりで利益が残らない。
けれど、サービスの価値は、かけた時間だけで決まるものではない。
私は改めて契約書を見つめた。
「一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「施術人数と、休憩時間については、私の判断を優先させていただきたいんです」
ヴィオラ様が微笑んだ。
「理由を聞いても?」
「無理に人数を増やして、施術の質を落としたくありませんので」
一瞬の沈黙。
そして、ヴィオラ様が小さく笑った。
「……いいわね」
彼女はペンを取った。
「そういうところ、嫌いじゃないわ」
マルグリット様も頷く。
「わたくしも賛成ですわ」
私はほっと胸をなで下ろした。
(よかった。これなら、長く続けられそう)
⸻
契約内容がまとまると、ヴィオラ様はもう一枚の書類を取り出した。
「それから、こちらが本日分の予約申込書よ」
「ありがとうございます」
「正式にお受けする分だけ、前金を預かる形にしましょう」
私は書類を確認した。
予約希望は十二件。
そのうち、日程と条件が合うものを選び、まずは六件を正式に受けることにした。
施術は数日に分け、マルグリット様の屋敷を中心に行う。
さらに、ヴィオラ様の商会からも、定期的な施術の依頼が入った。
私は金額を計算した。
そして。
(……えっ?)
思わず、もう一度計算した。
間違いない。
商会の手数料を差し引いても、今回確定した契約の総額は、金貨七枚を超えている。
しかも、そのうち金貨五枚相当が、前金として支払われるという。
(ご、金貨五枚……!)
私は息を呑んだ。
風呂屋に残っている借金は、金貨五枚。
もちろん、前金はこれから行う施術の対価だ。
施術に必要な費用や、万一の変更に備えるお金も残しておかなければならない。
それでも。
(借金を返し終える道筋が、見えた……!)
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
あの古びた風呂屋。
空っぽだった予約帳。
返済の期限に追われる毎日。
何もかもが、つい昨日のことのように思える。
私は書類を握りしめた。
「……ありがとうございます」
思わず、声が震えた。
ヴィオラ様が、少し不思議そうに私を見る。
「どうしたの?」
「いえ……とても、嬉しくて」
マルグリット様が優しく微笑んだ。
「ふふ。まだまだ、これからですわよ」
私は顔を上げた。
「はい!」
(そう。これからなのよね)
風呂屋を守ることは、最初の目標だった。
でも、私が本当にやりたいことは、もっと先にある。
たくさんの人が、清潔で、健康に暮らせる国。
そのために、私の技術も、経験も、全部使っていきたい。
⸻
夕暮れ。
帰り支度をしていると、マルグリット様が声をかけてくださった。
「モニカさん。そういえば、少し気になることがございますの」
「何でしょうか?」
「カイル様が、あなたのことをお尋ねになっていたのよ」
私は目を瞬いた。
「カイル様が、ですか?」
「ええ。先日、あなたのお名前をお出しになって」
マルグリット様は、意味ありげに微笑んだ。
「あなたがどのような方なのか、ずいぶん興味を持っていらっしゃるようでしたわ」
(カイル様が……?)
私は少し首をかしげた。
あの方には、以前から何かと気にかけていただいている。
けれど、どうしてそこまで私のことを?
「……そうだったのですね」
「ふふ。きっと、またお会いする機会があると思いますわ」
私は丁寧に一礼した。
「その際には、ぜひお礼を申し上げたいです」
⸻
風呂屋へ戻ると、ミーナとリリが出迎えてくれた。
「モニカさん! お帰りなさい!」
「おかえり、モニカ!」
「ただいま。二人とも、お疲れさま」
「お店、ちゃんと回りましたよ!」
ミーナが誇らしげに報告する。
「今日はお客様も多かったですけど、問題ありませんでした!」
「それはよかったわ」
私は心からほっとした。
(この二人がいてくれるから、外で仕事ができるのよね)
「モニカ、どうだった?」
リリが尋ねた。
「お茶会、楽しかった?」
「ええ。とっても!」
私は笑顔で答えた。
「それにね、すごくいいお仕事のお話が決まったの」
「お仕事?」
「そう。王都の貴婦人たちに、出張で施術をすることになったのよ」
「へえ!」
ミーナが目を輝かせた。
「すごいじゃないですか!」
「ふふ。ありがとう」
私は鞄から契約書を取り出した。
そして、二人に向かって言った。
「このお仕事をきちんとやり遂げれば、風呂屋の借金を返し終えられると思うの」
「……えっ?」
ミーナが固まった。
「借金って……全部ですか?」
「ええ。全部よ」
「えええっ!?」
ミーナの声が、風呂屋いっぱいに響いた。
リリも目を丸くする。
「じゃあ、もうお店を取られないの?」
「まだ返し終わったわけではないけれど、もう少しよ」
私はしゃがみ込み、リリと目を合わせた。
「ちゃんとお仕事をして、約束どおりお金を返せば、安心してお店を続けられるわ」
「……そっか」
リリは、ほっとしたように笑った。
「よかった」
その一言に、胸が温かくなった。
私は二人を見つめた。
「ここまで来られたのも、二人のおかげよ。本当にありがとう」
「そんな!」
ミーナが照れくさそうに笑う。
「私だって、このお店で働けて嬉しいですから!」
リリも頷いた。
「明日もお店番するよ」
「ふふ。頼りにしているわ」
私は笑った。
(さあ。あと少し!)
借金を返し終えたら、次は何をしよう。
もっと多くの人に施術を届ける?
新しいお店を作る?
それとも、王都の衛生を変えるような、大きな仕事に挑戦する?
考えるだけで、胸が躍る。
けれど、その答えは、まだ急がなくてもいい。
まずは、目の前のお客様に最高の施術を届けること。
そして、あの風呂屋を、誰にも奪われない場所にすること。
私は契約書を大切にしまった。
そのとき、玄関の扉が控えめに叩かれた。
「はい、ただいま!」
ミーナが駆けていく。
扉の向こうには、見慣れない制服を着た使者が立っていた。
「モニカ殿はいらっしゃいますか?」
「私ですが……」
使者は丁寧に一礼した。
「カイル様より、お手紙をお預かりしております」
(……カイル様から?)
私は封筒を受け取った。
そこには、短い一文が記されていた。
『お仕事が順調とのこと、何よりです。近いうちに、一度お会いできませんか』
私は思わず微笑んだ。
(ふふ。どうやら、次のお仕事も忙しくなりそうね)




