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12/21

第十二話 王都の貴婦人たちを虜に! 夢の高額契約

「モニカ、こっちのタオルは?」


「そちらは入浴のお客様用よ。棚の上にお願いね」


「はーい!」


朝の風呂屋には、いつもの賑やかな声が響いていた。


リリが畳んだタオルを運び、ミーナが浴室の準備を進めている。


短い黒髪を揺らしながら、ミーナが私のところへ駆け寄ってきた。


「モニカさん! 今日は王都ですよね?」


「ええ。マルグリット様のお茶会に招いていただいたの」


「伯爵夫人のお茶会……! すごいですね!」


「ふふ。私もちょっと緊張しているわ」


「モニカさんでも緊張するんですか?」


「もちろんよ。初めてのお客様にお会いするんだもの」


そう言いながら、私は鏡の前で身だしなみを整えた。


いつものクリーム色のブラウスに、落ち着いた茶色のスカート。


施術用の道具と清潔な布は、革鞄にきちんと収めてある。


派手なドレスは持っていない。


けれど、今日は貴婦人として招かれたわけではない。


私は、施術の専門家として招かれたのだ。


(だったら、私らしく堂々としていればいいわね)


「お店はお願いね、ミーナ」


「はい! 任せてください!」


「リリも、無理しないでね」


「うん。いってらっしゃい、モニカ!」


二人に見送られ、私は王都へ向かった。


⸻


ローゼンベルク伯爵家の屋敷は、想像以上に豪華だった。


美しく刈り込まれた庭木。


色とりどりの薔薇。


白い石造りの建物には、大きな窓が並んでいる。


案内された客間には、すでに十人ほどの貴婦人が集まっていた。


上品な香水の香り。


絹のドレスが擦れる音。


宝石のきらめき。


(まあ……華やか!)


前世でも富裕層のお客様を担当したことはあったけれど、さすがに本物の貴族のお茶会は初めてだ。


「皆様、お待たせいたしました」


マルグリット様が優雅に立ち上がった。


銀色の髪を美しく結い上げ、淡い青のドレスをまとっている。


「本日、皆様にご紹介したかった方ですわ」


私は一歩前に出て、丁寧に一礼した。


「初めまして。モニカと申します。本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」


「こちらが、噂の?」


「ヴィオラ様も絶賛なさっていた方でしょう?」


「まあ、お若いのね」


興味深そうな視線が一斉に集まる。


マルグリット様が微笑んだ。


「この方の施術は、本当に素晴らしいの。わたくし、久しぶりに朝までぐっすり眠れましたのよ」


「まあ!」


「それは羨ましいわ」


和やかな声が広がった。


けれど、その中で一人だけ、冷ややかな表情を浮かべている女性がいた。


深紫のドレスをまとった、四十代半ばほどの貴婦人だ。


「マルグリット様」


彼女はティーカップを置いた。


「失礼ですけれど、少々大げさではございませんこと?」


客間が静かになる。


「このところ、王都では珍しい施術だの、奇跡の美容法だのと、随分いろいろなものが流行っておりますでしょう?」


「オルガ様」


マルグリット様がたしなめるように名前を呼んだ。


けれど、オルガ様は涼しい顔で続けた。


「本当に腕がよろしいのでしたら、ぜひ拝見したいものですわ」


私は内心で微笑んだ。


(あら。なかなか手強そうなお客様ね)


でも、嫌いではない。


自分の身体を預ける相手を、慎重に選ぶのは当然のことだ。


「もちろんでございます」


私は穏やかに答えた。


「よろしければ、オルガ様のお身体を拝見させていただけますか?」


「……わたくしを?」


「はい。お困りのことがございましたら、お力になれるかもしれません」


オルガ様は少し意外そうな顔をした。


そして、口元に笑みを浮かべた。


「よろしいでしょう。では、お手並み拝見とまいりましょうか」


⸻


施術のため、客間の隣に用意された小部屋へ移動した。


柔らかな長椅子と、清潔な布が敷かれた施術台。


窓からは午後の日差しが差し込んでいる。


マルグリット様をはじめ、数人の貴婦人が見学を希望した。


もちろん、オルガ様の了承を得たうえでのことだ。


「では、まずお身体の状態を確認させていただきますね」


私はオルガ様の肩にそっと手を添えた。


《コンディション》


視界に、淡い光の文字が浮かび上がる。


【オルガ・フォン・リーベル】


【年齢:46歳】


【全身状態:疲労蓄積】


【頸部・肩周辺:筋緊張・強】


【腰部:筋緊張・中】


【睡眠の質:低下】


【特記事項:右肩の可動域低下】


(なるほど……)


私はオルガ様の姿勢を改めて観察した。


背筋は美しく伸びている。


けれど、右肩がわずかに上がり、首の動きも小さい。


(ずいぶん無理をしていらっしゃるのね)


「オルガ様。最近、右肩を動かしにくいと感じることはございませんか?」


「……え?」


彼女の表情が変わった。


「例えば、髪を結うときや、背中に手を回すときなどです」


「……なぜ、それを?」


見学していた貴婦人たちが顔を見合わせる。


私は微笑んだ。


「肩の動きに、少し左右差がございましたので」


もちろん、《コンディション》の力も借りている。


けれど、魔法で分かったことをそのまま伝えるだけでは、施術にはならない。


実際に触れ、動きを確かめ、どこに負担がかかっているかを考える。


それが、私の仕事だ。


「右肩だけでなく、首の付け根もお疲れではありませんか?」


オルガ様は、ゆっくりと頷いた。


「……ええ。夜になると重くて仕方がないの」


「それはおつらいですね」


「治癒師にも診てもらったわ。けれど、大きな異常はないと言われて……」


「そうでしたか」


私は声を和らげた。


「本日は無理に動かさず、周囲の緊張を少しずつ和らげてまいります。痛みがございましたら、すぐにおっしゃってくださいね」


「……分かったわ」


私は施術を始めた。


まずは首から肩にかけて、手のひらをゆっくり滑らせる。


筋肉の張りを確かめながら、呼吸に合わせて圧を加えていく。


「……あら」


オルガ様が小さく声を漏らした。


「いかがですか?」


「不思議ね。そこ、いつも重たいところだわ」


「こちらですね」


私は指先の位置を少し変えた。


「ん……そう、そこ……」


オルガ様の肩から、少しずつ力が抜けていく。


(ずっと身体を緊張させていたのね)


私は急がなかった。


前世で何度も経験してきたことだ。


身体の力を抜いてください、と言葉で伝えても、簡単には抜けない人がいる。


だからこそ、安心して身を任せてもらうことが大切なのだ。


「オルガ様、よろしければ、ゆっくり息を吐いてみてください」


「……ふう……」


「はい。そのままで結構ですよ」


呼吸が深くなる。


肩の緊張が少しずつ和らいでいく。


私は右肩の周囲を丁寧にほぐし、痛みのない範囲で動きを確認した。


「こちらは、いかがでしょう?」


「……あら?」


オルガ様が目を見開いた。


「さっきより、動かしやすいわ」


「よかったです。ただ、長く続いている症状ですから、無理はなさらないでくださいね」


「ええ……」


私は仕上げに、首から背中へとゆっくり手を滑らせた。


オルガ様は目を閉じ、静かに息を吐いた。


挿絵(By みてみん)


数分後。


「では、ゆっくり起き上がっていただけますか?」


オルガ様が身体を起こした。


そして、恐る恐る右腕を上げる。


「……まあ」


もう一度。


今度は、先ほどより滑らかに動いた。


「まあ……!」


オルガ様が振り返った。


「こんなに軽く感じるなんて!」


「お身体が少し楽になったようで、何よりです」


「あなた、本当に……!」


彼女は言葉を探すように私を見つめた。


そして突然、私の手を取った。


「先ほどは失礼なことを申し上げたわ。許してちょうだい」


「とんでもございません」


「いいえ。わたくし、少し意地悪だったわね」


オルガ様は苦笑した。


「でも、これならマルグリット様が絶賛なさるのも分かりますわ」


その瞬間。


見学していた貴婦人たちが、一斉に声を上げた。


「まあ! 次はわたくしも!」


「わたくし、最近腰が重くて……」


「首の疲れにもよろしいのかしら?」


「モニカさん、予約はどこで取れますの?」


(……あらあら!)


私は思わず笑ってしまいそうになった。


どうやら、今日のお茶会は予想以上に賑やかになりそうだ。


⸻


その後、私は希望された方のうち数名に、短い施術を披露した。


《コンディション》で状態を確認しながら、一人ひとりに合った手技を選んでいく。


肩の張りが強い方。


長時間の馬車移動で腰が疲れている方。


緊張から呼吸が浅くなっている方。


同じ施術を繰り返すのではなく、それぞれの悩みに合わせて対応した。


すると。


「モニカさん、来週、わたくしの屋敷へいらしていただけない?」


「わたくしもお願いしたいわ!」


「娘にも受けさせたいのだけれど」


予約の申し出が、次々と飛び込んできた。


(嬉しいけれど……これは、ちょっと大変ね)


私は笑顔を保ちながら、頭の中で計算を始めた。


王都までの移動時間。


施術に必要な時間。


準備と片づけ。


そして、何より私自身の体力。


一日に何人も施術すれば、当然疲労は溜まる。


(予約を詰め込むだけでは、長続きしないわ)


私は皆様に向き直った。


「ありがとうございます。これほど多くのお申し出をいただけて、大変光栄です」


貴婦人たちが期待に満ちた目を向ける。


「ただ、お一人ずつ丁寧に施術させていただきたいので、ご予約の人数には限りがございます」


「まあ、そうですの?」


「はい。その代わり、ご自宅へ伺う出張施術も承りたいと考えております」


その言葉に、オルガ様が目を輝かせた。


「屋敷まで来てくださるの?」


「はい。移動や準備にかかる費用も含めた料金にはなりますが」


「それは当然でしょう!」


別の貴婦人が扇子を広げた。


「むしろ、わざわざ来ていただけるならありがたいわ」


(……なるほど)


私は内心で頷いた。


前世でも、忙しい経営者や富裕層のお客様には、出張施術の需要があった。


移動の負担がないこと。


自宅でくつろぎながら施術を受けられること。


そして、限られた時間を有効に使えること。


そうした価値に、相応の対価を支払ってくださるお客様は少なくなかった。


(これは、いい商売になるかもしれないわね)


そのとき。


「モニカさん」


マルグリット様が、優雅に微笑んだ。


「それでしたら、わたくしから一つ提案がございますの」


「何でしょうか?」


「皆様のご予約を、まとめてお取りになってはいかが?」


「まとめて、ですか?」


「ええ。例えば、わたくしの屋敷で月に数回、施術の日を設けるのです」


貴婦人たちが顔を見合わせた。


「まあ、それは素敵!」


「移動の手間も減りますわね」


「お茶会と合わせても楽しそう!」


私は思わず身を乗り出した。


(それ、すごくいい!)


一軒ずつ訪問するよりも、移動時間を減らせる。


施術の準備もまとめてできる。


しかも、お客様にとっては社交の場にもなる。


(前世でいう、会員制の出張サロンね!)


私はマルグリット様に向き直った。


「素晴らしいご提案です。ぜひ、詳しくご相談させてください」


「ふふ。そうおっしゃると思いましたわ」


⸻


お茶会が終わる頃には、私はすっかり貴婦人たちに囲まれていた。


「モニカさん、次回はぜひ長い時間でお願いしたいわ」


「わたくしも予約を入れておいてちょうだい」


「主人にも紹介したいのだけれど」


私は一つずつ丁寧に対応しながら、予約希望を記録していった。


その数、なんと十二件。


しかも、ほとんどが通常の施術より長い時間を希望している。


(これは……予想以上ね)


私は心の中で、そっと拳を握った。


けれど、驚きはそれだけでは終わらなかった。


「モニカさん。少しよろしいかしら?」


お茶会の終盤。


マルグリット様が、私を別室へ案内した。


そこには、見覚えのある赤い髪の女性が座っていた。


「ヴィオラ様!」


ベルンシュタイン商会の女主人、ヴィオラ様。


切れ長の瞳が、私をまっすぐに見つめる。


「ごきげんよう、モニカさん」


「本日はお越しだったのですね」


「ええ。少し商談がありまして」


ヴィオラ様は口元に微笑みを浮かべた。


「それより、随分と評判になっているようね」


「おかげさまで、たくさんのご予約をいただきました」


「聞いているわ」


彼女は机の上に、一枚の紙を置いた。


「そこで、一つ提案があるの」


「提案、ですか?」


「ベルンシュタイン商会で、あなたの出張施術の予約を取りまとめましょう」


私は目を瞬いた。


「商会で、ですか?」


「ええ。貴族の方々との契約、料金の回収、日程の調整。そういった仕事は、私たちの得意分野よ」


(なるほど……!)


私はすぐに理解した。


施術そのものは、私が担当する。


けれど、予約管理や契約の事務作業は、商会に任せる。


そうすれば、私は施術に集中できる。


「もちろん、手数料はいただくわ」


ヴィオラ様は当然のように言った。


「ただし、あなたにとっても悪い条件ではないはずよ」


私は紙に目を落とした。


そこには、出張施術の料金案が記されていた。


通常の施術より、かなり高い。


思わず顔を上げる。


「……この金額で、よろしいのでしょうか?」


ヴィオラ様が片眉を上げた。


「あら。安すぎたかしら?」


「い、いえ! そういう意味では……」


マルグリット様が楽しそうに笑った。


「モニカさん。あなたは、ご自分の腕の価値をもう少し高く見積もってもよろしいのよ」


「そうね」


ヴィオラ様が続ける。


「貴族の屋敷へ赴き、身体の状態を見極め、その人に合わせた施術をする。しかも、実際に結果を出している」


彼女の瞳が鋭く光った。


「安売りする理由が、どこにあるのかしら?」


私は、はっとした。


(……そうよね)


前世でも、料金を決めるときは悩んだ。


高くすれば、お客様が離れるかもしれない。


安くすれば、忙しいばかりで利益が残らない。


けれど、サービスの価値は、かけた時間だけで決まるものではない。


私は改めて契約書を見つめた。


「一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」


「何かしら?」


「施術人数と、休憩時間については、私の判断を優先させていただきたいんです」


ヴィオラ様が微笑んだ。


「理由を聞いても?」


「無理に人数を増やして、施術の質を落としたくありませんので」


一瞬の沈黙。


そして、ヴィオラ様が小さく笑った。


「……いいわね」


彼女はペンを取った。


「そういうところ、嫌いじゃないわ」


マルグリット様も頷く。


「わたくしも賛成ですわ」


私はほっと胸をなで下ろした。


(よかった。これなら、長く続けられそう)


挿絵(By みてみん)


⸻


契約内容がまとまると、ヴィオラ様はもう一枚の書類を取り出した。


「それから、こちらが本日分の予約申込書よ」


「ありがとうございます」


「正式にお受けする分だけ、前金を預かる形にしましょう」


私は書類を確認した。


予約希望は十二件。


そのうち、日程と条件が合うものを選び、まずは六件を正式に受けることにした。


施術は数日に分け、マルグリット様の屋敷を中心に行う。


さらに、ヴィオラ様の商会からも、定期的な施術の依頼が入った。


私は金額を計算した。


そして。


(……えっ?)


思わず、もう一度計算した。


間違いない。


商会の手数料を差し引いても、今回確定した契約の総額は、金貨七枚を超えている。


しかも、そのうち金貨五枚相当が、前金として支払われるという。


(ご、金貨五枚……!)


私は息を呑んだ。


風呂屋に残っている借金は、金貨五枚。


もちろん、前金はこれから行う施術の対価だ。


施術に必要な費用や、万一の変更に備えるお金も残しておかなければならない。


それでも。


(借金を返し終える道筋が、見えた……!)


胸の奥が、じんわりと熱くなった。


あの古びた風呂屋。


空っぽだった予約帳。


返済の期限に追われる毎日。


何もかもが、つい昨日のことのように思える。


私は書類を握りしめた。


「……ありがとうございます」


思わず、声が震えた。


ヴィオラ様が、少し不思議そうに私を見る。


「どうしたの?」


「いえ……とても、嬉しくて」


マルグリット様が優しく微笑んだ。


「ふふ。まだまだ、これからですわよ」


私は顔を上げた。


「はい!」


(そう。これからなのよね)


風呂屋を守ることは、最初の目標だった。


でも、私が本当にやりたいことは、もっと先にある。


たくさんの人が、清潔で、健康に暮らせる国。


そのために、私の技術も、経験も、全部使っていきたい。


⸻


夕暮れ。


帰り支度をしていると、マルグリット様が声をかけてくださった。


「モニカさん。そういえば、少し気になることがございますの」


「何でしょうか?」


「カイル様が、あなたのことをお尋ねになっていたのよ」


私は目を瞬いた。


「カイル様が、ですか?」


「ええ。先日、あなたのお名前をお出しになって」


マルグリット様は、意味ありげに微笑んだ。


「あなたがどのような方なのか、ずいぶん興味を持っていらっしゃるようでしたわ」


(カイル様が……?)


私は少し首をかしげた。


あの方には、以前から何かと気にかけていただいている。


けれど、どうしてそこまで私のことを?


「……そうだったのですね」


「ふふ。きっと、またお会いする機会があると思いますわ」


私は丁寧に一礼した。


「その際には、ぜひお礼を申し上げたいです」


⸻


風呂屋へ戻ると、ミーナとリリが出迎えてくれた。


「モニカさん! お帰りなさい!」


「おかえり、モニカ!」


「ただいま。二人とも、お疲れさま」


「お店、ちゃんと回りましたよ!」


ミーナが誇らしげに報告する。


「今日はお客様も多かったですけど、問題ありませんでした!」


「それはよかったわ」


私は心からほっとした。


(この二人がいてくれるから、外で仕事ができるのよね)


「モニカ、どうだった?」


リリが尋ねた。


「お茶会、楽しかった?」


「ええ。とっても!」


私は笑顔で答えた。


「それにね、すごくいいお仕事のお話が決まったの」


「お仕事?」


「そう。王都の貴婦人たちに、出張で施術をすることになったのよ」


「へえ!」


ミーナが目を輝かせた。


「すごいじゃないですか!」


「ふふ。ありがとう」


私は鞄から契約書を取り出した。


そして、二人に向かって言った。


「このお仕事をきちんとやり遂げれば、風呂屋の借金を返し終えられると思うの」


「……えっ?」


ミーナが固まった。


「借金って……全部ですか?」


「ええ。全部よ」


「えええっ!?」


ミーナの声が、風呂屋いっぱいに響いた。


リリも目を丸くする。


「じゃあ、もうお店を取られないの?」


「まだ返し終わったわけではないけれど、もう少しよ」


私はしゃがみ込み、リリと目を合わせた。


「ちゃんとお仕事をして、約束どおりお金を返せば、安心してお店を続けられるわ」


「……そっか」


リリは、ほっとしたように笑った。


「よかった」


その一言に、胸が温かくなった。


私は二人を見つめた。


「ここまで来られたのも、二人のおかげよ。本当にありがとう」


「そんな!」


ミーナが照れくさそうに笑う。


「私だって、このお店で働けて嬉しいですから!」


リリも頷いた。


「明日もお店番するよ」


「ふふ。頼りにしているわ」


私は笑った。


(さあ。あと少し!)


借金を返し終えたら、次は何をしよう。


もっと多くの人に施術を届ける?


新しいお店を作る?


それとも、王都の衛生を変えるような、大きな仕事に挑戦する?


考えるだけで、胸が躍る。


けれど、その答えは、まだ急がなくてもいい。


まずは、目の前のお客様に最高の施術を届けること。


そして、あの風呂屋を、誰にも奪われない場所にすること。


私は契約書を大切にしまった。


そのとき、玄関の扉が控えめに叩かれた。


「はい、ただいま!」


ミーナが駆けていく。


扉の向こうには、見慣れない制服を着た使者が立っていた。


「モニカ殿はいらっしゃいますか?」


「私ですが……」


使者は丁寧に一礼した。


「カイル様より、お手紙をお預かりしております」


(……カイル様から?)


私は封筒を受け取った。


そこには、短い一文が記されていた。


『お仕事が順調とのこと、何よりです。近いうちに、一度お会いできませんか』


私は思わず微笑んだ。


(ふふ。どうやら、次のお仕事も忙しくなりそうね)


挿絵(By みてみん)

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