第8話 試験の行方
体力試験は続く。
腕立て伏せに始まり、腹筋、背筋、反復横飛び、スクワットだ。
運が良かったのか、俺はここまで全種目で一位を取れている。
その分、休憩を取ることはできないが、体力的には問題ない。
なぜならば、毎回種目が途中で終了するからだ。
回数が点数になると聞いていたので、点数稼ぎのためにもっとやっておきたかったのだが、強制的に終わるのであれば仕方がない。
「午前の競技はこれで終わりだ! 昼休憩の後、試験を再開する!」
教官が号令を出すと、移動する人、弁当を食う人、倒れ込む人など様々だった。
「ふう、やっと飯か。腹減ったぜ。たくさん食って午後も頑張ろう」
俺はまだ体力に余裕はある。
この調子なら、試験もいい結果が出せるだろう。
「うーん、飯は奮発しちゃおうかな。あはは」
俺は食堂へ急いだ。
◇◇◇
昼休憩を迎えた教官室を一人の年配男性が訪れた。
「主任、今回の受験者はどうかね?」
「人事局長!」
人事局は冒険者試験を総括する。
その局長は、当然ながら人事局の最高責任者だ。
「途中集計が出ました。三位の受験者が三千八百点、二位は四千二百点です」
「ほう、それは優秀だな。今回はレベルが高いではないか。その二人は歴史的に見ても上位に入るぞ」
「一位は……二万点です」
「なっ!」
歴代の最高得点でも一万五千点だ。
しかも、一万点を超えたことはその一回のみ。
試験の性質上、人間の体力で二万点を超えることは絶対にない。
だが、アステルは半日で二万点を叩き出している。
局長は額から汗が止まらない。
「バカな……。そんなことがあるのか……」
主任教官は、試験種目を強制終了していることも報告した。
それを聞いた局長が絶句する。
「恐れながら、彼一人で試験を壊しているといっても過言ではありません」
主任は局長にそう伝えながら、アステルの資料を手渡した。
「アステル・ウルリッヒ。十八歳か。不審な点はないのだな?」
「はい。例年と同じように、厳しく監視しています」
「午前中で歴代最高点を大きく上回るとは……。人事局としては逸材で喜ばしいが、試験としては問題だろう」
「はい。実はこの受験者の周囲では、棄権者が続出しています」
「なんだと?」
「想像を絶する体力を見て、心が折れてしまったようです」
「それは困ったな。しかし、試験内容を変えるわけにはいかない……」
腕を組み、しばらく考える局長。
「仕方がない。異常事態だ。ギルドマスターにご相談させていただこう」
局長は主任を引き連れ、足早に部屋を出た。
◇◇◇
俺は食堂のテーブルで、肉汁が滴るステーキを一口頬張った。
「ああ、旨い。やっぱり黒毛牛のステーキは最高だ。奮発して良かった」
瞳を閉じて肉を堪能する。
俺は試験だからと大奮発して高級肉のステーキを注文した。
これで午後も頑張れる。
二切れ目の肉を切ると、一人の大男が近づいてきた。
俺よりも身長が高く、筋骨隆々の体格だ。
俺の正面で、その男が突然テーブルを叩く。
バンッという乾いた音が鳴り響くと同時に、賑やかだった食堂が静まり返った。
「てめえ、ちょっとやり過ぎだぜ?」
「え? あ、あの、ギルドの方ですか?」
「試験をぶち壊してんじゃねーよっ! てめえのおかげで棄権したんだっ!」
「なんだ、受験者か。じゃあ立場は同じでしょ。しかも自分で棄権したのに、人のせいにするのはよくないよ?」
「ふ、ふざけんじゃねーぞっっ!!」
男が俺の飯をなぎ払った。
いくつもの皿が床に落ちて、ガシャンと甲高い音が響く。
「ちょおおぉぉ! 俺の肉がっ!」
俺は床に落ちた飯を見つめた。
楽しみにしていた黒毛牛のステーキ。
二千ルトもする高級肉なのに、まだ一切れしか食っていない。
「肉が……」
いや、金額ではない。
肉屋の息子として、許せるわけがない。
食い物を……肉を粗末にすることは万死に値する。
「小僧! 聞いてんのか!」
「お前のくそみたいな嫉妬で、この肉が無駄になっちまったぞ」
「んだと! 殺すぞ!」
俺は立ち上がり、男の頭を掴んだ。
俺よりも身長は高いが関係ない。
「くっ! は、放せっ!」
俺は男の顔を無理やり押さえつけ、床に落ちた肉に近づける。
男は抵抗しようと両手を床につけて必死に踏ん張っているが、俺のほうが力は上だ。
「命に感謝しろ! 肉を粗末にするな!」
「ぐっ! や、やめろっ!」
「もう一皿買ってこい!」
「わ、分かった! 分かったから! 放せって!」
手を放すと、男は走って逃げてしまった。
「あっ! あいつめ!」
俺は床に落ちた肉を見つめる。
さすがにもう食えない。
「俺の肉が……」
落ちた飯を片づけ、食堂のおばちゃんに謝罪した。
皿の代金を払うと伝えると、喧嘩はよくあるから大丈夫と笑っていた。
さすがは荒くれも多いと聞く冒険者ギルドの食堂だ。
「午後の試験を始めるぞ! グラウンドに集合しろ!」
教官の声が響いた。
俺は結局ほとんど飯が食えていない。
悲しみながらグラウンドに出て整列すると、午前中は一万人もいた受験者が、半数近くまで減っていた。
「え? 嘘でしょ?」
「例年、午後は三割くらいの者が棄権するんだ。自分には無理だと痛感する。だが、今年は困ったことに棄権者が多すぎる」
「え? あの……」
一人の男性が俺に声をかけてきた。
「私はこの試験の主任教官だ。君の試験のことで話がある」
「は、はい」
俺は主任に別室へ連れて行かれた。
不穏な空気しか感じない。
これは間違いなく怒られる。
さっきの騒動が原因だろう。
「君の試験は終了だ」
「えっ! そ、そんなっ!」
いきなり失格を言い渡された俺は、膝から崩れ落ちそうになった。
試験中に食堂で喧嘩なんてしたからだ。
絡まれただけだが、やり返したのがいけなかったのだろう。
というか、どの面下げて地元に帰ればいいのだろうか……。
試験失格なんて前代未聞だ。
親父に合わせる顔がない。
「う、うぅ……」
いい年して泣きそうになる俺。
「ん? 違う違う! 驚かせて申し訳ない!」
「え?」
「君に関しては、もう結果が出たんだ」
「け、結果ですか?」
「困ったことに、他の受験者にも影響が出てしまってね。体力試験は間違いなく一位だ」
「じゃ、じゃあ……」
「君は学科試験も問題ない。冒険者試験は合格だ」
「えっ! ほ、本当ですかっ!」
「ああ、本当だとも。試験の途中で合格なんて前代未聞だがな。はは」
「や、やったっ! 合格だっ!」
俺だけ一足先に体力試験が終了した。
明日、正式に合格発表されるらしい。
そのため、今日はもうこのまま帰っていいそうだ。
俺は主任教官にお礼を伝え、ギルドを出た。
「合格だよ! 夢じゃないよな! くうう、やったぜ!」
喜びながらも、腹の虫が鳴りまくっている。
あの騒動で昼飯を食えなかったから、正直ありがたかった。
もしあのまま試験を続けていれば、空腹で倒れたはずだ。
早く宿へ戻って飯にしよう。
「てめえ、殺す!」
街道を歩いていると、昼飯を無駄にした大男が声をかけてきた。
仲間を二人連れている。
どう考えても仕返しだ。
「う、うわあ……」
「ビビったか⁉︎ こいつらは俺の後輩で、二人ともFランク冒険者だぞ!」
「ビビる? え? 違う違う。大勢で仕返しとか、恥ずかしくないのかなって思っただけさ」
「こ、小僧がっ! 殺すっ!」
男がグレートソードを抜き、大きく振りかぶった。
そのまま俺の脳天に向かって振り下ろしてくる。
どうやらマジで殺す気のようだ。
短気にもほどがあるだろう。
しかし――遅い。
「そんなスピードじゃ、森鹿だって狩れないぜ?」
振り下ろされる剣を、俺は右の拳で真横から殴りつける。
すると、ガンッと鈍い音と共に、ぶ厚いグレートソードの剣身がへし折れた。
「なっ!」
「Aランクの冒険者が言っていたぞ? 『装備にはこだわれ。命を預けるものだ』ってな」
親父が別れ際に言っていた言葉だ。
確かに親父の言う通りだった。
安い剣は脆い。
「肉の恨みだっ!」
驚愕の表情を浮かべる男の腹に、俺は右拳をめり込ませた。
「ぐぼっ!」
男の巨体が宙に浮く。
そのまま地面に落下すると、白目を向き、泡を吹いて気絶した。
俺は二人の男に視線を向ける。
「ねえ、あんたたちは冒険者なんでしょ? こんなことしたら剥奪されるんじゃない? もったいないよ? あの地獄の試験で受かったんでしょ?」
「く、くそっ!」
「せ、先輩っ!」
二人の男が気絶した大男の両脇を抱えた。
そして、逃げるように街道を去っていく。
「冒険者でもクズみたいな奴はいるんだな」
俺としてはもう関わりたくないので、すぐに宿へ帰った。
その日の夜は、もちろん黒毛牛のステーキを注文したのは言うまでもない。
出費は痛いが、合格祝いだ。




