第41話 騎士団からの依頼
◇◇◇
王都ヴォルアルの中心地に建つ、王立ヴォルア騎士団の本部。
質実剛健な佇まいの城は、厳しい規律を誇る騎士団を体現しているかのようだ。
その一室を一人の女性が訪れた。
「ご足労いただきありがとうございます」
「とんでもないことでございます」
騎士の敬礼で出迎えた人物は、ヴォルア騎士団総帥エルファリア・ロズロヴェーラ。
そして、優雅なお辞儀を返すのは、冒険者ギルドマスターのシャルロット・ローレンフェルトだ。
顔を見合わせて、吹き出す二人。
「ちょっと、シャルロット。久しぶりじゃない」
「そうね。最近は会わなかったものね。エルファリア、元気だった?」
紅茶を飲み、しばらく世間話に花を咲かせる二人。
「で、エルファリア。何の用で呼んだの? まさかお茶会じゃないでしょう?」
「単刀直入に言うわ。ある人物の追跡で、ギルドの力を貸してほしいの」
「もしかして、シューベル・ギルムートが帰国したこと?」
「いやね、何でもお見通しかしら……。そうよ。うちは追跡が得意じゃないから、手伝ってほしいのよ。物凄い新人が入ったんでしょ? うちのエースから話を聞いたわ。その子はどう?」
物凄い新人とはアステルのことだ。
対モンスターではすでにギルドでトップクラスのアステルとはいえ、人間相手の経験はほとんどない。
これから様々な経験をさせていくつもりなのだが、アステルといえどもシューベルはまだ早いと思っている。
熟考に熟考を重ね、シャルロットは答えを決めた。
◇◇◇
ギルドの敷地内にはいくつもの建物がある。
そのうちの一つが図書館だ。
「失礼しまーす」
俺は初めてギルドの図書館に入った。
本棚には大量の本が並び、本を物色する人やテーブルで勉強する人の姿がある。
だが、物音はほとんど聞こえず、深夜の山中かと思うほど静かだった。
時折、パラリと本のページがめくれる音が聞こえるくらいだ。
「これは物音一つ立てちゃダメだな」
誰にも聞こえないように呟いた俺は、気配を消す。
まさか狩猟で培った技術が、図書館で役に立つとは思わなかった。
図書館に来た理由は、先日立ち寄ったオラシュブルク村のことが気になったからだ。
廃村になった理由を調べようと、様々な文献、魔女狩りの歴史本、三年前の新聞やギルド報を読んでみた。
ついでに幽霊の本も探す。
だが、結局何も分からなかった。
あと、幽霊の本なんてなかった。
「アステルさん。やっと見つけました」
受付嬢のセリアさんが、小声で声をかけてきた。
「セリアさん、どうしました?」
「図書館に向かったと聞いて探していたのですが、全然見つからなくて」
「すみません。はは」
気配を消していたので、見つけにくかったのかもしれない。
「情報局長がお呼びです。お越しいただけますか?」
「え? わ、分かりました」
俺は情報局の局長室へ向かった。
情報局とはギルド内外の情報を集約する部署で、最も謎が多い部署と言われている。
「呼び出して悪かったね。局長のルーベンス・ハスダンだ。よろしく」
「アステル・ウルリッヒです」
ルーベンスさんは白髪混じりの黒い短髪で、五十代くらいの男性だ。
スーツを着こなす姿は正直渋い。
親父とは大違いだ。
「お父さんは元気かね?」
突然の言葉に身体の動きが止まるほど驚いた。
それでも、なんとか冷静を装ったつもりだ。
ここは絶対に隠し通す。
「……お父さんとは?」
「ヴォルフだよ」
「え、ええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
俺はつい絶叫してしまった。
「おおお、親父を知っているんですか?」
「ここは情報局だぞ?」
情報局長が親父の存在を知っているとなると、色々とヤバいような気がする。
幼少期から俺を狩りに行かせていたことがバレたら、親父の冒険者カードが危ない。
「色々心配しているようだが、安心したまえ。ギルド内で君たちの親子関係を知っている者は数人しかいない。ベルマー人事局長ですら知らないんだ」
「え? 人事局も知らないんですか?」
「そうだ。ヴォルフはバレないように細工しているんだよ」
「じゃ、じゃあ、なぜ情報局は?」
「我々に知らないことはない。君が今朝食べたパンの数も分かるぞ」
「え! そ、そんな!」
「ははは、それは嘘だ」
「でででで、ですよねー。あはは」
良かった……。
一瞬本当だと思って、家に帰ったら家中調べようと思った。
「本当のことを言うとね。私は元冒険者で、ヴォルフとガドルフの先輩なんだ」
「え! そうだったんですか!」
「恥ずかしながら、君が受験するまで親子関係に全く気付かなかった。君の成績を見て調べたんだよ。ガドルフに問い合わせたら、君たち親子を最後まで庇っていたよ。義理堅いあいつらしいが、きっちりと吐かせた。はは」
「あ、あの……。ガドルフさんに何か処罰などは……」
「まあ、あいつも君が昔から狩猟していたことは知らなかったし、不問にしたよ」
「良かったぁぁぁぁ」
親父のせいでガドルフさんに迷惑がかかったら、謝罪どころでは済まされない。
「親父はどうなりますか?」
「それも不問にする。むしろヴォルフはこのまま狩りをさせておいたほうが、地域の安全に寄与するからな。恐らくヴォルフはこうなることを見越している。昔からそういう男だ」
「そ、そうなんですね」
「しかし、ヴォルフが現役だったなんて、すっかり忘れていたよ。勝手に引退したと思い込んでいたからな。ははは」
ルーベンスさんが話の分かる人でよかった。
「ヴォルフと親子だったことは驚いたが、君の能力を疑う余地はない。待遇はこれまで通りだから安心するがいい」
「はい。ありがとうございます」
俺は深く頭を下げ、大きく息を吐いた。
安心から喉の渇きに気付き、ブドウジュースを口にする。
コーヒーではなくブドウジュースということは、俺の好みを知っているという意味なのだろう。
情報局、恐ろしい。
「さて、本題だ。アステルに依頼がある。騎士団からの依頼で調査を手伝ってほしい」
ルーベンスさんが書類をテーブルに置いた。
「えーと、対象はシューベル・ギルムート。元ヴォルア騎士団第一師団長……。え! 師団長!」
「この国で最も優秀な騎士だった男だ。異名は赤槍。君が仲良くしている第一師団一番隊隊長、ディード・ヴェルシュタインの師匠でもある」
「ディードさんの師匠……。なぜそんな立派な人を調査するんですか?」
「今から話すことは極秘事項だ。いいね」
「は、はい」
「君はオラシュブルク村を知っているか?」
「オラシュブルク村! 実は今日、図書館で調べていました」
「ほう、奇遇だな。何か分かったか?」
「いや、全く……。なんの情報もなかったです」
「そうだな。情報統制されているからな」
ルーベンスさんが少し息を吐き、コーヒーを口にした。
「あの村が廃村になった原因は、シューベルなんだ」
「え? モンスターの襲撃なのでは……」
「真実は違う。不幸が連鎖した結果、シューベルが大勢の村人を殺した」
「なっ!」
まさか廃村の理由がそんな大事件だったとは、想像もしていなかった。
「理由はどうであれ、今のシューベルは凶悪な犯罪者だ。騎士団はシューベルを討伐せざるを得ない」
「元師団長の討伐……」
「アステルの役目はあくまでも調査だ。とはいえ、シューベルは非常に危険な相手だ。断ってくれても構わないよ」
気遣いはありがたいが、どんなクエストだって安全なものなんてない。
「いえ、やります」
「……ありがとう。本当に助かるよ」
ルーベンスさんから可能な限りの情報を聞き、部屋を後にした。




