第40話 幽霊とロマン
暖炉の前で、オリーフィアは膝を抱えてウトウトと寝ていた。
時折、俺の肩に頭をぶつける。
その度に目を覚まし、またすぐに目を閉じた。
俺の隣から離れようとしない。
「横になって寝ればいいのに」
窓の外に目を向けると、外はもう完全な闇だ。
豪雨は止んでいる。
「オリーフィア、オリーフィア」
「ん? なあに?」
眠たそうに目を擦るオリーフィア。
「一旦外を見てくる。横になって寝てなよ。寝袋は持ってるだろ?」
「えっ! ちょっとっ!」
オリーフィアの瞳が大きく開いた。
「モンスターがいるか見てこないと危険だ」
「い、行かないでっ! お願いっ! 私を捨てないでっ!」
「捨てるって……。じゃあ、一緒に来る? でも危険かもしれないぞ」
「危険なの?」
「豪雨で気づかなかったけど、いるかもしれない」
「でも一人で残るのはやだよ!」
「分かったよ。危ないから俺から離れるなよ?」
「うん!」
俺たちはランプに火をつけ外に出た。
雨上がりの影響で風が強い。
ざわめく木々に廃村の不気味さを感じる。
「むっ!」
「ど、どうしたの!」
俺はモンスターの気配を察知した。
「オリーフィア! 黒熊獣だ! 俺の後ろにいろよ!」
「は、はいっ!」
黒熊獣が姿を見せた瞬間、俺たちに突進しながら、大爪を振り上げてきた。
「いきなりかよっ!」
俺は即座に剣を振り上げ、その大爪を斬り落とした。
そして腕を返して、首筋を斬りつける。
黒熊獣は首から大量の血を吹き出し、ドスンと鈍い音を立てながら地面に崩れ落ちた。
「ふう、やっぱり廃村は危険だな」
「Cランクモンスターとはいえ、黒熊獣って狩猟難易度高いのに……。一人でやっちゃうなんて……」
「実家で何度も狩猟したからさ。あはは」
オリーフィアが俺の腕を掴んできた。
「ねえ、アステル。もうモンスターはいない?」
「ああ、特に気配は感じないね」
「よかったあ。……幽霊もいない?」
「幽霊の気配は分からないなあ。そもそも幽霊なんていないし」
「いるよっ! 幽霊はいるんだよっ!」
「なにそれ。いてほしいみたいじゃん」
「そんなわけないでしょっ! やだよっ! でもいるんだよっ!」
力説するオリーフィアは、俺の腕にしがみついたまま手を放さない。
余程怖いのだろう。
「アステル。廃村になって判明したんだけど、ここは酷い因習村だったんだって。つい最近まで魔女や呪術が信じられていて、魔女狩りなんかもあったんだって」
「魔女狩りって、確か百年前には禁止されたんじゃなかったっけ?」
「そうだよ。その犠牲者の魂が彷徨ってるんだって。実際に見たって人がいるし」
まあ、幽霊を見たなんて全部思い込みだ。
夜の山を歩いていると、そんなものばかり見る。
人の顔は葉っぱだし、話し声は枝が擦れる音だし、浮遊する光の玉は夜行動物の目だ。
二人で小道を歩くと、全焼した家屋を見つけた。
そこには花束が置かれている。
「花束? まだ新しいな」
「綺麗なヒマワリだね」
オリーフィアが一旦俺から離れ、しゃがみながらヒマワリを見つめていた。
だが突然立ち上がり、また俺にしがみつく。
「待って! なんでこんなに新しい花束があるの! や、やっぱり!」
オリーフィアの腕に力が入る。
その様子を見て、ちょっとだけ俺の悪戯心に火がついた。
「そうだな。これは幽霊かも……。ひひひ……」
いつもより声を低くして、ランプの光を顔に当てながらオリーフィアを見つめた。
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 出たああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
オリーフィアの壮絶な絶叫が闇夜にこだまする。
これほど驚くとは思わなかった。
「オリーフィア! ごめん! 冗談だよ!」
「もうやだっ! 帰りたいっ! アステルのバカッ! クズッ! ボケッ!」
酷い言われようだが俺が悪い。
涙声のオリーフィアを落ち着かせて、廃屋に戻った。
***
翌朝、目を覚ますと、俺の寝袋の真横でオリーフィアが寝ていた。
「オリーフィア、起きて。朝だ」
「うん……」
「大丈夫?」
「朝? はあ、良かったあ。もう大丈夫」
俺たちは朝食を取り、黒熊獣を積み込んで村を出発した。
荷獣車は森を抜けて街道に出る。
ここまで来るといつものオリーフィアに戻っていた。
「明るくなれば平気だもん。ふふん」
オリーフィアは鼻歌交じりに手綱を握っている。
俺は昨日のことを思い返していた。
「あの花束、なんだったんだろう……」
帰ったらオラシュブルクのことを調べてみよう。
「あれは間違いなく幽霊の仕業ね」
「だから、幽霊なんているわけないって」
「はあ、まったく……。アステルは本当にロマンがないね」
「ロマンて……。幽霊にロマンなんてないだろ」
「やだやだ、だから女心も分からないんだよ」
「関係ないだろ!」
「はあ、やだやだ」
その後もオリーフィアと幽霊について言い合いながら、ギルドに帰還した。
今回は三角甲竜の狩猟クエストだったが、黒熊獣の素材報酬ももらえるとのことだった。
クエスト完了の手続きを終えると、革製のエプロンをつけたオリーフィアが姿を見せる。
「私はこれから解体するけど、アステルもナイフを試すでしょ?」
「ああ、そのために三角甲竜を狩ったからな」
俺たちは解体場に移動した。
さっそくオリーフィアが、三角甲竜の背甲の隙間にナイフを入れていく。
俺も一通りの解体はできるが、オリーフィアはレベルが違う。
野菜を切るように、さくさくと素材を解体していく。
「さすがドルトさんのナイフだね。これまでのナイフと全然違う」
「見ていて分かるよ。でもさ、そのナイフも凄いけど、オリーフィアの腕はもっと凄いよ」
「ほんと? まあでも家でやってたし普通だけどね。ふふんっ」
オリーフィアが腰に手を当て、自慢気な表情を浮かべた。
昨日の怖がっていた姿と違い、とても可愛らしい表情だ。
「アステルのナイフも試してみる?」
「そうだね」
俺のナイフはフローシェが打ったものだ。
いつもは剣の手入れをしてもらっているだけだから、フローシェが打った刃物は初めて使用する。
俺は背甲の隙間にナイフを入れた。
「す、凄いな。紙を切ってるようだぞ」
一気に背甲を剥がし、全身の鱗を切り取っていく。
捗るなんてものじゃない。
固い筋や小骨までスムーズに切れる。
これほど切れると解体が楽しい。
「ちょ、ちょっとアステル……」
「ん? どうした?」
「いや、速すぎるんですけど……」
オリーフィアが呆れた表情を浮かべていた。
「え? 速い? いやいや、オリーフィアのほうが速かったよ?」
「そりゃ私は解体だけをやってきた人だもん。でも、アステルの解体は私とほぼ一緒だよ。解体の腕まで凄いなんて信じられない。ほんと嫌になっちゃう」
オリーフィアは両手を広げ、肩をすくめた。
「ま、まあ俺も実家で解体することあったしね。はは」
「解体師の試験も受けてみなよ。絶対にAランク受かるから」
「うーん。でもなあ、俺にはオリーフィアがいるから受ける必要ないさ」
「え、私? や、やだ、そんな……。アステル専属ってこと?」
「違うけど。これからもたまに頼むよ」
「はあ! バカじゃないの! バカアステル!」
何だかよく分からないが、オリーフィアにめちゃくちゃ怒られた。




