第42話 騎士団の訓練
騎士団から迎えが来るとのことで、俺はギルドの食堂で待っていた。
「アステルさん!」
「あ! ディードさん!」
騎士隊長のディードさんが姿を見せた。
「アステルさん。この度は引き受けてくださり、ありがとうございます」
「えっと、俺はディードさんと調査を?」
「そうです。しばらくの間、よろしくお願いします」
ディードさんは『鬼薔薇』という恐ろしい異名を持つが、見た目は俺よりも年下に見えるほど幼い。
「今から一番隊の砦に向かいますね」
ディードさんは明るく振る舞っているが、その表情は重い。
自分の師匠の討伐だ。
当然だろう。
「アステルさん。お願いがあるのですが、よろしいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「私はアステルさんの狩猟の凄さを知っていますが、対人の実力を知りません。もちろん対人でも凄いことは想像できます。ですが、正確に知っておきたいので、剣の稽古につき合っていただけませんか?」
恐縮した表情で、とても言いづらそうに話すディードさん。
だが、俺にとっては願ったり叶ったりだ。
「いいんですか! 助かります!」
「え? あ、あの……」
「いやー、俺自身、対人の経験が少ないのでありがたいです。騎士との稽古なんて経験できないですからね」
「あ、ありがとうございます!」
ディードさんが深く頭を下げた。
「そうだ。だったら、騎士団の訓練にも参加させてもらっていいですか?」
「え? うちの訓練ですか? きついと思いますが……。あ、でもアステルさんですものね。大丈夫ですよね」
俺は狩猟しかしてこなかったから、ちゃんとした訓練や対人の戦い方を知らない。
最近は討伐クエストを行うようになったのだから、もっと実力を身につけたい。
それに、第一師団の一番隊はエリート集団だ。
これ以上の環境はないだろう。
「着きました。ここが一番隊の砦です」
門をくぐると石造りの堅牢な砦が姿を現した。
「訓練は明日の早朝からです。今日はここに宿泊していただいてもよろしいですか?」
「はい! よろしくお願いします!」
***
翌日の早朝に起床。
日の出前に朝食を取り、日の出と同時に訓練が始まった。
「準備運動だ! 素振り百回!」
副隊長のドーレスさんの声が響く。
「次は腕立て伏せだ!」
素振りが終わると、腕立て伏せを百回行う。
終わった瞬間に、また剣の素振りを百回だ。
さらにスクワットを百回行い、素振り百回を繰り返す。
「いいか! 素振りで体力を回復しろ! 素振りが休憩だ!」
「「「はいっ!」」」
素振りで休憩という言葉を聞き、さすがに驚いた。
しかもこの素振りは全力だ。
どこが休憩なのかと疑問に思う。
「速度を落とすな! その剣に民の命がかかっているんだぞ!」
そう叫ぶドーレスさんも素振りをしている。
一番隊の訓練は全員平等だという。
ディードさんも訓練に参加している。
「よし! 水分を取れ!」
永遠に続くかと思った準備運動が終了した。
ディードさんが微笑みながら近づいてくる。
「アステルさん、どうですか?」
「さすが騎士団ですね。きついです」
「この訓練は身体よりも精神を鍛えています。本当に苦しくなった時にこの訓練が生きます。あと一振りできるかどうかが生死を分けるのです」
ディードさんは額に汗をかく程度だった。
余裕があるように見える。
「ディードさんは平気なんですか?」
「平気な振りをしています。だって、アステルさんの息は一切乱れてないですから」
「いやいや、しんどいですよ。はは」
正直、辛いわけではないが、かといって余裕があるわけでもない。
俺は狩猟しかしてこなかったから、ここまで徹底的に身体をいじめることはなかった。
それに民の命という言葉を聞き、剣の一振り一振りに責任を感じた。
精神的な疲労は、いつもより体力を消耗させる。
午前中は体力と精神力を鍛える地味で厳しい訓練が続いた。
「アステルさん、午後は模擬戦です」
「はい!」
昼食後は実戦訓練だ。
隊員たちと一騎打ちで稽古を行った。
さすがに騎士の剣技は美しく洗練されていたが、負けることはなかった。
「アステルさん、全勝とはさすがですね」
「いや、ギリギリですよ。やっぱり騎士のみなさんの剣は勉強になります」
「本当ですか? 物足りないんじゃないですか?」
「そ、そんなことは――」
「次は集団戦です」
ディードさんが合図を出すと、各小隊長が動き出した。
「四人一組になれ! 三対一の模擬戦だ!」
対人の集団戦なんて、以前の討伐クエストで一回経験しただけだ。
そんな俺にとって、騎士を相手に三対一は厳しい。
だが、これは模擬戦だ。
勝敗は気にせず、しっかりと自分の経験にしようと思う。
騎士たちが迅速に動き始めると、ディードさんが俺の肩を叩いた。
「アステルさん。今、勝敗よりも経験を優先させようと考えていませんでしたか?」
「え? い、いや、その……」
「いいですか、勝敗は最も大切なんです。私たちは命のやりとりをしています。負けたら何も守れないんです」
「は、はい」
「今は訓練です。確かに死にません。だからといって、勝敗を気にしないのはいただけません」
ディードさんの言うことはもっともだ。
訓練だろうが、勝敗は関係ないと思った自分が恥ずかしい。
「自分が間違ってました」
「ふふ。では、アステルさんはこちらです」
十人の騎士が整列していた。
「第一小隊が全員で相手をします」
「え! じゅ、十人の騎士相手に勝てと言うんですか?」
「違います」
「え?」
ディードさんが木剣を手に取った。
「十一人です」
「え! いやいや! 勝てるわけが――」
「戦場で、それ言えますか?」
ディードさんの表情から笑みが消えた。
鋭い目つきで俺を見つめている。
何も言い返せない。
言葉に詰まると、ディードさんが微笑んだ。
「そうは言ってもこちらは十一人ですから、騎士とは思えないほどの卑劣さです。うふふ」
ディードさんの表情は笑顔だが、目は笑っていない。
試されているような気がする。
「通常の訓練にしておきますか?」
「いえ、全員で結構です。真剣勝負でお願いします。絶対に勝ちます」
「いい心がけです。ではアステルさんも、全力で来てくださいね」
俺は剣を構えた。
「ではいきますよ。準備はいいですか?」
「大丈夫です」
「本当ですか?」
「はい」
俺が答えると、ディードさんが左手を掲げた。
「対象を囲め!」
ディードさんの命令に反応した十人の騎士が、一斉に走り出す。
そして、俺を中心に輪で囲んだ。
「アステルさん、油断してはダメですよ。集団戦は常に退路を確保しておくように」
「くっ!」
「もう逃げられません。どうしますか?」
騎士たちが、じりじりとゆっくり間合いを詰めてくる。
さすがに十本の剣は同時に捌けない。
「降参しますか?」
輪の外にいるディードさんが声をかけてきた。
答えはもちろん決まっている。
「しませんよっ!」
俺は右前方の騎士に向かって猛然と走り、突きを放つ。
一人を崩して包囲網を破る作戦だ。
「アステルさんの剣は重いぞっ! 一人で受けるなっ!」
ディードさんの号令に左右の騎士が反応し、三本の木剣で俺の突きを弾いた。
「なっ!」
「一本では無理でしたが、三本では止められますね。ほら、もう相手に情報が抜き取られましたよ。戦いというものは情報戦でもあるのです」
「くそっ!」
「アステルさんの剣は三人で対処しろっ!」
俺はすぐに上段斬りを繰り出すも、三本の剣で防がれてしまった。
木剣の乾いた音が鳴り響く。
その音を合図にしたかのように、背後の四人が俺に向かって突きを放ってきた。
俺は身体を右に回転させながら、剣を水平に振る。
辛うじて四本の剣を一気に弾いた。
「お見事です! ですが止まりませんよ!」
ディードさんが叫ぶと、今度は別の方向から四本の突きが迫ってきた。




