第4話 人を超えた子
◇◇◇
アステルの話は、にわかに信じがたいものだった。
だが、アステルが嘘や誇張をするとも思えないし、実際に剣は持てないほどの重量だった。
何より、あのヴォルフだ。
愛息とはいえ、アステルに無茶をやってもおかしくない。
いや、愛息だからこそ無茶をするだろう。
「黒熊獣だ! ガドルフさん、一旦止まりましょう」
アステルが動きを止めた。
俺には気配なんて全く感じない。
「特に感じないが?」
「この先にいます」
「俺も元冒険者だ。モンスターの気配には敏感なんだが……」
俺だって元とはいえCランク冒険者だ。
経験豊富だし、支部長まで出世した。
「黒熊獣はこちらに気づいてないですね。気配を消してください」
「気配を? わ、分かった」
気配を消すなんて簡単に言うが、ベテラン冒険者でも難しい。
十七の子供ができることじゃない。
ましてやアステルは冒険者でもない。
だが――。
「か、完璧に気配を消してる……」
「ここからは音を立てずに行きます。黒熊獣に抵抗されると面倒なので、一気にケリをつけますね」
アステルが身を伏せながら、静かに進み始めた。
気配も音も、何もかも完全に消して闇と同化している。
俺は少しついていったが、間違いなく邪魔になることに気づいた。
その場にしゃがみ、アステルに先に行けと合図を送る。
アステルはそのまま先に進んだ。
俺はその様子を見つめながら息を飲む。
接近するアステルの姿は、獲物を狙う猛獣なんてレベルではない。
それはまるで、闇を纏う死神のようだ。
無音で黒熊獣に接近したアステルは、全く気づかれる様子もなく、黒熊獣の首元を斬りつけた。
「う、嘘だろ……」
たった一撃で狩猟を終えたアステル。
どんなに熟練の冒険者でも、最接近すれば絶対に気づかれる。
そこで必ずモンスターと戦闘になる。
だが、アステルは戦うどころか、気づかれもしなかった。
しかも使用している武器は、あの重い剣だ。
それに、あの剣は重いだけではなく、振り抜きの速度が遅いと斬れないように細工されている。
剣を持った時、一瞬だけ見えた刃で俺は気づいた。
なぜならば若い頃、ヴォルフの悪戯で俺の剣はよく細工されていたからだ。
「ガドルフさん。帰りましょう」
「え? な、何をやってるんだ! おかしいだろ!」
アステルに声をかけられたが、俺は目の前の光景が信じられなかった。
アステルは、手足を縛った黒熊獣を担いでいる。
黒熊獣の体長なんて人の倍以上あるし、その体重は五倍どころではない。
「か、担ぐのか⁉︎ 荷車を使わないのか⁉︎」
「はい。山の中では荷車なんて使えませんから、担ぐのが一番早いんです」
「そ、そうか……」
「それに、早く持ち帰らないと親父がうるさいんですよ。味が落ちるって。だからすぐに持ち帰って解体して、新鮮な肉として販売するんです。それもあって、うちの店は人気店なんですよ。まあ九割が俺の話術のおかげですけどね。あはは」
よく見ると、アステルは森鹿も一緒に担いでいた。
いつの間に狩猟したのだろうか。
全く気づかなかった。
「な、なんなんだ、この子は……。し、信じられん……」
アステルの腕は驚異的だ。
今の段階でCランク冒険者以上の実力はあるだろう。
Cランクなんて、凄腕といってもいいレベルだ。
「これで五万ゲットは美味しいですね。あはは」
心底驚愕している俺とは対照的に、アステルは黒熊獣と森鹿を担ぎ、笑いながら山を下り始めた。
「五万か……」
今回は冒険者ギルドから、ヴォルフに討伐報酬と素材買い取り代金を支払う。
その金額は合計で三十万ルトだ。
緊急クエストに該当することで上乗せされているし、黒熊獣の素材は高値がつく。
アステルが受け取る金額は少ない。
だが、家庭の方針かもしれない。
黙っておいたほうがよさそうだ。
「それにしても……」
ヴォルフのやつ、なんていう化物を育てたんだ。
長年冒険者ギルドにいるが、これほどの人間は見たことがない。
いや――。
アステルは間違いなく人間を超えている。
◇◇◇




