第38話 世紀の大発見
ドルトさんの店を出た俺は、その足でギルドへ向かった。
俺の記憶が確かなら、廃坑に関するクエストがあったはずだ。
せっかくなので、クエストを同時にこなしてもいいだろう。
「アステルさん!」
「あ、セリアさん!」
受付嬢のセリアさんだ。
胸に書類の束を抱え、薄桃色の長い髪をなびかせながらロビーを歩いていた。
最近知ったのだが、セリアさんは男性冒険者たちに絶大な人気がある。
だが、誰一人として交際を申し込まない。
「アステルさん、今日はクエストですか?」
「はい。ちょっと北の廃坑へ行くことになったんですが、確か関連するクエストがあったかと」
「北の廃坑……。確かにありますね。でも、なかなか受注されないんですよねえ」
「え? どうしてですか?」
「だって、蟲類の狩猟ですから……」
「蟲類!」
蟲類モンスターの狩猟は大変だ。
巨大な上に、大量に発生する。
クエストの難易度と労力に対して、報酬が見合わないと不人気だった。
あと単純に、見た目が気持ち悪いという理由もある。
「ふはは、アステル君! 蟲類クエストへ行くのかい!」
白衣を着た男性に声をかけられた。
赤茶色の短髪をかき上げ、メガネの位置を直しながら、満面の笑顔を浮かべている。
いつ見ても動きが忙しない人だ。
「ルベルナーさん。こんにちは」
このルベルナー・ローレイトさんは、生物局蟲類室の室長だ。
若くして蟲類モンスターの権威として知られている。
そして、セリアさんの実兄だった。
「セリア、アステル君に蟲類クエストを紹介するのか?」
「兄さん。蟲のことになると生き生きするのやめてよ……」
「何を言うか! 蟲は素晴らしいぞ! 蟲類のおかげで大地は作られるんだ!」
「恥ずかしいよ……。もうやだ……」
噂によると、このルベルナーさんがいるから、誰もセリアさんに交際を申し込まないという。
蟲の話をしだすと一晩止まらないそうで、『蟲変人』と呼ばれているそうだ。
だが俺は、ルベルナーさんの話を聞くのが好きだった。
確かに変な人だと思うが、学者先生の話は勉強になる。
「北の廃坑へ行くつもりなんです。なので、クエストがあれば一緒に受注しようかと思って」
「なに! 北の廃坑だと! 私も一緒に行こうじゃないか!」
「え⁉︎ 危険ですよ!」
「大丈夫だ。ギルド唯一のSランク冒険者が守ってくれるからな」
「い、いや……」
「頼む、アステル君。これは人類のためでもあるんだ」
「人類……。えーと……。そ、それは重大ですね」
廃坑と蟲類の何が人類のためになるのだろうか?
しかし、ルベルナーさんの表情は真剣だ。
元々クエストに行こうと思っていたし、これも人助けだ。
「分かりました。ルベルナーさんに問題なければ、一緒に行きましょう」
「き、君は僕を笑わないのかい?」
「え? 笑う? あの面白いところありましたか? あれ? しまった、笑うべきでしたか?」
「いや、何でもない。ありがとう。感謝する」
ルベルナーさんが丁寧に頭を下げた。
「アステルさん。兄をよろしくお願いします」
「はい、人類のために頑張ります!」
「もう、アステルさんったら。ふふ」
ルベルナーさんの話が楽しみだ。
***
翌朝、俺とルベルナーさんは王都北部の廃坑に出発した。
クエストの内容はDランクモンスター、岩溶蟻蟲の狩猟だ。
ルベルナーさんの話によると、廃坑は岩溶蟻蟲の巣になっているという。
そのため、俺はギルドの道具屋で槍を購入した。
蟲類は剣で斬るよりも、槍で突いたほうが速いし安全だ。
「ルベルナーさん。蟲が人類を救うってどういうことなんですか? 昨日からずっと気になっていて……」
「岩溶蟻蟲は、岩を溶かしながら巣穴を掘るだろう?」
「はい。危険な酸を吐きます。人間が浴びると肉や骨まで溶けるほどです」
「そうだ。しかしだな、全てを溶かすわけではないんだ。特定の鉱石にかけると、硬度が増すことが分かったんだ」
「え? 溶かすんじゃないんですか?」
「そうだ。鉄鉱石にこの体液が触れると、変色して灰鋼石になる」
「ええぇぇ! 大発見じゃないですかっ!」
「うむ。自分で言うのもなんだが、歴史を覆すほどの世界的な大発見なのだ!」
ルベルナーさんが胸を張って歩いている。
「灰鋼石の価値は非常に高いだろう? 庶民には手が出ない。だが、岩溶蟻蟲の酸があれば、灰鋼石を人工的に生産することができる。これが広く流通すれば金属加工はより進化するだろう」
「す、凄い。ルベルナーさんって、ただの変な蟲学者じゃなかったんですね」
「君もなかなか失礼だな」
腕を組み、呆れた表情を浮かべるルベルナーさん。
「す、すみません。それで、具体的にどうするんですか?」
「今回はまず調査で、サンプルの採取と女王蟻の確認だ。本来は岩溶蟻蟲狩猟のクエストだが、そこは私からギルドに説明する。将来的にはこの廃坑を灰鋼石の鉱山にしたいのだ」
「そうなればギルドの新しい収益になりますし、雇用も生まれますね」
「ほう、君は賢いな。その通りだ。そして、この鋼石をルベルナー鋼石と名付ける。私の研究は予算倍々々増! もっともっと蟲を研究できるのだ! ふはは!」
ルベルナーさんは、さっきよりも胸を張って叫んでいる。
背中からひっくり返るんじゃないかと不安になるほどだ。
俺の脳裏にふと疑問が浮かぶ。
「あのー、鉄鉱石にかけると硬度が増すんですよね? 剣に塗ったら効果はないんですか?」
ルベルナーさんが立ち止まった。
そして目を見開いて、俺の顔を凝視している。
「き、きき、きききき、君はっっっっ!!!! 天才だっっっっ!!!!」
「え? え?」
「試してみる価値はあるぞっ! いや、きっとそうなるっ! 塗っただけでただの鉄の硬度が増すんだ! 革命どころじゃないぞ! なんて凄い発明だ! アステル液と名付けよう!」
「嫌ですよ……」
「アステル君! 君はたった今、世界の金属加工に革命をもたらしたぞ! ふはは! ふはは!」
何だかよく分からないが、役に立ってよかった。
しかし、ルベルナーさんが興奮しすぎて死ぬんじゃないかと心配になる。
ひとまず、俺たちは坑道に入り調査を開始した。
岩溶蟻蟲の体長は、人間の身長よりも少し大きい。
体液以外にも、肉を引きちぎる強靱な顎、岩を砕く固い爪を持つため、人間が襲われたらひとたまりもない。
俺は槍を構えながら進んだ。
途中で岩溶蟻蟲に襲われたため、その都度始末した。
ルベルナーさんが酸の体液を回収。
そして巣の奥まで進み、女王蟻の存在も確認。
最後に灰鋼石を採掘して撤収した。
「これが元々鉄鉱石だったのか。凄いな」
「ふむ、その灰鋼石は相当な年月が経っているな。非常に品質がいいぞ」
俺たちはギルドに帰還した。
そして、クエスト報酬を受け取る。
元々の目的であるナイフ用の灰鋼石も手に入れた。
***
俺はロディス鍛冶屋に顔を出した。
「ドルトさん、採ってきました。俺とオリーフィアの分です」
「お、来たな。どうだった?」
「灰鋼石が採れました」
「モンスターは?」
「岩溶蟻蟲が大量に出ました。危険なので立ち入らないほうがいいですね」
岩溶蟻蟲の体液に関しては極秘だ。
俺はドルトさんに鉱石を手渡した。
「ほう、こりゃとんでもない品質だな」
ドルトさんが一つ一つ手に取って確認している。
「それじゃあ、ヴォルフのナイフを作るぞ。解体用でいいんだろ?」
「はい、お願いします」
「素材がある分、価格は安くするぞ? もしくは料金はそのままで二本作ってもいいしな」
フローシェが奥の工房から姿を見せた。
「アステルの分のナイフを作れば? クエストで使うでしょ?」
「俺の分か。そうだな、せっかくだし作ってもらおうかな」
「じゃあ、アステルの分は僕が作るね。一生物だよ」
「いいの?」
「もちろんだよ。父ちゃんの剣ばかりじゃなく、僕だってアステルに使って欲しいもん」
「はは、ありがとう。これでもっと狩猟が捗るよ」
「はあ……。意味分かってないんだ……。やっぱりバカなのかな……」
「え? な、何が? え?」
フローシェが鉱石を手に取った。
俺の顔を一瞥して、工房へ歩いていく。
妙に視線が冷たかった。
「はあ、ほんっとにアステルは……」
フローシェが大きく溜め息をつき、両手を広げ、肩をすくめながら工房へ入っていった。
その様子を見たドルトさんが、俺の背中を叩く。
「いてっ!」
「Sランクとはいえ、まだまだ子供だな。がははは」
なぜか大笑いしていた。
◇◇◇
数年後――。
ルベルナーの研究は成功した。
岩溶蟻蟲から採取した体液を加工して、鉄鉱石を灰鋼石に変化させるルベルナー液を発表。
世界の金属加工に衝撃を与えた。
そして、そのルベルナー液をさらに精製して、塗るだけで鉄の強度を上げるアステル液の開発にも成功。
これは世紀の大発明として、ルベルナーとアステルの名を世界に知らしめた。
もちろん、その名付けに対して、アステルは最後まで大反対していたことは言うまでもない。
◇◇◇




