第37話 親孝行と朴念仁
「こんにちは〜」
俺はロディス鍛冶屋に顔を出した。
今日は鍛冶師のフローシェに剣を見てもらう。
「アステルか。いらっしゃい」
「ドルトさん、フローシェはいますか?」
「いるぞ。フローシェ! フローシェ! アステルが来たぞ!」
ドルトさんが大声を出すと、店の奥から革製のエプロンをかけたフローシェが姿を見せた。
今日は薄緑のセミロングを短いポニーテールにしている。
額や首筋に汗をかいているので、鉄を打っていたのだろう。
「いらっしゃい、アステル」
「やあフローシェ。剣のメンテナンスに来たよ」
「了解。ちょっと待ってね。今やってる作業片付けちゃうから」
「ありがとう。ゆっくりで大丈夫だよ」
俺は待ってる間、店のナイフを眺めた。
それも今日の目的の一つだからだ。
しばらくすると、フローシェが再度店の奥から出てきた。
「アステル、お待たせ。剣を見せて」
「ああ、頼むよ」
フローシェに剣を渡すと、さっそくチェックを始めた。
俺と同い年のフローシェだが、その仕草にはベテラン鍛冶師の風格が漂う。
その隣で、ドルトさんも腕を組みながら剣を見つめている。
フローシェがドルトさんの顔を見上げた。
「ん……。父ちゃん、これ……」
「ああ、そうだな。斬ったな」
同意するかのように頷くドルトさん。
どうやら二人は、俺が人を斬ったことを把握したようだ。
「アステル。お前も覚悟を決めたんだな」
「……はい。斬りました」
「そうか。冒険者をやっていれば必ず通る道だ。いずれ慣れる。だが、今の気持ちは絶対に忘れるなよ」
「はい」
ドルトさんの言葉が心に響く。
隣ではフローシェがさらに剣を確認していた。
「うわあ、大型モンスターも斬ってるね。かなり堅い部位とか、骨とか角まで切ってるもん」
「まあね。モンスターによってはそこが弱点だからね」
「いや……あのね……。弱点だからって、普通は斬りたくても斬れないの。もう本当に信じられないよ。しかも、刃こぼれしないように斬ってるし。っていうか君さ、剣を海に落とした?」
「えっ! いや、それは……、その……」
以前の討伐クエストで、俺は剣を持ったまま海に飛び込んだ。
しっかり洗ったからバレないだろうと思ったけど、フローシェには通用しなかった。
「ク、クエストで仕方なく……。海で泳いだんだ……」
「はあっ⁉︎ 信じらんないっ! 剣持って海を泳ぐバカがどこにいるんだよっ!」
「ごごご、ごめんよ」
「まあ元通りにするのが僕の仕事だからいいけどさ。無茶しすぎだよ」
フローシェの冷たい視線が刺さる。
「次回から気をつけるよ。はは」
「ったく……。メンテナンスするから待ってて」
「うん。ありがとう」
フローシェが剣を持って奥へ向かった。
俺はその間、ナイフを眺める。
「お前、さっきからナイフばかり見てるな。どうした?」
「いやー、この間の報酬が多かったから、親父にドルトさんの解体用ナイフを贈ろうと思って」
「ほう、親孝行だな。ふむ……」
ドルトさんが腕を組みながら、何か閃いたような表情を浮かべた。
「よし、じゃあ俺がヴォルフ用に打とうじゃないか」
「え! いいんですか!」
「もちろんだ。予算はどうする?」
「えーと、予算を気にせずに作ってもらえますか? せっかくなので、一生物の最高級品にしたいなあなんて。あはは」
「気にせずといわれてもなあ。俺の過去最高額は、特注の装飾ナイフで百万ルトだぞ」
「ひゃ、百万っ! そ、それはヤバいですね。家買えちゃいますね」
「買えんがな。まあそれは王室からの依頼だったから特別だった。実用性を考えると四十万から五十万ってところだな」
「……だ、出します」
「ん?」
「百万出しますっ!」
「な、なんだと!」
百万ルトなんて俺にとっては鼻血が出て気絶するほどの高額だが、頑張ってくれている親父のためだ。
ここをケチってはいけないと思う。
「親父のやつ、俺がいなくなって一人で頑張ってるから、少しでも楽させてやろうかなって」
「ぐっ。お、お前……いい息子だな」
「そんな大げさな。はは」
ドルトさんが袖で涙を拭い、拳を握りしめた。
「よし、お前たち親子のために、最高のナイフを作って――」
「なにそれ! めっちゃ面白そうじゃん!」
「やる……ぞ」
ドルトさんの言葉を遮り、フローシェが奥の工房から顔を出した。
「ねえ、父ちゃん。そしたらさ、鉱石から採ろうよ」
「う、うむ。そうだな」
ドルトさんがカウンターに地図を広げた。
「アステル。王都北部の森の中に廃坑がある。今でも鉱石は採れるんだ。そこで鉱石を採るのはどうだ?」
「自分で採った鉱石で親父のナイフか……。いいですね。俺、行ってきます」
「一応言っておくが、モンスターが出るぞ? それが廃坑になった理由だからな」
「え? そうなんですか。何が出るんだろう」
「お前なら何が出ても平気だろ? モンスターから見ればお前がモンスターだ。がははは」
「ひ、酷い……。でも、行くだけ行ってみますね」
店の扉が開き、カランと来客を知らせる鐘の音が響いた。
「こんにちは、ドルトさん」
「お、オリーフィアか。いらっしゃい」
「ナイフを見てもらえますか?」
解体師のオリーフィアだ。
まさかこんなところで会うとは思わなかった。
「オリーフィア!」
「あれ、アステル! どうしたの?」
「剣の調整だよ。あと解体用ナイフを作ってもらおうと思ってね」
「解体用ナイフ? なに? 君は解体師にでもなるの?」
「いや、親父のナイフだよ」
「あ、そうか。ご実家は肉屋だもんね」
オリーフィアの実家も肉屋で、以前話が盛り上がった。
オリーフィアと話していると、ドルトさんとフローシェが興味深そうな表情で俺たちを見つめていた。
「お前たち顔見知りなのか?」
「はい。俺の狩猟クエストで、オリーフィアをよく指名させてもらっているんです」
「なるほど。オリーフィアはこの年齢でAランクの解体師だしな。アステルとはいいコンビか」
ドルトさんがオリーフィアからナイフを受け取り、チェックを始めた。
「おい、オリーフィア。このナイフはもう厳しいぞ」
「え? ど、どうしてですか?」
「そろそろ限界だ。お前、毎日自分で研いでるだろ?」
「はい。すぐ切れ味が落ちるので」
「研ぎ方は問題ない。いい手入れだ。しかしな、毎日だからだいぶすり減っている。いい機会だし新しいナイフを作ったらどうだ? 俺が作るぞ。がははは」
「ドルトさん、商売上手だなあ。そんなに高いものは作れないけどいいですか?」
「もちろんだ。予算に応じて作る」
俺は二人の話を聞きながら、ふと思いついた。
「あ、じゃあ、俺がオリーフィアの分も採ってくるよ」
「採る? 何を?」
「親父のナイフの素材を採りに行くんだ」
「え? ほんと? 私の分もいいの? めちゃ嬉しいんだけど」
「もちろんさ。ついでだしね」
「ついでって……。もっといい理由つけてくれてもいいじゃん……。バカ……」
オリーフィアの呟きに、フローシェが頷いていた。
「アステルはほんとに朴念仁だね」
「え? な、なんだよ……」
フローシェの冷たい目線が痛かった。




