第35話 肉屋の親父は狩りへ行く
◇◇◇
ヴォルア王国、辺境の地にあるフェベク村。
そこには新鮮な狩猟肉を販売する人気の肉屋があった。
「ヴォルフちゃん、森牙豚を三人分ちょうだい」
「ちゃんはやめてくれよ、婆さん」
「あらあら、うちの庭の果物をよく盗んでいた悪ガキだったのに」
「何十年前の話だよ」
ヴォルフが肉を大芋葉で包む。
「はいよ。今日は千ルトだ」
「ありがと。ねえ、お肉をリクエストしてもいい? 森兎がいいわ。たまには珍しいお肉も食べてみたいわねえ」
「ふむ、森兎か。高級肉だな。まあ、狩れたらな」
「よろしくね、ヴォルフちゃん」
「ああ。婆さん、気をつけて帰れよ」
最後の客を見送るヴォルフ。
昼過ぎには今日の肉を売り切った。
「さて、店を閉めるか」
「おい! ヴォルフ!」
閉店準備を始めると、一人の男が駆け込んできた。
「お客さん、もう終わりだよ」
「冗談言ってる場合じゃないぞ、ヴォルフ!」
「なんだよ、ガドルフ。どうした?」
「アステルが! アステルが!」
訪れたのは、隣街ケーヒルの冒険者ギルド支部長ガドルフだ。
ヴォルフの幼なじみで親友でもある。
「アステルがどうした?」
「アステルが! アステルが!」
血相を変え、何度も同じ言葉を繰り返すガドルフ。
呼吸も忘れるほどだ。
「落ち着けって。今から閉店作業だ。茶でも飲んで待ってろ」
「茶なんて飲んでる場合じゃねーぞ! アステルが冒険者試験に合格した! それどころか新設されたSランクになったんだ!」
「そういや、アステルから手紙が来ていたな。Aランクを超えたSランクになったって。理由までは書いてなかったがな」
「言葉が足りないところは、お前に似たんだな……」
ガドルフは、アステルがSランクになった経緯を説明した。
「まあ、あいつならそれくらいはやるだろうよ」
「そ、それくらいって……」
「そうなるように鍛えていたからな」
「おいおい、体力試験はお前の歴代記録を超えたんだぞ?」
これまでの体力試験の最高記録はヴォルフだ。
絶対に破られることのない大記録と言われていたが、アステルは半日で超えていた。
「記録なんてものは、いつか破られるんだ」
「そ、そうかもしれんが……」
ヴォルフは全く気にしない。
それどころか、アステルが記録を破ることは当たり前だと思っている。
「だ、だが、ネームドだぞ! ネームドなんてAランクがパーティー組んでやっと狩猟できるレベルだ! それをソロで狩猟したんだぞ!」
「モンスターはなんだったんだ?」
「ソル・デルクルだ」
「ソル・デルクルか。ネームドとはいえ大爪豹獣だろ。元々Bランクモンスターだし、騒ぐほどでもない」
「あ、あのなあ……」
アステルの偉業を聞いてもヴォルフが動じることはない。
アステルの才能と努力であれば、それくらいの活躍は《《見えていた》》。
「それじゃあ、これはどうだ。アステルはついに討伐リストだってこなしたんだぞ?」
「討伐リストか。あいつは自分で冒険者の道を選んだ。この道は必ず通る。むしろ早めに対応したギルドに感謝すべきだな」
ガドルフは発表されたばかりのギルド報をヴォルフに手渡した。
「これがその相手だ。ダウェイ兄弟だ」
「ダウェイ兄弟……。名前は聞いたことがあるな。犯罪組織の真似事をしているただのチンピラだろ」
「お前な、懸賞金は二人で一千百万ルトの大物だぞ!」
「アステルなら問題ないさ」
ギルド報を読みながら、ヴォルフの口角が僅かに上がる。
内心では、討伐という壁を乗り越えることができて安堵していた。
「まあでも、よくやったよ。俺が初めて斬ったのは二十歳の時だったからな。あいつがどこまでいくか楽しみだ」
「ヴォルフ……」
「今度帰ってきたら、旨い肉でも食わせてやるか」
ヴォルフはギルド報を大切そうにしまった。
「とはいえ、あいつにはまだ未知数な部分があるがな」
「未知数? アステルにか?」
「ああ、組織的な対人の集団戦だ」
「対人の集団戦? それこそ軍隊だろ。そんな機会あるか?」
「あいつがこの先も冒険者を続けるのであればな」
ヴォルフは店の扉を閉め、外側に鎧板をはめていく。
「ところで、ガドルフ。ここに来たってことは休みか?」
「まあ今日はな」
「そうか……。よし、ちょうどいい。今から狩りにつき合え」
「はああ⁉︎ 嫌だよ! 俺は引退したんだ!」
「山に狩っておきたいモンスターが出た。放置はマズいな。死人が出る」
「なっ! 危険なモンスターか⁉︎」
「まあな」
「なら、正式なクエストにするぞ。手続きしよう」
「面倒だ。それに急ぎたい」
「そうは言ってもな――」
「固いこと言うな。支部長権限使え」
「そんなもんないって言ってるだろっ!」
「ほら、行くぞ」
「ちっ、分かったよ……」
ガドルフは諦めたように頷いた。
どうせ言ってもヴォルフは聞かない。
「ガドルフ。お前は運搬だけでいいから手伝え」
「いや、動物なら狩ってやれる。販売用に使えるだろ?」
引退したガドルフがモンスターを狩ることはできないが、動物の狩猟であれば問題ない。
せっかく行くなら、ヴォルフの役に立とうと考えるガドルフだった。
「そりゃ助かる。客からリクエストが入っているんだ。森兎を狩ってくれ。ノルマは三匹な」
「森兎か。あのすばしっこさは厄介だが、まあお前がいれば大丈夫か。弓を貸せ」
「重い弓でいいか?」
「俺はアステルじゃないんだよっ! 普通のよこせっ!」
二人は準備を終え、山へ向かった。




