第33話 作戦遂行
三十人はいるだろう。
だが不思議と怖くない。
俺は大きく息を吸った。
「抵抗する者は斬るっっ!!」
全員に向かって声を張り上げると、男たちの動きがピタリと止まった。
「ぎゃははははっっっっ!!!!」
「一人でどうしようっつーんだよっ! ガキがよっ!」
男たちが一斉に声を上げて笑い出した。
「そうはいっても、もう五人斬ってるけどな。おっさんたち、数数えられる? 数字って知ってる?」
「こ、小僧のくせに生意気だなっ!」
男たちが剣を抜き放つと、何十本もの白刃に日光が反射した。
「なんの騒ぎだ!」
船尾からスーツを着た男が姿を見せた。
アリシアさんをさらったブローグだ。
「子供? っていうか、どうやって来たんだ?」
その後ろにもう一人、スーツの男がいる。
ということは――。
「お前がラルログか?」
「子供が何の用だ? 恋人でもさらわれたのか?」
「冒険者ギルドだ」
「ギルド? なるほどね、無謀にも一人でここまで乗り込んできたってことか。しかし、どうやって来たんだ?」
「どうやってって、泳いで来たに決まってるだろ」
ラルログが岸に目を向けた。
「この距離を泳いだだと? 魚か?」
「俺は別に話をしに来たんじゃない。目的はお前たちダウェイ兄弟の討伐だ」
「面白い小僧だな。ん?」
甲板を見渡すラルログが、五人の死体に気づいたようだ。
「お前がやったのか?」
俺は何も答えず剣を構えた。
「斬れっっ!!」
ラルログの指示で、男たちが次々と襲いかかってくる。
だが、一人一人を対処すればどうということはない。
地元の山に出没する闇犬獣の群れのほうが余程恐ろしかった。
「おっさんたち、Dランクモンスター以下だぜ!」
「小僧がっ! 死ねっ!」
俺を襲う男たちを一気に十人ほど斬り捨てた。
さすがに怯んだようで攻撃が止まる。
「ちっ、小僧のくせにやるようだ。ブローグ、お前がいけ」
「ああ。分かったよ、兄貴」
ラルログの指示で、ブローグが二本のナイフを抜いた。
そして、俺との間合いを一気に詰めてくる。
「俺はなっ! 女には優しいが、男には厳しいんだよっ!」
二本のナイフが的確に俺の急所を狙う。
さすがは討伐リストに入っているほどの犯罪者だ。
「どうした少年! 防戦一方じゃないか⁉︎」
俺はナイフをロングソードで弾き返す。
だが、ナイフのスピードは徐々に上がり、火花が大きくなっていく。
「ほらほら、少年っ! もう間に合わないぜっ!」
「そうでもないぜ?」
俺は二本のナイフの隙間を通すように、剣を下段から振り上げた。
ブローグが咄嗟に顔を反らす。
剣先は頬を斬り裂き、前髪を宙に浮かせた。
「お、俺の顔をっ!」
ブローグの頬から鮮血が滴ると、さっきまで涼しい顔をしていたブローグの形相が変わった。
「小僧がっっっっ!!!! 切り刻んでやるっっっっ!!!!」
激しさを増す二本のナイフ。
だが、俺はロングソードで捌きながら気づいた。
「モンスターのほうが遥かに強烈だな」
「舐めんじゃねーぞっっっっ!!!!」
「いや、こんなのに比べるなんて、モンスターにも失礼か。お前らのやっていることはモンスター以下だ」
「死ねっっっっ!!!!」
ナイフのスピードにはもう慣れたので、俺は上段斬りを繰り出した。
「がっっ!!」
ブローグが小さく悲鳴を上げると、動きが止まった。
そして、身体が真っ二つに分かれ、バタンと鈍い音を立てて甲板に倒れた。
俺はラルログに視線を向ける。
「貴様……」
「あとはあんただ」
「さらった女がどうなってもいいのか? 全員殺すぞ?」
「人質ってこと?」
「おい、お前ら牢に行け。見せしめに三人くらい殺して首持ってこい」
ラルログが指示を出すと、三人の手下が船倉に入っていった。
「小僧、剣を捨てろ。さもなくば女は全員殺す」
「さすがに汚いなあ。だけど、あんたらはミスを犯してるんだよ」
「なんだと?」
「「「ぎゃああああ!」」」
船倉に向かった男たちの悲鳴が聞こえた。
「ふう、アステル、遅かったじゃない」
「すみません。まさかアジトが船だとは思わなくて」
アリシアさんが姿を見せた。
「貴様、麻酔で眠って――」
「あんな量じゃ効かないのよ。効いた振りよ。演技力あるでしょう?」
「……ずっと起きていたというのか?」
「そうよ。人のことを残念呼ばわりした時は、頭にきて殺そうと思ったわよ」
アリシアさんはさっきの男から奪った剣を握っていた。
「アステル、下の女性たちは無事よ。船倉には行かせないから、思う存分やりなさい」
「あの女を殺せ!」
ラルログが叫ぶと、手下どもが一斉にアリシアさんに襲いかかった。
「アリシアさん!」
「小僧はこっちだ!」
ラルログがロングソードを構え、猛烈なスピードで俺に斬り込んでくる。
俺もラルログに向かって突進し、ラルログよりも速く剣を振り下ろした。
「なん……だと……」
「だから、モンスターのほうが速いんだって」
ラルログの身体が、真っ二つに分かれていく。
俺はすぐにアリシアさんに視線を向けた。
「す、凄い……」
もう五人の男を斬っている。
速いなんてものじゃない。
「死にたい者からかかってきなさい」
アリシアさんの静かだが迫力ある言葉に、手下たちの動きが止まった。
「う、うわああああ!」
手下たちが悲鳴を上げながら、海へ飛び込もうと甲板を走る。
だが、突然五人の男の頭に矢が刺さり、その場に崩れ落ちた。
「逃げたら殺すわよ!」
「エリーザさん!」
帆船に乗ったエリーザさんが姿を見せた。
揺れる船で、正確に五人の頭を射ぬくなんて恐ろしい腕前だ。
「あの紋章。ギルドの船か」
どうやらギルドの船を調達して来てくれたようだ。
「アステル。生き残った手下を拘束しなさい。女性を解放するわよ」
「はい! アリシアさん!」
手下をロープで縛り終えると、エリーザさんがこちらの船に移ってきた。
「もう! アステル君が海に飛び込んじゃうから!」
「す、すみません。まさかアリシアさんが海に連れていかれるとは思わなかったので」
「無茶しすぎよ。あの後すぐにロスタス支部へ行って、帆船を出してもらったのよ」
俺はひたすらエリーザさんに謝罪した。
隣でアリシアさんが少し呆れながら、俺の顔を見つめている。
「どうやって来たのか不思議に思っていたけど……。アステル、泳いで来たの?」
「は、はい」
「ふーん。私が心配だった?」
「そ、そりゃあ、いくら麻酔薬にかかった振りでも、何されるか分からないじゃないですか」
「別に大丈夫だけどね」
そう言いながらも、アリシアさんの口元が僅かに緩んでいた。
アリシアさんやエリーザさんクラスになると、普通の量では麻酔薬が効かないらしい。
あの酒の強さを見た後だと納得できる。
「さて、私たちは港へ帰るわよ」
「はい」
ダウェイ兄弟の処理は、ギルドの職員に任せるそうだ。
救出した女性たちは、俺たちと一緒にギルドの船で港へ帰ることになった。
俺は甲板で風に当たりながら海を眺める。
そして、自分の両手を見つめた。
今になって手が震えている。
「ふぅぅ。一つ壁を越えたよな」
俺はクエストとは言え、ついに人を殺した。
だが自分で選んだ道だ。
間違ったことをしたとも思わないし、微塵の後悔もない。
ただ、手に残る感触は忘れてはいけないような気がする。
道を踏み外したらただの殺戮者だ。
奴らと変わらない。
俺は両手を強く握りしめた。
「アステル、どうだった?」
海風に乗ってアリシアさんの香りが漂ってきた。
アリシアさんはそのまま俺の隣に立ち、海を見つめている。
「今日のことは忘れずにいようと思います」
「そうね……。アステル、Sランクに恥じない冒険者になりなさい」
「はい」
海風に揺れる金色の髪を、そっとかき上げるアリシアさん。
俺はその仕草に、しばらく見惚れてしまった。




