第32話 克服
「臭いです」
「臭い? まさか犯罪者の臭いとか言わないでしょうね? ふふ」
「朝夜草の臭いです。これは麻酔薬のほうですね。以前嗅いだことがあります」
パフェを楽しんでいたエリーザさんの可愛らしい表情が、瞬時に冒険者の鋭い顔つきへ変わった。
「麻酔薬でさらうつもりね」
店を見渡すスーツの男が、アリシアさんの姿を見て動きを止めた。
恐らくアリシアさんに狙いを定めたのだろう。
エリーザさんがスーツの男に視線を向けた。
「確かにそう言われれば、あの男の身長、髪の色、顔つき、年齢……。恐らく弟のブローグよ。容姿だけはいいわね」
「まさか、ブローグがああやって直接一人一人見つけてるんですか?」
「違うわよ。手下を使って様々な方法でさらっているわ。上物の女はブローグ自らさらっているようね」
ブローグがアリシアさんのテーブルに近づいていく。
エリーザさんがさりげなく合図を出したことで、アリシアさんも気づいただろう。
ブローグがアリシアさんに声をかけ、そのまま着席した。
アリシアさんは嬉しそうな表情を浮かべている。
「アリシアったら、絶妙な演技ね。ブローグは今頃歯の浮く台詞を連発しているんだろうなあ。うふふふ」
「アリシアさん、大丈夫ですかね」
「大丈夫よ。これまでどれほどの男が、あの子に近寄ってきたと思っているの? 私と同じくらいの数なんだから」
「そ、それは凄いですね。はは」
パフェをもう一杯食べたアリシアさんは、ブローグと一緒に店を出た。
二人は港に隣接する公園に向かって歩いている。
俺たちは公園の雑木林に入り、姿を隠して追跡する。
海沿いの小道を歩く二人。
仲良さそうに歩く姿は、まるでカップルのようだ。
徐々に人がいない方向へ進んでいく。
「あら、小型船が来ちゃったわね」
単眼鏡を覗くエリーザさんが呟くと、岬の影から手漕ぎの小型船が姿を見せた。
「そういうことか。どうりで見つからなかったわけね」
「どういうことですか?」
「ダウェイ兄弟のアジトは海上よ」
「海上?」
「付近の島は調査されているのよ。それでも沖へ出るということは、船で常に移動しているってことよ」
船がアジトなんて考えたこともなかった。
「さて、アステル君。アジトが分かったらどうすればいい?」
「制圧します」
「制圧はどうやって?」
「一人一人排除していきます」
「排除って?」
エリーザさんに試されている。
俺は覚悟を決めたんだ。
「殺します」
「うん。そうよ。それが現実よ。いくら言葉を変えても、人を殺すことは変わりないの。でもその覚悟があればもう大丈夫よ」
エリーザさんが微笑みながら、俺の肩に手を置いた。
「こちらも船を用意しないといけないわ。でも、あの船を見失っちゃうわね」
突然、ブローグが動き出した。
アリシアさんの口を布で塞ぐ。
麻酔薬でぐったりしたアリシアさんを船に担ぎ込み、男たちはオールを漕ぎ始めた。
「あらあら、上手いわねえ」
「感心してる場合じゃないですよ。エリーザさんは船を用意してください。俺はすぐに追います」
「え? ちょ、ちょっと?」
俺は海に向かって走った。
「アステル君!」
そして、そのまま海に飛び込んだ。
◇◇◇
アリシアを乗せた船は、沖に停泊する中型の帆船に到着した。
このキャラック船がダウェイ兄弟のアジトだ。
ロスタスでさらった女たちや麻薬を海上で取引する。
取引相手は国内外の犯罪組織だ。
「兄貴、超上玉をさらってきたぞ」
ブローグがアリシアを抱えている。
兄ラルログが、昏睡しているアリシアの顔をのぞき込む。
「ほう、これは確かにいい女だ」
ラルログが感心しながら、アリシアの全身をくまなく観察する。
「顔は超一級品。身長は高く細身で手足が長い。スタイルは抜群だ。ただ残念なことに胸はない。まあそれでも過去一の高値はつくだろう」
「そうなんだよ。これで胸があれば、貴族にだって売れただろうよ。もったいないぜ」
「まあ世の中にはこれを好きだという変わった顧客もいる。いずれにしても大切な商品だ。個室に入れとけ。お前に殺されたらかなわんからな」
「ご、ごめんよ。でも、どうせ薬で明日まで起きないって」
船倉の個室に入れられたアリシアは、そのままベッドに寝かされた。
◇◇◇
俺は小型船を追ってひたすら海を泳ぐ。
後ろを振り返ると、港は辛うじて目視できる距離だ。
相当な距離を泳いできたが、体力的にはまだ余裕がある。
地元の湖を何度も泳いで往復した経験が役に立った。
「親父の奴、将来泳げないと苦労するって、めっちゃ泳がせたからな……」
海面からなるべく顔を出さないように海を泳ぐ。
「エリーザさんの予想通りだな」
アリシアさんを乗せた小型船が帆船に到着した。
ロープとフックが下ろされ、小型船は甲板に引き上げられていく。
「乗り込むには……。あのロープか」
錨のロープを登れば、船首から侵入できそうだ。
まさか敵も海から侵入するとは思っていないだろう。
その証拠に警備は手薄だ。
俺は可能な限り海に潜りながら、ロープに近づいた。
俺の胴回りよりも太いロープを腕力だけで登っていく。
そして、甲板に降り立った。
「一気に行くぞ」
俺は背中に背負っていた剣を、腰のベルトに吊り下げた。
そして、鞘から抜いた勢いで、刃についている海水を弾き飛ばす。
気配を消しながら移動する。
「なっ! だ、誰――」
甲板の船首にいた見張りの首筋を斬った。
即座にその男の腰から剣を抜き、マストの見張り台に向かって投げつける。
「ぐはっ!」
剣が胸に刺さった状態で、見張りの男がドンッと鈍い音を立て甲板に落下した。
首があり得ない方向に曲がっている。
かなりの音量だった。
さすがにもうバレるだろう。
「な、なんだ⁉︎」
「おい、見張りが落ちてきたぞ!」
「剣が刺さってんぞ! どういうことだ!」
音に反応した三人の男に向かって俺は走り寄り、一気に斬りかかった。
「敵襲――」
三人目が叫びながら血を吹き出し、甲板に倒れ込む。
俺はついに人を斬った。
手に残る感触。
「大丈夫だ。今は余計なことは考えるな。集中しろ」
俺は自分に言い聞かせ、大きく息を吐いた。
船の鐘が鳴り響く。
「敵襲だっっ!!」
甲板に剣を抜いた男たちが続々と現れた。




