第30話 もう一つの初めて
二人と話しながら空を見上げると、すでに夕焼けが始まっていた。
「もうこんな時間か」
「さて、アステル。ちょうどいい時間だわ。ここからアステルは別行動よ」
「え? 俺だけですか?」
「そうよ。私たちには行けない場所だもの」
「アリシアさんもエリーザさんも行けない場所?」
「アステル、これを使いなさい」
俺は革袋を受け取った。
「中には五万ルトが入っているわ」
「ご、五万⁉︎ 大金じゃないですか!」
「それだけあれば遊べるわ。好きな子を見つけなさい」
「え? ど、どういう?」
「だから、ここはそういう場所よ」
「そういう? あの?」
アリシアさんの頬が少しだけ赤い。
俺に視線を合わせない。
対照的に、エリーザさんは瞳を大きく開き、俺を物珍しげに見つめている。
「あれえ? アステル君って、もしかしてまだなの?」
「は、はい。討伐はまだ――」
「それは知っているわよ。そうじゃなくて、女よ」
「女? ……おんな? おん……。え、えぇぇぇぇ!」
俺もさすがに意味に気づいた。
「い、いやいやいやいやいやいや。そ、そそそそ、そんなわけないじゃないですかっっっっ!!!! おおおお、女なんて、俺はもう昔からイケイケですよっっっっ!!!!」
大否定したが、そういう経験は一切ない。
自分で言いながらも、咄嗟に出たイケイケという言葉が意味不明だ……。
そもそも、俺は彼女すらできたことがない。
毎日狩りでそれどころじゃなかった……。
と、いうことにしておきたい……。
「あらあら、それは誤算だったわね。どうする、アリシア」
「あなた……、まだだったんだ……」
アリシアさんがマジマジと物珍しそうに俺を凝視している。
「ま、まだじゃないもん……」
「初めてか。困ったわね」
俺の嘘を全く信用していないアリシアさん。
「うぅ、すみません……。まだです……」
俺は真っ赤になった顔を両手で覆い隠す。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
「女は噂好きの生き物だから、女関係の調査は花街が最適なのよ。それに、花街からも女が消えているのよ」
花街の調査にはちゃんとした理由があった。
「さすがにアステル君の初めてが花街はちょっとかわいそうよね」
「そうね……」
エリーザさんが俺の肩に手を置いた。
「仕方ないわね。アステル君、私と先に済ませる?」
「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃ?」
俺は思わず声が裏返ってしまった。
アリシアさんがエリーザさんを睨む。
「エリーザッッ!!」
「冗談に決まってるじゃない」
「そ、そうよね」
「なに嫉妬してるの?」
「してないわよっ!」
俺は大きく深呼吸した。
調査のために覚悟を決めるべきだろう。
「そうだよ……。人を斬ることに比べたらこんなの……」
そもそも今回のクエストは覚悟を決めるために来たんだ。
「お、俺っ! 行ってきますっ!」
俺は右手を頭上に真っ直ぐ伸ばした。
ここで覚悟を決めなきゃ男じゃない。
「無理しなくていいわよ」
「初めては好きな人としなさいな」
アリシアさんとエリーザさんが俺の頭を強めに撫でて、髪の毛をくしゃくしゃにした。
「うぅ、お恥ずかしい……」
「それじゃあ、作戦を変えるわね。この際だから、もっと踏み込むわ」
エリーザさんが俺の肩に手を乗せた。
「ど、どうするんですか?」
「私かアリシアが直接誘拐される。つまり囮よ」
「お、囮なんて危険です!」
アリシアさんは冷静な表情で、顎に手を当てながら考えている。
そして小さく頷いた。
「そうね。それが一番早いわね。じゃあ、私が行くわ」
「大丈夫?」
「ええ。いざって時に、エリーザの弓の援護があったほうがいいもの」
「分かったわ」
「一旦、宿に戻りましょう」
二人は花街に背を向けて歩き始めた。
俺はもう一度花街を見つめる。
クエスト調査で活用するなんて知らなかった。
「色んな方法があるんだ……」
やはりクエストは遊びではない。
今回は全てが勉強になる。
しっかりと学んでいこう。
「アステル、やっぱり行きたくなった?」
「ちょっ! い、行きませんよっ!」
「チャンスだったのに。残念ねえ。ふふふ」
なんだか、いつもより機嫌が良さそうなアリシアさんだった。
◇◇◇
薄暗い部屋。
蝋燭の炎が揺らめくその部屋には、大きな牢があった。
「出してよ! お願い!」
「帰りたいよ……。お母さん……」
「うぅ、ううぅ」
叫ぶ女、泣く女、うなだれる女など、三十人ほどの若い女が閉じこめられている。
そこへ一人の男が姿を見せた。
「騙したのねっ!」
つい先ほど牢に入れられた女が、檻を強く掴みながら男に叫ぶ。
「騙されるほうが悪いのさ」
「酷いっ! 出してっ! 出してよっ!」
「君はもう少しで売られるんだ。ここが天国だと思うほど、最悪な環境が待っている。何されるんだろうなあ。ははは」
「出してよっ!」
女が牢から手を出し、男の頬を爪で引っ掻いた。
右頬にうっすらと赤い線がつく。
「くっ! お、俺の顔を! クソがぁぁ!」
突如として激昂した男は、牢の外から女の髪を掴んだ。
そして、女の頭を手前に引き寄せ、何度も鉄格子に打ちつける。
「やっ、やめて……」
ゴッゴッと鈍い音が部屋に響く。
周囲の女たちは恐怖で声も出せず、ただ眺めるしかない。
「あ、やりすぎちゃった。しまった、兄貴に怒られちまう」
頭が割れ、顔が潰れた女が床に崩れ落ちた。
「ねえ、これ海に捨てといて」
「は、はいっ!」
配下にそう告げた男は、部屋を出て階段を上がる。
青空が広がり、波の音しか聞こえない。
ここは船上だ。
甲板を歩き、船尾にある豪華な艦長室へ移動した。
「兄貴、ごめん。一人死んじゃった」
「なんだと? 大切な商品だと言ってるだろう。今回の注文は三十人だぞ。どうするんだ?」
「ごめんよ。明日までに、とびっきりのいい女を見つけてくるよ」
男はそう言いながら、部屋を出ていった。
兄貴と呼ばれた男はラルログ・ダウェイ。
部屋を出ていった男はブローグ・ダウェイ。
討伐リストの二人だ。
兄ラルログが艦長室から窓の外を眺めると、端艇に弟ブローグが乗り込んだ。
四人の手下がオールを漕ぎ、港に向かう。
「兄貴、極上の女を連れて来る! 待ってて!」
爽やかな笑顔で、兄に手を振る弟だった。
◇◇◇




