第28話 冒険者の心得
俺はアリシアさんとエリーザさんとクエストに出発した。
王都を出て、すでに四日が経過している。
馬車はのどかな街道を進む。
俺の正面に座るアリシアさんは、窓の外に視線を向けている。
「アステル。北部へ行くのは初めて?」
「はい。王都より北は初めてです。目的地は北部の街ロスタスですよね?」
「そうよ。楽しみでしょ?」
「はい。それに遠出のクエスト自体初めてですから、道中も楽しいです」
「そう、良かったわ。楽しめる時に楽しみなさい」
ロスタスは王都から馬車で四日の距離だ。
今日の昼には到着するだろう。
窓から入る風で、アリシアさんの金髪が乱れている。
髪をかき上げる仕草は大人の女性そのものだ。
「すう、すう」
エリーザさんはさっきまで俺の右肩に寄りかかって寝ていたのだが、今はなぜか俺の膝を枕にして、寝息を立てて爆睡している。
「ん?」
外を眺めるアリシアさんが、何かに気づいたようだ。
「やっぱり北部は治安が悪いわね……。停めてください」
「へ、へえ。大丈夫ですか?」
「ええ、問題ないですわ」
アリシアさんが御者に指示を出すと、馬車が停まった。
「エリーザ、起きなさい」
「もう少し……」
そう呟きながら、まだ寝ようとしているエリーザさん。
俺の膝に顔をうずめている。
「エリーザ、野盗よ」
アリシアさんの言葉に反応したエリーザさんは、瞬間的に目を覚まし、弓を握って馬車を飛び出した。
もう射撃体勢に入って、野盗を牽制している。
すぐにアリシアさんも馬車を降りた。
「アステル。そこにいなさい」
「い、いや、野盗なら俺も!」
「最初は無理よ。でも目を背けずに見ていなさい。これに慣れる必要があるのよ」
馬車の前に、十人ほどの野盗の姿が見えた。
舗装されていない狭い街道でターンは難しい。
旅人が逃げられないように、この場所で待ち伏せしていたのだろう。
「金と馬を置いていけ!」
「いや待て! 女だぞ! しかも二人!」
「すげーいい女じゃねーか!」
「っしゃ! しばらくやり放題だぜ!」
男たちが叫びながら剣を抜いた瞬間、五人の口に矢が突き刺さっていた。
エリーザさんの弓だ。
「がっ!」
矢が刺さった野盗たちが、ドスンと音を立てながら地面に倒れ、砂埃を巻き上げた。
口からゴポゴポと血の泡が吹き出て、五本の指を大きく広げ、肘を直角に曲げた状態でビクビクと痙攣している。
身体を硬直させながら跳ねるように動く姿は、まるで陸に上がった魚だ。
「がはっ! がはぁぁっ!」
血の涙を流し、声にならない叫び声を上げている野盗たち。
だが、すぐにその声は聞こえなくなった。
「き、斬れっっ!!」
野盗の一人が叫ぶと同時に、アリシアさんがロングソードを抜き、目にも留まらぬ速さで接近した。
そして、残り五人の首筋を斬っていく。
野盗たちには抵抗する時間も術もない。
「ゴポォォゥゥ……。ゴポォォゥゥ……」
悲鳴を上げる野盗たちだが、喉を斬られたことで空気が漏れている。
そして、首から噴水のように鮮血をまき散らし、次々と地面に倒れていった。
人間が死ぬ瞬間を見たのは初めてだ。
それが野盗だろうが、さっきまで動いていた人間が肉塊になることに、胸から胃にかけて言い表せない気持ち悪さに襲われた。
モンスターの狩猟とは全く違う。
「うっ!」
俺はすぐに馬車から降りて、草むらに嘔吐してしまった。
「あらあら。アステル君、大丈夫?」
エリーザさんが背中を擦ってくれる。
「ほら、アステル。水で口をゆすぎなさい」
アリシアさんから水筒を受け取り、口をゆすいだ。
「狩猟とは違うでしょ?」
「……はい」
「最初は見ただけで失神する人もいるくらいだもの。それくらいで耐えられるのはさすがね」
「いや……。アリシアさんの言う通り、俺は結局動けませんでした……」
「そうね。ここで挫折する冒険者も多いわよ」
「……俺は大丈夫です。次は自分でできます」
俺はもう一度口をゆすぐ。
「アステル君。大丈夫? 顔色が真っ青よ? 横になって休んだほうがいいわよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、少しだけ横になりますね」
馬車に戻って座席に横になると、エリーザさんが膝枕をしてくれた。
「だ、大丈夫です!」
「いいのよ、さっきのお返しよ。少し目を閉じていなさい」
「すみません……」
エリーザさんが、俺の髪を優しく撫でてくれた。
その気持ち良さに、俺はいつの間にか寝てしまった。
***
「アステル、着いたわよ」
アリシアさんの声で目を覚まし、馬車を降りた。
「エリーザさん、足痛くないですか? なんかずっと寝てしまって……。すみません」
「私の膝枕が気持ち良かったからでしょ?」
「そ、そうですね。はは……」
「いつでもしてあげるわね」
エリーザさんが微笑んでくれた。
甘え過ぎてしまって申し訳ない。
馬車の精算を終えたアリシアさんが、俺の顔をのぞき込んできた。
「アステル、顔色も良くなったようね」
「ご迷惑をおかけしました」
「そんなことはないわよ。それより、この景色を見なさい」
「え? こ、これは……。まさか……」
「見たことある?」
「い、いえ、初めてです」
目の前に広がる広大な湖。
いや、これが噂に聞く海だ。
「こ、これが海……」
ありきたりの感想しか出ない。
本当にそれ以外の言葉が出ない。
「お、大きい……」
ヴォルア王国は海が北部にしかない。
トラド半島を境に、西が北海、東がバディム海だ。
「目の前の海はバディム海よ」
「これがバディム海……。す、凄い……」
俺の実家は内陸部にあるため、生まれてから一度も海を見たことがない。
いつかクエストで海に行ってみたいと思っていたが、早くも見ることができるとは思わなかった。
「アステル、ここがロスタス。北部の古都で港町よ」
「古都ロスタス……」
石造りの建物が並び、石畳の街道が続く。
華やかな王都とは違い、古さと重厚さを感じる。
「どう? 冒険者は辛いこともあるけど、その何倍も楽しいこともあるわよ。うふふ」
「はい。こういう生活に憧れて冒険者になったんです」
アリシアさんが俺の肩にそっと手を乗せてきた。
新人の俺に、いいことも悪いことも含めて、冒険者としての心得を教えてくれているようだ。
「さて、宿へ行って、食事をしながらクエストの目的を話すわね」
「はい」
俺たちはまず宿へ入った。
宿といっても、俺なんかが泊まっていいのかと思うほどの高級宿だ。
ただひたすら緊張する。
廊下や天井には繊細なレリーフが施されており、思わずキョロキョロと見回してしまう。
「す、凄い……」
「Aランクはいつもこんなものよ。あなたはSランクだから、誰もが憧れるような生活を見せることも必要ね」
ギルドの食堂で特別ランチにするか未だに悩む俺にとって、豪華な生活なんて最も遠い世界だ。
「少しずつ頑張ります。はは」
部屋は三人とも個室だ。
鎧を脱ぎ、着替えてから一階の高級レストランへ移動した。
アリシアさんが慣れたように次々と注文していく。
俺には全く分からないのでありがたい。
大人二人はワインのグラスを持ち、俺はブドウジュースだ。
三人で乾杯した。




