第26話 鍛冶屋の娘
女の子の髪形はセミロングで、髪の色は新緑のような明るい薄緑だ。
身長は俺よりも拳二つ分ほど低く、大きな瞳が印象的だった。
「フローシェ、俺の友人の息子で冒険者のアステルだ。将来有望……、いや、すでに現役でトップの冒険者だ」
「ふーん。凄いんだね」
「凄いっていうレベルじゃないぞ。ギルド始まって以来の天才だ」
「へえ。そんなに若いのに凄いね」
俺のことを若いと言うが、この子も俺と同じくらいの年齢だろう。
「で、僕に何の用?」
「お前がこの剣を手入れしろ」
「え?」
剣を見た途端、目の色が変わった。
どうやらこの子は剣にしか興味がないようだ。
「そ、それって! 父ちゃんの全盛期の剣じゃん!」
「アホか。今でも全盛期だ」
ドルトさんの声を無視して、女の子は剣を入念に見つめている。
「す、凄い! これは隕鉄⁉︎ いや、黒金剛石⁉︎」
「後でちゃんと説明してやる」
「分かった! やるよ!」
ドルトさんが任せるくらいだから、腕は確かなのだろう。
きっとこの子もドルトさんに鍛えられたに違いない。
女の子が俺の顔に視線を向けた。
「僕はフローシェ。鍛冶師だよ」
「冒険者のアステルです」
「アステルはいくつ?」
「十八歳です」
「じゃあ僕と一緒だ。敬語なんていらないよ」
「そ、そっか。じゃあ、そうするよ」
「ねえ、アステル。剣を振ってみて。君の癖を知りたいんだ」
「癖?」
「手入れをする時は癖を知らなきゃね」
さっそく庭に移動すると、ドルトさんが試し斬り用の巻き藁を用意してくれた。
「アステル、好きなように斬ってみろ」
「はい!」
俺は普通に剣を構え、右上段から左下段へ斜めに巻き藁を斬った。
だが、藁は斬れていないかのように動かない。
「え?」
「う、嘘だろ……」
フローシェとドルトさんが声を上げていた。
失敗したと思ったのだろう。
「一応これでも斬れているんです。はは」
「見りゃ分かるさ」
ドルトさんが指で軽く藁に触れた。
すると、上部が斜めにゆっくりと滑り落ちていく。
地面に落ちた巻き藁を、ドルトさんとフローシェが確認している。
「この切断面の滑らかさ……。Sランクも納得できるってもんだ。フローシェ、アステルに負けるなよ」
「う、うん。あの剣速は人の業じゃないよ。でも、アステルの癖は掴んだ。というか一切の癖がない。それがヤバいね。こんな剣士見たことないよ」
フローシェが俺を見つめた。
「アステル。君の剣はこれから僕が手入れする。一回五万ルト。毎月来てね」
「ご、五万! 高いよ!」
「何言ってるの。君みたいに無茶をする人の剣だよ? いくら父ちゃんの剣だからって、しっかりと手入れしないともたないんだよ。装備には金をかけなきゃダメだよ」
「うっ。わ、分かったよ」
装備には金をかけろと、親父と同じことを言うフローシェだった。
「今日は特別に無料でいいからさ。じゃあ、調整するね」
フローシェが剣を持って工房へ向かう。
その足取りは軽やかだ。
「アステル、安心しろ。フローシェはあの歳で俺を凌ぐ腕を持つ。鍛冶に関しては天才だ。だから色々やらせているんだ」
「なんだかうちみたいですね。って、自分で言うのもなんですけど。あはは」
「才能のある子供を持つと、親は期待したくなるんだよ。がははは」
「でも、うちの親父は期待なんかじゃないですけどね。あれは絶対に自分が楽をしたかっただけだ」
「む、きっとお前も子供を持てば分かるはずだ。がははは」
ドルトさんが俺の肩を叩くと、バシッと乾いた音が響いた。
「でもなあ、親になる前には結婚が……」
「お前、相手はいないのか?」
「ぐっ……。い……いません……」
「それほどの冒険者なのにか。じゃあうちのフローシェをもらえ。お前のことを気に入ったようだしな。お前なら許す。がははは」
「いやいやいやいや! まだ会ったばかりですから!」
ドルトさんが豪快に笑いながら、俺の肩を何度も叩く。
言ってることはめちゃくちゃだが、ドルトさんみたいな人は嫌いじゃない。
「はは、ははは……」
俺は焦りを隠すかのように、包丁コーナーに目を向けた。
フローシェが今日は無料でいいといってくれたし、せっかくだから買い物していこう。
俺は引っ越して自炊をするようになったのだが、料理をする時はクエストで使う解体用ナイフを使用していた。
ちゃんとした調理用の包丁がほしい。
「ドルトさん。俺、包丁買います」
「そうか。色々あるが、お勧めはその棚の包丁だ。一本数千ルトで、手ごろな価格だぞ」
「ん? こっちの包丁は?」
不思議な模様がついた包丁が、ガラスのケースに並んでいる。
模様は一本一本違っており、見るからに高級そうな包丁だ。
「見る目はあるようだな。うちの一番いい包丁だ。価格は高いが一生物だぞ」
「い、いくらですか?」
「三本のセットで二十万ルトだ」
「に、二十万っ!」
「お前が買うならまけてやるぞ。十八万でどうだ。Sランクなら金はあるだろ?」
「うぐっ! ま、まだちゃんと稼いでないので……」
鼻血が出るほど高い金額だが、一流の職人が作った最高級の包丁なら当然の価格か。
いや、むしろ安いのかもしれない。
「そこをもう一声! 十七万で!」
「がははは。しっかりしてるな。いいぞ。十七万で持っていけ」
「ありがとうございます!」
どうせ買うなら最高級品だ。
一生使えるなら安いと思う。
俺はこの包丁を買うことにした。
しばらくすると、フローシェが剣を持って戻ってきた。
「調整が終わったよ。アステル用に調整したから、扱いやすくなっているはず」
「ありがとう」
「多少乱暴に扱っても全部直す。だから思い切り使っていいよ」
「え?」
「君、全力出せてないでしょ?」
「分かるの?」
「そりゃね。君は剣を庇ってる」
俺が全力を出せていないことを、フローシェは見抜いたようだ。
正直、全力を出すとどんな武器でも壊れてしまうような気がしている。
だが、それを理解してくれるフローシェがいれば、今後は問題ないだろう。
「ありがとう、フローシェ。これから世話になるよ」
「うん。これから長いつき合いになるね。よろしく」
フローシェと握手を交わした。
華奢な見た目からは想像もつかないほど、その掌は固かった。
鍛冶師の手だ。
「フローシェのこの手、安心できるよ」
「そりゃどうも。でも、アステルの手もヤバいね」
「そう? 普通だと思うけど」
「そう思うのは自分だけだよ。あはは」
俺たちのやり取りをドルトさんが笑顔で見つめていた。
「お前らつき合っちまえ。がははは」
「「はあ⁉︎」」
ドルトさんの突然の発言に、俺とフローシェは思い切り反論した。
***
翌日、包丁の代金を支払い商品を受け取った。
「いやー、高かったけどいい買い物したな。安くしてくれたしね」
親父に手紙を書いて、ドルトさんの包丁を買ったことを自慢しよう。
いや、もっと稼いで、親父の分も買ってやろう。




