第25話 鍛冶屋へ行け
俺は朝の支度を終えて家を出た。
俺の家は繁華街から離れており、閑静な住宅街にある。
街路樹が植えられた街道を歩くと、落ち葉を掃除しているおばちゃんの姿があった。
「おばちゃん! おはよう!」
「アステルちゃん、おはよう。朝から元気ね」
「ちゃんはやめてー! もう大人だよ!」
「私から見たら、まだまだ子供だもの。ふふ」
ここへ越してきて、近所の人たちとも顔見知りになった。
薪割りのお礼として、野菜や果物を持ってきてくれる人もいる。
最近の王都は近所付き合いがほとんどないと聞いていたから、イメージの違いに驚いたものだ。
だが、俺としては故郷の村のようで居心地がいい。
街路樹を抜けて、大通りを歩き、小道に入っていく。
「えーと、ここら辺のはずだけど……」
俺は王都の外れにある鍛冶屋へ向かっていた。
理由は親父からの手紙だ。
俺はこれまで何度か親父に手紙を出している。
その中で、Sランクになったことと、王都に家を買ったことだけは伝えた。
さすがに十八歳の若造が、いきなり王都に家を買うなんて普通じゃない。
だから報告したのだが、その返事は『鍛冶屋に行け』だけだった。
「何も言わないということは、問題ないということだ。うんうん」
俺はポジティブに捉えた。
それに家の購入は自分に恥じない行動だし、人助けにもなったと思う。
「しかし、鍛冶屋へ行ってどうするんだ? 剣を買えってことか?」
俺には親父にもらったロングソードがある。
切れ味は抜群だから、他に剣を購入する必要はない。
「ここかな」
一軒の鍛冶屋に到着した。
看板には『ロディス鍛冶屋』と書いてある。
恐る恐る扉を開けた。
「すみませーん」
店内の壁や棚に並ぶ数々の剣やナイフは壮観だ。
正直、美しい剣を見るとワクワクする。
「いらっしゃい」
革製のエプロンをかけた黒髭で大柄のおじさんが声をかけてきた。
ここの店主なのだろう。
「あ、あの、ここに来るように言われまして」
「ん? ここに?」
「ヴォルフ・ウルリッヒをご存知ですか?」
「ヴォルフ・ウルリッヒ? ヴォルフ。ヴォルフ……。ん? もしかして、冒険者のヴォルフか?」
「そ、そうだと思います。二十年くらい前の冒険者で、Aランクって言ってました」
「ヴォルフ・イェーガーか!」
「イェーガー?」
「イェーガーは狩人って意味でな、あいつはその名で冒険者をやっていたんだ」
「そ、そうだったんですね。自分はヴォルフの息子で、アステルといいます」
「む、息子だとっっ!!」
おじさんが顎髭に手を当て、まじまじと俺を見つめている。
「ふむ。似てはいるが、親父なんかとは比べものにならないほどいい男じゃないか。がははは」
おじさんは豪快に笑いながらも、困惑する俺に気づいたようだ。
「おっと、すまんすまん。俺はドルト・ロディス。この鍛冶屋の店主だ。ヴォルフとは旧友なんだ」
改めてドルトさんと握手を交わした。
大きくてごつごつとした固い手だ。
「なるほど。鍛えられてるな」
ドルトさんは俺の手を見つめながら、感心したように呟いていた。
「ところで、アステルは何しに王都へ来たんだ?」
「冒険者試験のために上京しました」
「そうか。試験は受けたのか?」
「はい。合格しました」
「ほう、あの地獄の試験を……。それは凄い。じゃあ、これから冒険者として活動していくんだな」
「はい!」
ドルトさんは親父の友人だった。
手紙の内容は、ドルトさんに挨拶しろという意味だったようだ。
というか、もっと詳しく書いてくれと思う。
「さあ、見せてみろ」
ドルトさんが俺に向かって手を差し出した。
視線は俺の腰に向けられている。
「あ! け、剣ですか⁉︎」
「そのために来たんだろう?」
「え? いや、あの……」
「もしかして、何も言われてないのか?」
「は、はい」
「がははは! あいつらしい。いつも言葉が足りないんだ」
俺はベルトから剣を外し、ドルトさんに手渡した。
「ん? こりゃ、ヴォルフが使っていた剣じゃないか」
「分かるんですか?」
「ああ、俺が打った剣だからな」
「え⁉︎ そうだったんですか!」
「あいつめ、引退しても息子のために剣を残しておいたというわけか。泣かせるじゃねーか」
「えーと、親父はまだ引退してないんです」
「なっ! なんだと!」
俺は実家が肉屋をやっていること、俺の上京で親父が狩猟することを説明した。
「そうか。あいつ、肉屋を始めていたのか。冒険者の頃から肉屋をやりたいって言っていたからな。夢を叶えたな。がははは」
ドルトさんが懐かしそうな表情を浮かべた。
そして俺の剣を抜き、刃を確認している。
「しっかり手入れはしているな」
「はい。刃物の手入れはちゃんとやれって親父に言われていたので」
「ん? この跡……。かなりの大物と戦ったようだが……」
「ソル・デルクルです」
「ソル・デルクル? そんなモンスターいたか? ソル――」
ドルトさんの動きが止まった。
「ネ、ネームドかっ!」
「は、はい。偶然遭遇したので狩猟しました」
「しゅ、狩猟したって、そんな簡単じゃないだろ。Aランクのパーティーにでも参加していたのか? いや、でも新人はFランクだし無理か」
「ひ、一人で狩猟しました」
「はあぁぁぁぁっっっっ!!!!」
目を見開き、大声を出すドルトさん。
俺はソル・デルクルに遭遇したこと、討伐したこと、そしてSランクであることを説明した。
「え、Sランクだとっっ!!」
バッグから冒険者カードを取り出し、ドルトさんに見えるように掲げた。
ドルトさんの額から汗が流れ落ちる。
「ほ、本当だ……。ギルドが新人のために、新たなランクを用意するなんて……」
「いやー、なんか色々と偶然が重なったみたいで。はは」
「偶然なわけがないだろう! あのヴォルフでもAランクだったんだぞ!」
「その親父に死ぬほど鍛えられまして。はは」
「そ、そうか。まああいつなら自分の息子に無茶をしてもおかしくはないな」
「そうなんです! 八歳から狩りに連れていかれましたから!」
「八歳⁉︎ がははは。そりゃ非常識にも程がある。だが、それくらいじゃなきゃSランクなんて無理だろう」
ドルトさんは落ち着きを取り戻したようだ。
もう一度、剣に視線を向けていた。
「しかし、こうしてまだ使ってくれているなんて嬉しいじゃないか」
「俺が家を出る時に親父からもらったんです。装備にはこだわれって」
「そうだな。どんなに凄い剣士でも粗悪な剣では戦えない。一度や二度ならできるだろうが、続けることは無理だ」
「はい」
「アステル。この剣は非常に珍しい素材で作ったんだ。今の価値だとそうだな。一千万ルトは軽く超えるだろう」
「ええぇぇぇぇ!! 一千万っっ!!」
この剣をそこそこの価値があると言っていたが、そこそこどころか一財産だ。
親父の金銭感覚はどうなっているのだろうか。
あんなにケチだったくせに……。
「この剣は耐久性と切れ味を両立させた俺の自信作だ。大切にしろ」
「はい!」
「日々の手入れは必ずやれ。それと月に一度見せに来い。あと、大物モンスターを相手にした時や、無茶をした時もだ」
「わ、分かりました」
ドルトさんがカウンターの奥に身体を向けた。
鉄を打つ音が聞こえるから、恐らく奥は工房だろう。
「おい! フローシェ! フローシェ!」
ドルトさんが大声で名を呼ぶと、一人の女の子が顔を見せた。
「なーに?」




