第23話 ギルドの化物
ディードがアステルを一瞥した。
「さて、では私は行きますね」
「はい。お気をつけて」
「アステルさんもお気をつけて……。あの、正直に言いますけど、あなた相当強いですよね?」
「強い? えーと、その、強いとは?」
「いえ……。うふふ、結果を楽しみにしてます」
ディードが森へ走る。
重いリュックを背負っているにもかかわらず、軽やかな足取りだ。
「速っ! さすが隊長だ!」
アステルは思わず叫んでいた。
***
ディードは森に入り、痕跡を探す。
それと同時に、生物の気配にも注意を払っていた。
ディードほどの達人になれば、周囲の生物の気配を探ることができる。
もちろん生物全般の気配であって、特定の獲物ではない。
ディードは何種類かの動物に遭遇しつつ、目的の森牙豚を発見した。
「なかなかいい大きさの森牙豚ですね」
ナイフを抜き、身体をかがめながら、少しずつ茂みを進む。
そして、完全に仕留めることができる距離まで接近した。
「一気に行きます」
ディードが走り出す。
「ブゴオォォ!」
ディードの接近に気づいた森牙豚は走り出す。
だが、猛烈なスピードで接近するディードから逃れることは不可能だった。
「グゴォォ!」
ディードは狙い通り森牙豚の首の血管を切った。
森牙豚は血を吹き出しながら、ドスンと地面に崩れ落ち、落ち葉を巻き上げる。
ディードは狩猟の証拠として、森牙豚の右耳を切り取った。
「ふう、次はモンスターですね」
ディードは続いて、火斑牛獣を探し始めた。
***
ディードが森に入ってから、少しだけ待ってアステルが動き始めた。
「さて、俺も行くかな」
アステルは特に走ることもなく、いつもの足取りで森へ向かう。
アステルが待っていた理由はただ一つ。
「一瞬森がざわついて火斑牛獣が移動していたからな。でも、もう落ち着いたみたいだ」
森に人が入ったことで、気配に敏感な動物やモンスターは警戒していた。
そのため、アステルは落ち着くまで待っていた。
動き回る獲物を追うよりも、じっとしている獲物の場所へ直接向かったほうが効率的だ。
「しかし、最速狩猟祭って名前が面白いな。はは」
アステルはすでに獲物の居場所を特定している。
その場所へ向かうだけだった。
初めて入る森でも、アステルは木々の種類や地形などですぐに特徴を掴む。
慣れた足取りで、火斑牛獣の生息場所に到着した。
「最速狩猟祭って言うくらいだし、手っ取り早く片付けるか」
常人では見えない距離でも、アステルには見えている。
腰からナイフを抜き、火斑牛獣に向かって投げつけた。
他人が見たら、何もないところに投げたと思うだろう。
「グゴッ!」
だが、ナイフは火斑牛獣の眉間に突き刺さった。
短い悲鳴を上げて火斑牛獣は絶命した。
アステルは走って駆け寄り、ナイフを抜き、すぐに血抜きに入る。
この血抜きで肉の味が決まるため、失敗した時は父親ヴォルフに怒られた上に、バイト代ももらえなかった。
「あ、そういえば狩猟した証拠とか言っていたな。えーと……。直接持って帰ってもいいよな」
アステルは、自分の身体の三倍以上もある火斑牛獣を肩に担ぎ上げた。
そして、さらに森を進む。
「もう一頭は森牙豚か」
アステルにとって森牙豚は簡単だ。
実家の肉屋でも定番の肉で、週に数回狩っていた。
「よしよし、いたぞ」
アステルは火斑牛獣を担いだ状態で、森牙豚へナイフを投げつけた。
「ブゴオッ!」
仕留めた森牙豚を手早く処理し、森の蔦をロープ代わりにして火斑牛獣と一緒に縛りつける。
そして、二頭をいっぺんに背負い森を抜けた。
***
広場に残る副隊長ドーレスは、姿勢を崩さず直立不動で森から帰還する隊員たちを待つ。
太陽は森の木々の少し上の位置にある。
ドーレスの予想では、最も速い帰還は正午頃だ。
太陽が頭上に来るまでは、まだ時間がある。
「今回の一位も隊長で間違いない」
ドーレスの一位予想は当然ながらディードだ。
ドーレスにとってディードは年下だが、その実力を心から認めている。
少しのドジにはもう慣れた。
尊敬する上司をサポートするのは、自分の仕事だと思っている。
「アステルさんか。隊長が気に入る気持ちも分かる気がする。しかし、言葉は悪いけど世間を知らない若い田舎者だ。人が良すぎる。見ず知らずの人に大金を貸すんだからな」
そうは言いつつも、ドーレスも素朴で優しい青年に惹かれていた。
だからこそ、ドジな上司を助けたばかりに、この地獄のような最速狩猟祭に参加するハメになったことを申し訳なく思っていた。
「アステルさんが帰還したら、私からも謝罪しよう。ん?」
ドーレスが森から接近する巨大な影に気づいた。
「むっ! モンスターか!」
ドーレスは腰の剣に手をかけながら、モンスターを観察する。
「火斑牛獣か? しかし動きが変だ。しかも何か重なっている?」
よく見ると、それは獲物を担いだアステルだった。
「え! ええええっっっっ!!!!」
一番隊副隊長であるドーレスは、騎士団でも上位に入る剣の腕前を持つ騎士だ。
だが、そのドーレスでさえ驚愕するほどの異様な光景だった。
「ただいま戻りました!」
アステルが元気に帰還した。
「あ、あの……。ア、アステルさん……」
「いやー、すみません。直接持って帰ったほうが後々楽だと思ったので。はは」
最速狩猟祭は狩猟の速さを競う。
そのため、獲物の運搬は狩猟後に行われる。
まず最初は、証拠となる身体の一部のみ持ち帰れば十分だった。
「え? 一人で? え? う、嘘でしょ……」
これまで数々のディードの偉業という名のやらかしを見てきたドーレスだったが、ここまで異常な状況は初めてだ。
「こ、これ……、人間が持てるのか……」
アステルが広場に獲物を下ろす。
ズンと地面が揺れたように感じた。
「血抜きをしているので味は問題ないです!」
「え? あ、は、はい……」
「ドーレスさん、他の方はどうですか? 急いだんですけど、ディードさんはもう終わってますかね。一位は無理だとしても、三位以内には入れるんじゃないかなあって」
「いや、その……、い、一位……です」
「え? 俺が一位ですか!」
ドーレスは開始と同時に、大きな砂時計を逆さにしていた。
砂はまだ底面に広がっている段階で、砂の山にもなっていない。
砂時計のガラス面にディードの最速記録を記しているのだが、今回のアステルによる狩りを十回繰り返しても、まだ余裕があるほどだった。
「おっしゃー! 優勝だ! やったぜ!」
狩りでこれほど喜ぶアステルは珍しい。
ただの家業の手伝いだった狩りを初めて楽しんだ証拠だ。
「あ、あの……アステルさん。大変失礼ですが、お一人で狩られましたよね?」
「はい!」
ドーレスも愚問だと思っているが、聞かずにはいられなかった。
そもそも、この二頭を運んできたのは間違いなくアステル一人だ。
自分の目で見ているのだから信じるしかない。
とはいえ、今でも信じられない。
「ギルドにも化物はいるんだ……。いや、ギルドの化物は、うちの化物を超えるか……」
ドーレスはそう呟きながら、喜ぶアステルを呆然と眺めていた。




