第21話 お礼とお誘い
食堂で少し早めの夕飯を食べた俺は、帰宅しようとギルドの出口へ向かった。
「あ、あの!」
ロビーに立つ女の子に、突然声をかけられた。
「え? あ! き、昨日の!」
よく見ると、川に金を落とした女の子だった。
女の子が深くお辞儀をする。
「昨日はありがとうございました!」
「い、いえ。大丈夫でしたか? 会社の人に怒られませんでしたか?」
「は、はい。おかげさまで大丈夫でした」
「あれ? 鎧を着てるんですね。冒険者なんですか?」
「いえ、私は違います」
女の子の隣にいる男性が、顔を背けながら頬を膨らませていた。
「会社の人……。怒られ……。ぷぷぷ」
「な、なんですか!」
女の子が両手の拳を握り、抗議するように大きな声を出した。
「い、いえ……すみません……。ぷぷぷ」
隣にいる男の人は、今にも吹き出しそうな表情で笑いを堪えている。
だけど、これは間もなく我慢が決壊するだろう。
「ダ、ダメだ! あはははは!」
案の定、爆笑した。
「お、怒りますよ?」
「失礼しました。ひひひひ」
「本気で怒りますよ?」
「し、失礼しましたっ!」
男の人は即座に真剣な表情を浮かべながら、姿勢を正して敬礼した。
ちょっとびびっているようにも感じる。
そして、引き締まった表情のまま、俺の顔を見つめた。
「失礼しました。こちらは、ヴォルア騎士団第一師団一番隊ディード・ヴェルシュタイン隊長です」
「ディード・ヴェルシュタインと申します」
男性の紹介で、もう一度深くお辞儀をする女の子。
身長は俺よりも拳二つ分ほど低い。
髪の色は透き通るような水色で、二つに結んだおさげにしている。
都会ではお洒落にアンダーツインテールと呼ぶそうだ。
「き、騎士! え? だ、だって……」
「はい。私、実は騎士なんです」
「たた、大変失礼しました。アステル・ウルリッヒと申します」
しかし、騎士で隊長なんて……。
この子はどう見ても俺より年下だ。
「うおっ! 鬼薔薇じゃねーかっ!」
俺たちとすれ違う冒険者が、ディードさんの顔を見て声を上げた。
「お、鬼薔薇?」
「そのように呼ばれることもあります……。お恥ずかしい限りで……」
素通りしていく冒険者たちは、全員ディードさんの顔を見て驚いていく。
それほど有名ということか。
「あ、あの……、ディードさんって騎士隊長なんですか?」
「はい……」
「じゃあ、昨日の金って?」
「隊のお金を落としてしまって……。もう本当に……。本当にお恥ずかしい限りです……」
顔を真っ赤に染めるディードさん。
俺はてっきり会社の金だと思って、失礼なことを言ってしまった。
騎士団のことはよく分からないが、隊長なんてめちゃくちゃ偉いはずだ。
十五歳くらいの女の子だと勝手に思っていた。
「会社なんて失礼なことを言ってしまい、すみませんでした」
「と、とんでもないです」
両手を身体の前で振り、全力で否定するディードさん。
「今日はアステルさんに、お金をお返しにきました」
「そうだったんですね。そんなに急がなくても大丈夫だったのに。わざわざありがとうございます」
俺は金を受け取った。
用件はこれで終わりだ。
しかし、この場には微妙な空気が流れている。
帰っていいのだろうか……。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで……」
「あ、あの! アステルさんは冒険者なんですよね?」
「そうです。先日試験に受かったばかりの新人ですが。はは」
「新人さん⁉︎ そうだったんですね!」
目を見開き、ハッと何かを思いついたような明るい表情を浮かべるディードさん。
その仕草がちょっと可愛いと思ってしまった。
「あの、アステルさん。もしよかったら、明日お付き合いいただけませんか? 昨日のお礼をさせていただければと思います」
「いやいや、そんなお礼なんて大丈夫ですよ」
ディードさんは凄く必死だった。
昨日からの印象として、何事にも常に一生懸命という感じだ。
断るのも申し訳ない気持ちになる。
「明日は一番隊で狩猟祭をやるんです! よかったら、お肉を食べに来ませんか!」
「へえ、狩猟祭ですか。楽しそうですね」
「はい! 美味しいお肉をお出しできますので、ぜひ! ぜひ!」
「わ、分かりました」
ディードさんの勢いに負けて、了承してしまった。
まあ今日もクエストへ行ったし、昨日の金も戻ってきたので、明日は休みにしてもいいだろう。
「狩猟祭は半年に一回のイベントなんです! 昨日は業者にお金を支払って……。あ、うう……」
金を落としたことを思い出したようだ。
想像するに、狩猟祭を前に浮かれて歩いていたら川に金を落としたというところだろうか。
こう言ってはなんだが、やっぱり可愛い。
「あ、明日が楽しみですね!」
「はい!」
元気を取り戻したディードさんに、明日の詳細を聞いた。
***
翌日、俺は早朝から集合場所の森へ向かった。
「アステルさん! ドーレスです!」
昨日ディードさんと一緒にいたドーレスさんは、副隊長というこれまためちゃくちゃ偉い立場の人だった。
挨拶を交わし、しばらく森の中を移動すると開けた場所に出た。
「ここは騎士団の訓練場兼キャンプ地なんです」
森を切り開いた広場では、いくつものテントが設営されており、網焼きの準備が行われていた。
「アステルさん! お待ちしていました!」
「ディードさん! おはようございます!」
ディードさんと挨拶を交わし、俺はキャンプ地を見渡す。
「これはもうパーティーですね。はは」
「はい。ここでバーベキューをします。その前に狩猟へ行きますね」
狩猟祭だから、狩猟してから肉を食べる。
まあ当たり前だ。
ディードさんが手を挙げると、百人はいるであろう騎士が一斉に集合して整列した。
「今日はみんなが楽しみにしていた一番隊の狩猟祭です。美味しいお肉を食べましょう」
騎士たちの姿勢は一切乱れていないが、表情が妙に重苦しい。
ディードさんが俺に視線を向けた。
「今日は特別に、冒険者ギルドからお客さんが来てくれました」
「ア、アステル・ウルリッヒです! よろしくお願いいたします!」
みなさん拍手で迎えてくれた。
騎士団の人は優しい。
続いて、副隊長のドーレスさんが全員の前に立った。
「各小隊、準備はいいかっ!」
「「「おおおおっっっっ!!!!」」」
「死ぬ気で優勝目指せっ!」
「「「おおおおっっっっ!!!!」」」
騎士たちの気合が凄い。
その様子を眺めるディードさんが、満足そうな表情を浮かべながら頷いている。
一人で狩りをやってきた俺としては、騎士の狩りは気になるところだ。
見てみたい気持ちもある。
「アステルさん。もしよかったら、狩りに同行して見学してみませんか?」
「え?」
俺の顔を見つめたディードさんが、優しく微笑んだ。
もしかして、俺の考えていることが分かったのだろうか。
「いいんですか? ぜひ、お願い――」
俺は言いかけて言葉を止めた。
どうせなら、自分も参加してみたいと思ったからだ。
いつも家の手伝いで狩りをしていたから、どうしても義務感があった。
だが、こういう祭りなら狩りも楽しめそうだ。
「あの、ディードさん。自分も参加させていただくことは可能ですか?」
「え? 参加ですか?」
「ちょっと楽しそうだなあって」
「ふふ、さすがは冒険者ですね。もちろんです」
急遽ではあるが、俺も参加させてもらえることになった。




