第2話 肉屋の親父は無愛想
「おい、起きろ。開店するぞ」
「ん、もうそんな時間か……」
開店準備を終えた親父に起こされた。
もう少し寝たいところだが仕方がない。
俺の特技は、いつでもどこでも眠れることと寝起きの良さだ。
顔を洗い、エプロンをかけ店に立つ。
さっそく客が訪れた。
「お! おばちゃん、いらっしゃい!」
「アステルちゃん。今日も元気ね〜」
「ちゃんはやめてよ! 俺もう十七歳だよ?」
「昔は泣き虫だったのにね〜」
「もう、やめてよ!」
「うふふ、今日のお勧めは?」
「大牙猪獣だよ。俺が今朝仕留めたんだ」
「あら、凄いわね。じゃあ、それちょうだい」
「まいどー!」
俺の軽妙な会話のおかげで、大牙猪獣が飛ぶように売れていく。
大量にあった大牙猪獣の肉は昼過ぎに売り切れた。
そして、夕方前には店の肉を全て売り切った。
うちは人気店だ。
もちろん俺のおかげだ。
「親父、完売した。店閉めるぞ」
「ああ、ご苦労さん」
店の奥で売り上げを計算している親父から、今日の報酬を受け取った。
大牙猪獣の狩猟と合わせて八千ルトだ。
少なすぎると思うが、家業の手伝いなんてこんなものだろうと諦めている。
「まだ全然足りないな……」
俺は冒険者になるために金を貯めていた。
だが、目標の貯金額にはまだ遠い。
今はひたすら家の手伝いをして金を貯めるしかない。
「はあ、今日はもう寝るか」
早朝の狩りに備えて就寝した。
◇◇◇
冒険者ギルドの会議室で緊急会議が開かれた。
「山に黒熊獣が出たって!」
「そうだ。きこりが二人犠牲になった」
「腹を食われていてな……。家族にも見せられない姿だったよ」
「人の味を覚えた黒熊獣か。危険なんてものじゃないぞ」
黒熊獣はCランクモンスターだ。
その雑食性は凶悪で何でも喰らう。
また異常なほど固執する傾向があり、人の味を覚えると人しか食べなくなると言われている。
「こんな時に限って、みんな他のクエストへ出ちまってる。どうする?」
「他の支部に応援を頼むか?」
「時間がない。黒熊獣は今も山にいるんだぞ」
話がなかなかまとまらない。
支部長が全員を見渡した。
「隣村に知り合いの冒険者がいる。頼んでみる」
***
日没を迎えた空は、赤い夕焼けから紫色へ変化しながら夜の準備に入っていた。
アステルの父親が、空を眺めながら倉庫へ向かう。
「ふむ。明日も晴れだな」
肉屋の倉庫の奥には、厳重に施錠された部屋がある。
父親だけがその鍵を持つ。
倉庫に入った父親の視線の先には、剣、槍、斧、鎚、弓といくつもの武器が並んでいた。
「明日は森鹿だな。今回は剣でいいだろう」
父親が剣を手に取り、加工台に乗せた。
見事に手入れがされた美しいロングソードに、あえて重りをつけ、刃に加工を施す。
一定の速度を超えないと斬れない細工だ。
「こんなもんか。今のアステルなら扱えるだろう」
アステル用に調整した剣を手に持った父親が倉庫を出ると、人の気配を感じた。
知っている気配だ。
その気配の主が、神妙な面持ちで近づいてくる。
「久しぶりだな、ヴォルフ」
「やっぱりガドルフか。突然どうした? 冒険者ギルドの支部長は暇じゃないだろ?」
突然の旧友の来訪にも、ヴォルフは特に驚かない。
「ヴォルフにちょっと相談というか、お願いがあるんだ」
「お願い? お前のお願いは面倒ごとばかりだ」
「まあそう言うなって。結構ヤバい状況なんだよ」
ガドルフがヴォルフに状況を説明した。
「人を喰った黒熊獣か。そりゃ厄介だな」
「なあ、ヴォルフ。手伝ってくれないか? お前なら問題ないだろ? もちろん報酬は支払う」
「俺は冒険者を引退したんだ」
「堂々と嘘を言うんじゃない! 引退届は出してないだろ!」
「しかしなあ、俺はもう狩りに行ってないんだよ」
「なんだって? じゃあ店の肉はどうしてんだ?」
「息子のアステルに行かせている」
「は? アステルだと! 確かまだ十七歳だろ⁉︎ それに冒険者じゃないだろ!」
「まあ、そこは田舎だし目をつぶってくれ」
驚愕の表情を浮かべるガドルフをよそに、ヴォルフは細工を施した剣を見つめる。
「ふむ、そうだな……。アステルに行かせよう」
「はあ⁉︎ 無理に決まってんだろっ!!」
「あいつなら黒熊獣くらい簡単に狩猟する」
「お前な! 黒熊獣だぞっ! 野鳥や小動物を狩るんじゃないんだぞっ!」
「問題ない。心配ならお前もついていけ」
「ほ、本気なのか?」
「もちろんだ」
ヴォルフの表情はいたって真剣だった。
息子が黒熊獣を狩猟できると確信している。
◇◇◇




