第1話 肉屋のせがれは狩りへ行く
そろそろ夜明けを迎える時間だ。
俺はいつものように山の中にいた。
弓を握り、モンスターの気配を探る。
「うーん、今日は渋いなあ」
月光は木々に遮られ、周囲は闇に包まれている。
だけど、俺は暗闇に慣れているし夜目が利く。
「ヤバいな。今日はまだ狩れてない。こんなの何年ぶりだ?」
今日は妙に獲物が少ないような気がする。
このまま狩れないようならバイト代が貰えないどころか、親父に何を言われるか分からない。
俺は山を徘徊し、必死に獲物の気配を探った。
「よし! 大牙猪獣だ!」
ようやく獲物を発見した。
Dランクモンスターの大牙猪獣だ。
顔の前に突き出た二本の巨大な牙が特徴で、襲われたら怪我では済まない。
実際、山で遭遇した人間が襲われて、死亡した事例もある危険なモンスターだ。
だが、俺は安堵した。
これで獲物ゼロは回避できる。
すぐに弓を引く。
「しっかし、今日の弓はやけに重いな。いや、いつものことか。よっと」
矢は漆黒の闇を切り裂きながら、音を置き去りにして一直線に突き進んだ。
「グゴォッ!」
短く小さな悲鳴とともに、大牙猪獣の気配が消えた。
狙い通り仕留めたようだ。
俺は大牙猪獣に近づき、眉間に刺さった矢を抜く。
「よしよし、この大きさならいい金になるはずだ」
俺は腰から解体用のナイフを抜き、血抜きのために首筋を切りつけた。
この血抜きで肉の味が決まる。
「血抜きを失敗すると、親父の奴、金くれないからな」
続いて大牙猪獣の四肢を縛る。
そして、俺の身長の三倍近い大牙猪獣を肩に担ぎ上げた。
「日が昇るまでには戻れそうだな」
俺は大牙猪獣を担ぎながら山を下り、森を抜けて自宅に帰った。
***
だいぶ空が明るくなってきた。
日の出までもう少しというところだろう。
「ふう、やっと帰ってきたぞ」
自宅に到着すると、親父が処理場で肉を解体していた。
俺の実家は肉屋だ。
親父は販売用の肉を切りながら視線だけを動かし、俺が担いでいる獲物を確認した。
「大牙猪獣か」
「今日は妙に獲物が少なくて苦労したよ。でも、なかなか大物だろ?」
「まあまあだな。血抜きは?」
「してあるよ」
作業している親父の横に、大牙猪獣を下ろした。
解体は親父がやる。
「ふむ。この個体なら五千ルトだな」
「や、安すぎるぞ! 普通はその十倍いくだろ!」
「卸価格とはそういうものだ」
親父が解体用のナイフをまな板に置き、俺に向かって手を差し出した。
「弓を見せてみろ」
弓を渡すと弦を引き、何やら確認している。
「矢は何本使った?」
「一本だよ」
「何?」
「眉間に刺さったんだ。それで一撃さ」
「狙ったのか?」
「当たり前だろ。矢を二本以上使うと怒るじゃん」
弓を見つめながら、親父が小さく頷いている。
無愛想だし、相変わらず何を考えているのか分からない。
「風呂は沸かしてある。店が始まるまで寝ていていいぞ」
「分かった。金は?」
「後で払う」
「了解」
俺は風呂へ向かった。
「ったく、マジでバイト代が少ないんだよ」
身体を流し、湯船に浸かる。
「ふう。しかし、狩猟後の風呂は格別だぜ」
汗と返り血を流してから、俺は自室のベッドへ潜り込んだ。
◇◇◇
父親は、風呂に向かう息子の背中を眺めていた。
そして、大牙猪獣に視線を移す。
「まさかあの弓で、この個体を一撃で仕留めるとはな。少なくとも三、四本は射ると思ったんだが……」
父親は弓に細工をしていた。
万人が使用できるものではない。
わざと重りをつけた上に、正しい操作をしないと真っ直ぐ矢が飛ばないように調整していた。
熟練の猟師ですら投げ捨てたくなるようなバカげた弓だ。
息子はそれを完全に使いこなしていた。
「あいつめ。よくぞここまで……」
息子に無愛想だと思われていた父親の頬が緩み、口角が上がる。
「そろそろ十八歳か。もう教えることはないな。くくく」
◇◇◇




