第19話 親父との約束
「だ、誰⁉︎」
俺は声のする方向に視線を向けた。
若い女の人が、キョトンとした表情を浮かべながら俺のテーブルに相席している。
「あ、私、オリーフィア・ベルベールと申します」
「こ、これはご丁寧にどうも。アステル・ウルリッヒと申します」
オリーフィアと名乗る女性は自己紹介しながらも、普通にカレーを食べていた。
金髪を一本の長い三つ編みにしていて、左肩から胸元に下げている。
「相席いいですかと伺ったのですが、アステルさんが天井を向いて何やら呟いていたので、勝手に座っちゃいました」
「そ、そうでしたか……」
俺は周囲を見渡した。
夕方前で食堂は空席だらけだ。
なぜ相席なのだろうか。
いや、それよりも、なぜ俺の名前を知っているのだろうか。
「な、なぜ俺の名前を?」
「私、解体師です」
「解体師?」
「はい。昨日アステルさんが討伐した赤斑蛇竜を解体したんです」
「え! そうでしたか! ありがとうございます!」
「いえ、それは仕事なので問題ありません。しかしですね、これのことなんですが……」
オリーフィアさんが、革袋の中から黒い塊を取り出した。
「ん? 黒森茸? それって俺が置いたやつですか?」
「そうです。メモ書きと一緒に……」
オリーフィアさんが周囲を警戒するように、キョロキョロと見渡す。
そして、俺の耳に顔をそっと近づけた。
「アステルさんって地方から来てますよね」
「は、はい。それはもう……ド田舎でして……」
「王都だと、この黒森茸は超高級食材なんです」
「え? 高級食材?」
「違います。超高級食材です。これ一つで、恐らく二十万ルトはするでしょう」
「に、二十万!」
「静かに!」
「んん!」
俺は両手で口を押さえた。
「これを掘った場所がバレると大変なことになります。争奪戦になって山が荒らされます」
荒らされるどころじゃないだろう。
黒森茸は赤斑蛇竜の巣の近くで育つことが多い。
もしこれを採りに行けば、間違いなく赤斑蛇竜の餌食となり死ぬ。
「じゃ、じゃあ、バレないようにしなきゃ……」
「そうですよ! こんなもの人にあげるものじゃないですよ!」
オリーフィアさんは声量を抑えながらも強い口調だ。
「私だからよかったものを……。ご自分で持っていてください」
革袋ごと黒森茸を俺に返してきた。
だが、俺としてはこの旨いキノコを味わって欲しいと思っている。
「あの、俺は自分用に一つ採っているので、よかったらもらってください。食べたら美味しいですよ?」
「え? 食べる? これを?」
「そうです」
「……あは、あはははっ!」
突然、オリーフィアさんが笑い出した。
どうしたのだろうか。
カレーの具材に、ヤバい幻覚茸でも入っていたのだろうか。
「あのですね、冒険者で黒森茸を食べる人はいませんよ? 冒険者にとっては『山の金貨』とか『クエストボーナス』と呼ばれてますから。皆さん売るんですよ」
「売る? そっか……。でも旨いんだけどなあ」
「ふふ。……さすがはギルド初のSランクですね。じゃあ、ありがたくいただいてもいいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。帰ったらさっそく調理します」
カレーを食べ終わったオリーフィアさんが、食器を持って立ち上がった。
「アステルさん。今度クエストへ行く時は、私を直接指名してくださいね」
そう言って、オリーフィアさんは食堂を出ていった。
今カレーを食べたばかりなのに、帰ってまた食べるのだろうか。
「オリーフィアさん、細いのにめちゃくちゃ食べるんだな……。って、食べ過ぎじゃないか?」
俺はそれが心配だった。
***
俺はギルドを出て、日没を迎えて薄暗くなった街道を歩く。
王都を流れる川沿いを歩いていると、一人の女の子が川を見つめていた。
「あ、ああ……」
年齢は俺と同じか、もう少し若い。
柵に手をかけ、身を乗り出している。
まさか飛び込む気か?
「あ、危ないですよ?」
「う、うう……。ううぅ」
女の子が突然泣き始めた。
「どど、どうしたんですか?」
「川に……落としてしまったんです」
「え? それは大変ですね」
「二十万ルト……」
「ええええっっ!!」
俺は思わず叫んでしまった。
そんな大金を川に落としたら、俺ならマジで死にたくなる。
水面までの距離は俺の身長ほどで、川の深さは俺の腰くらいだろう。
これなら川に入って探すことができる。
「俺、探しますね!」
「え! ま、待ってください!」
荷物を置いて、俺は川に飛び込んだ。
***
しばらくして川から上がると、女の子が俺の荷物を持って走ってきた。
「だ、大丈夫ですか!」
「ダメだ。思った以上に流れが速くて見つからなかったです。ごめんなさい」
「い、いえ! 私が悪いんです! 私、泳げなくて……。すみません、すみません」
女の子は何度も俺に頭を下げながら号泣している。
「うぅ。どうしよう……。隊のお金なのに……」
「たい?」
「うぅ、うぅぅ」
涙が止まらない女の子。
さすがにその姿を見るのは忍びない。
というか、俺が川に入っている時に、俺の荷物を盗むこともできたはずだ。
「あの、二十万ルトって言ってましたよね?」
「は、はい……」
俺は革袋を手に取った。
クエストの報酬で金はたくさん持っている。
革袋から金貨を二十枚取り出した。
きっとこの人は、会社の金を落としてしまったのだろう。
「これ、使ってください」
「え⁉︎」
女の子の動きが止まった。
そして、我に返ったかのように両手を大きく振る。
「い、いえ! そんな、ダメです!」
「いいんです。俺、冒険者なんですけど、今ちょっと余裕があって。ははは」
俺は親父の『困っている人は助けろ』という言葉を思い出していた。
二十万は大金だが、今すぐ使うものでもないし、明日またクエストへ行けばいい。
黒森茸を換金するという手だってある。
まあ、黒森茸は食べるつもりだが。
「で、でも!」
「大丈夫ですよ。気が向いたら返しにきてください。いつでもいいので」
「で、でも……」
「ほら、早くしないと怒られちゃいますよ? はは」
女の子が深く頭を下げた。
「あ、あの……ありがとうございます! 必ず! 必ずお返しします!」
「無理しなくていいですからね。それより、時間は大丈夫ですか?」
「あ! い、行かなきゃ!」
女の子がもう一度深々と頭を下げた。
「ありがとうございました! このご恩は一生忘れません!」
女の子は街道を走っていった。
「あ、名前を聞いてない……。ま、いっか。はは」
相当焦っていたに違いない。
でも、もし俺が同じ立場だったらと考えると、死ぬほど大号泣していたはずだ。
いや、実際そうだった。
「子供の頃、親父のおつかいでレタスとキャベツを間違えて買った時は、この世の終わりかと思ったもんな。はは」
俺はずぶ濡れのまま自宅に帰った。




